【第8章】 裏切り 〜前編〜
第1章『 夢現神社 〜前編〜 』
前話 『 ソールドアウト 〜後編〜 』
十日間に及んだ、エディブルフラワーの試食販売フェアーは大盛況のうちに幕を閉じた。
トータルで売れたエディブルフラワーの数は、優子がメールで宣言していた通り、1000パックを超えるという驚くべきものだった。
しかも、エディブルフラワーを『おまけ』で付けたお弁当やお惣菜も普段の5倍もの売れ行きで、臨時販売していた平川あざみさんの本もかなり売れ、出版社が重版を考えているほどだった。
自分の企画したエディブルフラワーの試食販売フェアーが、会社的にも久しぶりの大ヒットを記録したことで大喜びしたかったのだけれど……私の心は深く深く傷つき、どん底状態だった。
それは、昨夜かかってきた優子からの電話が発端だった。
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「ゆかりさん、本当にスイマセン、スイマセン、スイマセン……」
受話器の向こうから、優子のすすり泣く声が聞こえる。
物流倉庫の激務を終え、電車に二時間揺られ、自分のアパートへなんとかたどり着いた、夜の八時過ぎだった。
「優子、どうしたの? 大丈夫?」
天真爛漫、勝気な優子が、私の前で泣くのは初めてのことだった。
「ゆかりさん、エディブルフラワーの企画、ダメでした……。全部、私のせいです、ごめんなさい、本当にごめんなさい……」
「そうだったんだ……」
優子の報告に落胆しながらも、
「あれだけ反響が良くても、一店舗の実績だけじゃ、本社はエディブルフラワーを認めてくれなかったんだね。すごく残念だけど、優子のせいじゃないから、そんなに泣かないでよ。フェアー企画は成功したんだし、もう十分だよ!」
精一杯、明るい声で返した。
✻
実は、あの十日間に渡る試食販売フェアーを大成功させたことで、優子はエディブルフラワーを30店舗ある『ナチュラルン』の全直営店でも扱う企画提案を、本社の企画会議にかけていた。
「この記録的な売上げデータを見せれば、本社の上層部だって乗り気になりますって! 任せてください!」
優子は、企画が本社に認められたら、エディブルフラワー企画の発起人である私を物流倉庫から希望する部署へ異動できるように上層部へ掛けあうと張り切っていたのだ。
でも、フェアー大成功の勢いに心が追いついていなかった私は「まだちょっと、本社の企画会議には早いんじゃないかな……」とためらっていた。
そのいっぽうで、優子のイケイケドンドンの流れにも乗ってみたい……。
いろんな感情がごちゃ混ぜ状態になった時、不意に、企画戦略本部室でバリバリ働いている、秋田真紀子の顔が思い浮かんだ。
真紀子だったら、エディブルフラワーの企画書を一度見ているし、これだけの販売実績があれば、今度はお花遊びなんて言わずに力を貸してくれるはず。
打開策を思いついた私は優子に、企画書をいったん真紀子に見せて、企画戦略本部室も味方につけてから、本社の企画会議に掛けることをアドバイスしていた。
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「企画戦略本部室の真紀子が加わってもダメだったのなら、しょうがないよ」
私の慰めに、
「違うんです! そうじゃないんです!」
優子が突然、電話の向こうから興奮した声で叫ぶ。
「ど、どうしたの、急に大きな声で……」
驚きながら訊き返すと、
「すいません……」
優子はか細い声で謝ったきり、黙ってしまった。
「ちょ、ちょっと、優子? なにがあったの? なにが違うのか、私にもわかるように教えてちょうだい」
「秋田さんが私たちを裏切ったんです……」
「へ?」
真紀子が、私と優子を裏切った……?
裏切った?
どういうこと……?
「えーと、ごめん、今なんの話してたんだっけ……」
予想外の事態に、頭の中が完全にパニック状態。
「ゆかりさん、大丈夫ですか……?」
優子の心配そうな声に
「あ、うん、大丈夫大丈夫。説明して、優子」
かろうじて冷静さを保つ。
「私、ゆかりさんに言われた通り、本社の企画戦略本部室で働いている秋田さんへ、エディブルフラワーの企画書と試食販売フェアーの売上げデータを一緒に持っていって説明したんです。その時、秋田さんは乗り気で、本社の企画会議に掛けてくれるって約束してくれたんです。なのに……」
「真紀子は企画会議に掛けてくれなかったのね……」
私が事態を呑み込むと、
「そうじゃないんです!」
優子が受話器の向こうから大きな声で否定した。
「秋田さんは、本社の企画会議にエディブルフラワーの企画を出しました! しかも今日、30店舗すべての直営店でエディブルフラワーを取り扱うことが、社長決裁で正式に決まったんです!」
「はあ~~!? なによもう~~優子~~!! ドッキリとかそういうの、心臓に悪いからやめてよね~~! 真紀子が裏切ったなんて言うから、パニクっちゃったじゃないのよ~~」
優子の悪ふざけに少し怒りながらも、
「でもさ、企画が通ったなんて凄いじゃない! やったね、優子~~!!」
すっかり夢心地だった。
「あの、ゆかりさん……だから、そうじゃないんです……」
「もう、優子~~ドッキリはいらないってばあ~~!」
「私たちの企画じゃなくなっちゃってたんですよ!!」
「………は?」
「エディブルフラワーの企画提案者名をゆかりさんと私の連名にして、秋田さんに企画書を提出したのに、今日決まったエディブルフラワー事業の企画責任者の名前が、秋田真紀子になっていて、ゆかりさんが関わっていることにはいっさい触れられていなかったんです!」
「そんな……」
頭を横殴りされたような衝撃を受け、床にへたり込む。