昆虫図鑑がすきだったあの子_vol.1
小学校に入学して間もない頃、私はずっとびくびくしていた。
団地住まいだった私は、登校班というグループの一員になり、見知らぬ年上のおにいさんおねえさんたちと気づかぬ間に手を引かれ学校へ向かう。およそ30分間、なんでもない会話でやりつなぐ。何の会話をしたのかは全く覚えていない。記憶にあるのは異常に手汗をかいていた感覚のみだ。だが、そんな気を張った登校は学校生活の序章に過ぎない。
学校につけば、名前が書かれた靴箱にくつをしまう。そこから、学校の都合でいくつも分けられた教室の1つに入り、机の右側3分の1を占めるでかでかと名前が書かれた主張強い席に着く。それらはすべて、「あなたの居場所はここよ」といわんばかりだ。
私からしたら、正直なところいい迷惑なのである。そんないきなり仕分けされても、こちらは心のじゅんび出来ていないのだけど?そんなことより、この緊張から早く解放されたいのよ。
思えば、保育園のときは楽しかったなぁ。
保育園に通うお友達はお父さんもお母さんもはたらいている子ばかりだった。
私が3歳で入園してからというもの、お休みの日以外は顔を会わせるし、育った環境も似ているし、気心知れた同じ年の子に囲まれる生活が私の日常だった。
すきな友達と鉄棒でぐるんぐるん回ってどっちが先に「目がまわった~~」ってなるか対決をしたり、鬼ごっこで庭をかけまわったり、家族ごっこで何役になるかでケンカをしたり…
気が付いたら、続々と知らない子たちが教室に入っていた。
お母さんがいうには、この学校の近くに住んでいる同い年の子たちが集まるって聞いたけど、名前も顔も見聞きしたことがないなぁ。
なんで保育園のおともだちはみんな違う教室に行っちゃったんだろう。
そんな慣れない"学校生活"が始まって1か月が経った。
少しずつクラスのお友達とも話せるようになった。けれども、やっぱり保育園のときからのお友達のほうが話しやすくて、休憩時間になるやいなや居心地を求めて隣のクラスに駆け込んだ。
そこで、昆虫図鑑を読んでいる男の子が目に留まった。
すこしふくやかで、肌がしろくて、たれた目をした子。
その子は、私が教室に来るたびにぶ厚い昆虫図鑑をいつも読んでいた。他の子はお友達とボール遊びをしたり、いまテレビで放送されている戦隊ごっこをしているのに。
その子は周りには気にもとめない様子で、図鑑をペラペラめくり、時折食い入るように読んでいる。なんであんなに楽しそうなんだろう?
私は決められた場所にいても、まだまだ落ち着かなくて逃げ出したくなるのに、この子は図鑑と一緒に自分だけの居場所をつくりだしていた。
すごいなぁ。と感心すると同時に、変わった子だなとも思った。(続く)
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