死ぬほどやらかした結果、無能が集まる部署に飛ばされたが、そこは本当に暇な部署のため、毎日会社でゲームしたりマンガ読むことになった日記 #1
※この物語はフィクションです
■4/1 新社会人の皆、僕みたいにならないでね。
「失礼します」
ノックしても返事がなかったため、もう一度ノックし、大きな声を張り上げたが、やはり結果は同じだった。
部屋を間違えたのか?と思い扉に張り付いているプレートの文字を再確認する。
『クオリティ・コントロール・ルーム』
間違えていない。間違えようがない。こんな、名前だけが仰々しい部署、他にあろうはずがない。
腕時計を見るともう8時55分。始業は9時。このまま返事を待って、遅刻になるなんて間抜けな結末は迎えるべきではないと思ったので、ドアノブを握り、おそるおそる中へ入った。
薄暗く狭い室内には、小さな事務机がぎゅうぎゅうに寄せられていた。椅子は5個あるが、そこに座っているのは、たった一人だけだった。
イヤホンをしたその男は、真剣な眼差しで手元を睨みつけている。
話しかけるべきか、そのへんに座っていいのか、どうなのか、判断に迷い、立ち尽くしていると、男が目線を上げ、僕の存在にようやく気付いた。
彼は、イヤホンを取り、にや、と粘着質な笑みを浮かべ話しかける。
「いよぅ。君かぁ、今日からここに来るって、期待のルーキーは」
「あ、いや、ど、どうも。新多佑樹と申します…きょ、今日から、こちらでお世話になります…」
「ぐはははっ、ガチガチかよ! ま、ま、ま、とりあえずそこ、座んな」
勧められるがままに、椅子に座る。ここが、今日からの新しい仕事場で、きっと僕の席なのだろうが、机の上は書類の山で混沌としている。
男が手元のスマートフォンをポケットに入れて、僕の方へ向き直った。
「ようこそ、アラタちゃん。クオリティ・コントロール・ルームへ。俺は杉本、ここの課長…ま、一番偉い人だ。それだけ覚えときな」
「は、はい、よろしくお願いします…」
杉本は、にっと笑いながら、濃い毛が生えた腕をこちらに突き出してきて、握手を求めてくる。僕はおずおずとそれを掴む。
杉本はぼりぼりと頭を掻きながら、言葉を紡いだ。
「なんでぇ。若いのに、元気ねぇやつだなぁ。アラタちゃん、今何年目だ?」
「…今日で、2年目になります」
「はぁ? 2年目?」
杉本は、大きく目を見開いて、僕の顔をじろりと見た。
「去年入りたての、ピチピチの新卒が、もう、こんなとこ来ちまったのか?」
「…その、僕も突然言われて、あんまりよくわかってなくて」
「どこに配属されてたんだ?」
「…第ニ営業部です」
「黒岩さんのところか…ふーん。なるほどねぇ」
杉本は一層にやにや笑いながら、僕に問いかけた。
「アラタちゃん、ここが何するところか知ってるか?」
「は、はい。一応。品質を維持したままお客様との更にワンランク上のご提案に進むために必要な資料などのクオリティを…」
「おいおいおい! やめろやめろ! なんだそりゃ、組織図にでも書いてるおべんちゃら暗記しても何にもなんねえぞ! つまりどういう部署だよ!」
「…つまり、その」
「けっ、それで元営業かよ」
そんな言葉を吐き捨てて、杉本はつまらなさそうに説明をした。
「つまるところ、申込書にミスがないか、見積もりが間違ってないか、ダブルチェックをする。資料を整える、みたいな、言わば雑用だけをする部署。それがここだよ」
僕は呆然としながら、杉本の話を聞いていた。
それで、元営業かよ、って。
「メーリスはもう入ってるよな? アラタちゃん、お前さんは今日から、そこに溜まる依頼をバカ正直にこなしてたらいい。簡単だろ? 席はそこ使っていいから、パソコン開いてみな」
「…はい」
杉本の、無神経な一言に、ずぶずふと心の奥底が痛み出すが、声に出すこともなく、のろのろとパソコンを開いた。
メーラーを起動し、クオリティ・コントロール・ルームのメーリスを確認するが…。
「あれ…?」
そこに溜まっているだろうはずの依頼メールが、全く無いことに気付いた。
「…杉本さん、あの、メール見たんですが、依頼全然ないです。なんか、違うとこ見てますか…?」
困惑しながら、そう彼に尋ねるが…杉本はいつの間にか自席に戻り、イヤホンを耳にかけようとしていた。まるで、自分の仕事はとっくに終わった、とでも言うみたいに。
彼は、実に意地悪そうな顔で、にや、と、例の嫌な笑顔に戻った。
「依頼、なんも無いだろ」
「はい、えと、これじゃ、やることが」
「なんで無いと思う?」
そんなことを、杉本は平気で言葉にする。
「ここに仕事を投げてくるやつなんか、いねえ。投げるだけ無駄だからな」
「投げるだけ、無駄、というのは」
「まだわかんねえか? ここにはよ、選りすぐりの『無能』だけが集められてるんだよ。依頼なんかしても、遅いし間違ってるし質は低いのしか出てこねえから、誰も何も任せないのさ。閑職、窓際、追い出し部屋。まだクビになってねえだけの、給料泥棒の聖地だよ」
杉本は、実に意地悪く、口元を歪めた。
「黒岩さんって、営業部で一番の平和主義で有名だぜ? アラタちゃん、一体なにやらかしたら、2年目でこんな暗がりに追いやられるのさ?」
僕は、何も言えなくなった。
ただただ、呆然と、モニター上に映る、空っぽの受信箱を眺めることしかできなかった。
「しばらくロクな仕事も無いし、残りのメンバーの今日はこっち来ねえからよ。適当にゲームでもしてな」
「…ゲーム、ですか?」
「ああ。だって、やることないだろ」
そう言って彼は、自身のスマートフォンを掲げた。
そこには、銃を構えた兵士の姿が写っていて――どう見ても、FPSのスマホゲーだった。
杉本とかいう課長は、始業直後から、スマホで、ゲームをしていたのだ。
「なんならPS4でも持ってきてもいいんだぜ? この部署のオリエンテーションは以上だ。あとは好きにやりな」
プライドの欠片もない言動に、僕はどんなリアクションを取るのが正解だったのだろうか。
やっとの思いでひねり出せたのは。
「僕は」
「うん?」
「無能、なんですか」
「そうだよ。だからここに来たんだろ」
そんな、何ににもならない事実確認だった。
黙って立ち上がって、勢い良く部屋から出た。
初めてのボーナスで買った、ちょっぴり高いスーツの袖を濡らしながら、僕はそのままトイレへと駆け込んだ。
――このとき、僕の中にかろうじて残っていたプライドは粉々に壊された。
僕はこれから、一切の仕事を与えられない部署で、毎日無駄な時間を過ごしていく。
そんな日々をこれから記録していくことにした。何も生み出さない男の毎日が、少しでも、何かの役に立てれば、と願うばかりである。