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【第2章】 変身 〜前編〜
第1章『 ピエロ 〜前編〜 』
前話 『 ピエロ 〜後編〜 』
あたしは空を飛んでいた──。
さっきまで、ピエロといた『あたしの公園』がはるか下に小さく見える。
いままで飛んだ経験もないのに、あたしは両腕を上下に動かし、大空を舞っていた。
不思議なことに、恐怖は感じなかった。
でも、羽ばたいているあたしの両腕が真っ黒いツバサになっているのに気がついてギョッとした。
見覚えのある、黒いツバサ……。
とてつもなく、不吉な予感がする。
恐る恐る、声を出してみた。
「ガア、ガア、ガア」
間違いない。
カラスの鳴き声だ。
三番目に引いた、不気味な『カラス』のカード。
グルグル回転する、ピエロのビー玉みたいな眼球。
宙を舞う、百枚の占いカード。
断片的な記憶のかけらを結びつけた結論──。
ここは夢の世界にちがいない。
あの怪しい黒ジャージーを着たピエロの催眠術かなにかで、あたしはカラスに変身した夢を見せられてるんだ。
だから、こうやって普通に空を飛べてるし、怖くもないんだ。
だったら、大声で鳴いて、寝ているあたしを起こしてやる!!
「ガア! ガア! ガア! ガア! ガア!」
ダメだった。
ならば、しょうがない……。
あんまりやりたくなかったけど、、、
「怖い夢であたしを驚かせて、強制的に目を覚まさせるしかない……」
あたしは意を決してツバサを閉じ、はるか下に見える『あたしの公園』へ向かって急降下した。
ものすごい加速度で落ちていく。
「早く目を覚ましてえーーーあたしいーーーー!!!」
グングンと迫ってくる、地面。
激突死の恐怖に耐えきれず、両ツバサをバッと広げる。
空中で大きくバランスを崩し、回転しながら地面に激突。
そのままゴロゴロと地面を激しく転がった。
死の危険を冒したのに、夢から覚めるどころか、
ガンガン……ズキズキ……ジンジン……。
全身の痛みばかりがどんどん増してくる。
「んんん?」
痛み……って……!?
血の気が引いた。
いま、あたしがいる、この世界は、夢の中なんかじゃない……。
現実の世界、だ……。
黒いツバサを広げながら身をよじり、なんとか地面から起き上がる。
公園を見渡すと、お気に入りのベンチに、あたしのスクールカバンが寂しそうに置かれている。
ピエロの姿は、どこにも見当たらない。
ど、どうしよう……。
ジャグリングボールをバスケットボールに変えたり、あたしの退部やお父さんのリストラを占いカードで的中させたシーンがよみがえる。
そうか、あのピエロは、マジシャンでも占い師でもなく……。
超能力者だったんだ。
あたしは、ピエロの超能力で、カラスにされちゃったんだ……。
怒りと恐怖が津波のように押し寄せてきて、
「どこかであたしのこと見て笑ってるんでしょ! 隠れてないで出てきなさいよ~~!!」
ありったけの声で叫んだ。
「アンタのチカラがすごいのはよく分かったから、早く人間に戻してよ!」
どんなに大声で呼びかけても、ピエロは現れなかった。
とてつもない絶望と孤独感に押しつぶされそうになったあたしは、
「ガア、ガア、ガア〜〜〜」
泣きだしてしまった。
「そんなに大声で泣いて、どうしたんだガア?」
一羽のカラスがバサバサバサと公園に舞い降りてきた。
カ……カラスがしゃべってる……。
あたしは驚いて、泣くのをやめた。
「ここらへんではあんまり見かけない顔だガア?」
まじまじと見つめてくるカラスの黒い瞳に、あたしの間抜けなカラス顔が映っている。
違う……。
カラスが人間の言葉をしゃべってるんじゃない……。
あたしが、カラスの言葉を聴き取れてるんだ……。
「アンタ、どっから来たんだガア? 迷子になって泣いてたんだガア?」
カラスが心配そうに話しかけてくる。
なんだかこのカラス、いい人みたい……。
あたしは、自分がカラスになったいきさつを全部、話すことにした。
✻
「……そういうわけで、馬鹿げた話だと思うかもしれないけど、この公園でジャグリングの練習をしていた黒ジャージー姿のピエロに、あたしはカラスに変身させられてしまったの。ねえ、黒ジャージーを着たピエロがどこにいるか知らない?」
「そのピエロを見つけてどうするんだガア?」
「そんなの決まってるじゃない。いますぐ、人間に戻してもらうのよ」
「カラスもなかなかいいもんだガア?」
「絶対にイヤ! こんなに真っ黒で、醜くて、意地汚くて、毎日ゴミ漁ってる嫌われ者のカラスなんて大っ嫌い!」
あたしはカラスの悪口をまくしたて、
「このままカラスで一生を過ごさなきゃいけないんだったら、死んだほうがマシよ!」
言ってから、ハッとした。
カラスの顔がヒクヒクと引きつっている。
「なんだか……とってもひどい言われようだガア……」
「ご、ごめんなさい……」
「でも、アンタが本当に人間だったってことは分かったガア」
「ありがとう、信じてくれて」
「でも、そのピエロがアンタをカラスにしたって証拠はあるんだガア?」
「だからさっきも説明したけど、この公園にはあたしとピエロしかいなかったのよ!」
ピエロへの怒りに火がつき、
「カラスのカードをわざと引かせたあと、あたしの目の前でカードの束を空中にバラまいて、カラスに変身させられたんだから! 犯人はピエロしか考えられないでしょ!!」
ついつい、語気が荒くなる。
「う~~ん、なんだかよく分からないガア」
カラスが腕組みをして首をかしげる。
「だって、カラスのカードはアンタが選んで引いたんだガア? それに、空中にバラまいたカードを見ていただけで、カラスに変身させられたなんてありえないガア~~」
カラスがツバサをばたつかせながら「ガア、ガア、ガア~~」と笑った。
「ちょっと、アンタねえ……」
頭にきて、カラスに文句を言おうとした、そのとき──。
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