古典の名訳にメスを入れる試み【フランス語】scalpel(『ファーブル昆虫記』)
名作『ファーブル昆虫記』より。いっぴきのフンコロガシがフンを転がしているところへ、別のいっぴきが途中から手伝いにやってくるのを見て、ファーブルは、労働のあとの分け前はどうなっているのか心配する。
もしかすると、これから新居を構えるカップルなのではないかと考え、解剖してみる(注1)が、多くの場合、同性であることが判明する。
おそらく上の訳文を読まれた方のほとんどが、「メス」を「雌」と誤解されたのではないかと思う。私も原文の scalpel(手術用のメス)という単語を見ていてさえ、訳文を見て、文脈から「雌」のことだと思ってしまった。
訳文の「メスのお陰で」とは「解剖したお陰で判明したのだが」という意味だったのだ。
さらにこの後、soumettre l'autopsie (解剖という手段に訴える)というフレーズを「解剖刀にかける」と訳している。それなら上の scalpel を「解剖刀」とすれば誤解は避けることができたはずだ。あえて「メス」としたのは、意図的なミスリーディングなのではないか?
原文を正確に翻訳することで誤解が生まれること、その誤解を回避する方法があることをも承知しながら、あえてそのまま翻訳し、実は承知の上だったという証拠を残そうとしたのではないか?とひねくれ者の私は疑っている。
原文と読み比べることで初めてわかる翻訳者のちょっとした遊び心、その一端に触れたような気がして、ひとりニヤニヤしてしまうのである(変態)。
注1. 最近読んだ『バッタを倒しにアフリカへ』では、ゴミダマという昆虫の雌雄を見分けるにあたって、解剖せずに、満腹にさせて腹を押し、性器を露出させて確認する、という方法を開発していた。感動した。
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