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バッテリー残量が低い

確か、中国語学者の相原茂先生のエッセイで読んだ話だと思う。

90年代だろうか、そのころ中国で列車に乗ると、車掌が「没票,卖票,没票,卖票」と言いながら、車内を行き来していたのだという。

直訳すると「切符がないなら切符を買え」という意味だが、もちろん翻訳としてはこれではまずい。

自然な現代日本語に訳すなら「乗車券をお持ちでない方はお買い求めください」だろうか。しかし、こんな長いセリフを何度何度も繰り返すのは面倒なことこの上ない。

「没票,卖票」ならたった3種類の漢字で、たったの4文字、たった4音節をくり返しているだけなのだ。

接続詞も助詞も語形変化もなしに、上の長い日本語と同じような意味を伝えることができる。しかも声調という抑揚があって、歌でも歌っているみたいに心地よい。

昔教わった中国語の先生は「原始的な言語」とおっしゃっていたが、この簡潔さ、機能性、そしてメロディが、中国語が私をトリコにした理由だ。

さて、今日バスに乗っていたら、イヤホン(中国製)から初めて聴くメッセージが流れた。

「バッテリー残量が低い」

何だこれは。ちょっとギョッとした。

もちろん意味はわかる。もうすぐ電池が切れるから充電しろってことだ。

それにしても何だこれは。注意喚起とか警告ならまだしも、ユーザーへのメッセージですらない。状況説明というか、ある種の宣言ですらある。

これはたぶん、前の機種で使っていた Battery Low というフレーズを、中国人がそのまま(機械翻訳で?)和訳したものなのだろう。

下の記事でも書いたが、同じ会社の製品でも、他の中国の会社でも、一昔前まで、イヤホンなどの機器のメッセージは中国語なまりの、味のある英語だった。

それが今使っている機種くらいから妙な日本語に変わってしまった。割とまめに充電していたので、今まで遭遇しなかっただけなのだ。

とは言え「バッテリー残量が低下しています。速やかに充填してください」と言ってほしいかというと、そうではない。それはそれでじゃまくさい。それこそバッテリーのムダだ。皆まで言わずとも「バッテリー」だけでも意図は伝わる。

ただどうせなら、味気ない日本語ではなくて、チャイナドレスを着たバスリン・ロウさんに耳元で、中国語なまりの英語で、 Battery Low と言ってほしいと思っているのは、私だけではないはずだ(お前だけだ)。



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