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【ショートショート】嫌い


料理が嫌いだ。

いや、食べるのは好きなんだ。
食欲は強いほうだ。好物はオムライス。
子供みたいだと自分でも思うが、昔から変わらなかった。

最近はスーパーの半額弁当ばかり食べていた。
あそこのスーパーはいつも同じ弁当ばかり残る。
おかげでいつも同じ弁当ばかり食べていた訳で、
自称美食家の俺はさすがに飽きてきた。

もっと美味いもんが食いたい。
払える物も残っちゃいないが。


やはり料理は嫌いだ。
滑る指でページをめくる。

仕事帰りに近くの古本屋に立ち寄った。
数年ぶりかな。本なんて読む性分じゃないのに。
えぇーと。これでいいか。
「1人でできる〜」「カンタン〜」
本当か?俺は嘘が嫌いだからな。
迷いながらも店を後にして、ため息をひとつ吐く。

泣け無しの金をこんなものに使うなんて。
俺もダサくなったな。笑えない。
心とは裏腹に、足取りは軽やかなものだった。


同僚に飲みに誘われていた。
最近元気がないから、と。
あぁごめんな。今日は予定があるんだ。
ずっと前から決めていた予定が。


料理が嫌いだ。
包丁を持つ手が汗ばむ。

火加減もさじ加減もとにかく分からない。
基本のページを遡る。なるほど。

チキンライスは焦げ付いて、苦い色香がキッチンに漂う。ずっとピカピカに磨かれてたであろうフライパンに、久しぶりに焦げ汚れがついた。

卵は上手く割れなかった。ボウルに殻が泳ぐ。
さすがに凹むな。練習しないと。

今まで見てきただけだった料理たちが、どれほどの
技術や鍛錬の上でできた賜物かがよく分かり、目に熱が入る。


焦げ付いたチキンライスをそれとなく皿に固め、
上からはんぶん焦げ付いた卵をかけると、
おそらく俺の人生初のオムライスができあがった。

自然と心地いい達成感に包まれていた。
なぁんだ。できるじゃないか。
正直作るだけで満足してしまっている。
だめだ。食べないと。

茶色と黄色で分かれたオムライスに、
おそるおそるスプーンを入れる。
色の鮮やかな黄色い方のオムライスを
敢えて大きい皿によそう。


これはお前の分だ。すごいだろ。

目の前にオムライスを置いてやった。
最近は顔色ひとつ変えないお前だったけど、
今日は心做しか嬉しそうだ。よかった。


俺は茶色い焦げた方を、ゆっくりと口に運んだ。

あぁ。美味い。
あぁ。でもちょっと塩っぱいかもな。
手のスプーンが震える。
頬張る顔に揺れる体。
これはきっと嬉しいからだ。
これはきっと感動したからだ。


オムライスはお前の大好物だったよな。
甘い卵に、ちょっと塩っぱいチキンライス。
俺の大好物にもなってたな。

お前の味にはとうに届かないよな。
でも俺、今日から練習するから。がんばるよ。
ほら、本も買ってきたんだぜ。本気だろ。

笑顔の妻に静かに語りかける。
向こうで笑ってんだろうな。まったく。


お前が飛んでってしまってから6ヶ月。
毎日欠かさず使ってたキッチン、俺が使うわ。
俺も健康に気を使わなきゃな。

あぁ。でもなぁ。


俺は料理が嫌いだ。

どんなものを食べても、お前と比べてしまう。

どんなものを作っても、お前には勝てない。

嘘じゃないって。俺は嘘が嫌いなんだから。



【ショートショート】嫌い

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