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【第1章】 夢現神社 〜前編〜

「ゆかり先輩、今日はもうあがってもらって大丈夫で~~す!!」

 店内の陳列棚に並んだ自然派食品の在庫チェックをしていた私に、店長の優子が明るく声を掛けてきた。

 優子は入社六年目の可愛い後輩で、入社十年目の私よりもテキパキ仕事ができる。「思い立ったら即行動が私のモットーなんで~~す!!」と、笑顔で有言実行する優子は、間違いなく会社の出世ラインに乗っている。

「うん、わかった」
 私は陳列棚を埋めている、田舎ラーメン醤油味のパッケージ袋から目をそらさず、
「田舎ラーメンの在庫チェックまでやっちゃうから」
 頭の中で、慎重に個数を数えながら返事をした。

 私が田舎ラーメンの在庫数を数え終えて、チェック表に書き込むと、
「あの、ゆかり先輩……」
 優子が小声で話しかけてきた。

「店内の雑用業務は、明日からアルバイトさんに任せちゃっていいんで、私と一緒に旬の野菜を使ったフェアー企画を一緒に考えてくれませんか? フェアー企画が好評だった店舗は社長賞がもらえるみたいなんですよ! 社長賞を獲れたら、今度こそ、ゆかりさんが本社へ異動できるように統括部長へ強く推しますから!!」

「ありがとう、優子。でもほら、私はクリエイティブな仕事って向いてないし、本社勤務よりもこういう在庫チェックとか単純作業のほうが合ってるのよ。あ、でも、優子が企画した旬の野菜フェアーは、私とアルバイトさんたちでバッチリ形作るから、そっちは任せておいて、ね!」

 私は、心やさしい後輩の申し出をやんわりと断りながら微笑んだ。

「そうですか……。なんか、私、ゆかり先輩の気持ちも知らずに先走っちゃってすいませんでした。でも、本社への異動は別にして、一緒にフェアー企画を考えてみませんか? ゆかり先輩とだったら、なんかこう、ふんわりとした、やさしい感じのハートフルなフェアー企画が生み出せるんじゃないかって思うんですよね……」

「優子、私のこと買いかぶり過ぎだよ。それより、優子は本社の企画戦略本部室へ行きたいんでしょ? だったら、頼りない先輩のことなんて気にしないで、社長賞目指してすんごいフェアー企画を考えなきゃ、ね!」

「はい、わかりました。頑張ります!」
「うん、優子はその笑顔が一番だよ。応援してるからね!」

 優子が照れ笑いを浮かべながら「じゃあ、失礼します」と頭を下げて、店奥の店長室へと歩いていった。

「さ~~てと、棚をもうひとつやっつけちゃいますかあ……」

 私は、田舎ラーメンの下の棚に並んでいる、蜂の子ジャムの小瓶を数え始めた。

 私が勤めている会社『株式会社 ナチュラルン』は、自然派食品をメインに取り扱っていて、関東を中心に三十店舗ほど展開している。

 お店で扱っている商品は、全国各地の契約農家さんから送られてくる無農薬野菜や有機米をはじめ、飼料にこだわって育てられた豚肉や鶏肉、無添加の調味料やインスタント食品、お惣菜など、健康志向の高いお客さんが求めているものを厳選している。

 私が『ナチュラルン』に入社したのは、十年前にさかのぼる。

 一般的なスーパーでは見たことのない、珍しい自然派食品を扱っているところに惹かれ、大学生の頃からちょくちょく『ナチュラルン』のお店を利用していた。

 それで、就職面接の時は、『ナチュラルン』で扱っている商品の「マイフェイバリット・ベスト5」を寸評付きで発表したり、100円で1ポイントがもらえるサービスで、最高点数5000ポイントを意地で集めて手に入れた『ナチュラルン』オリジナル・植物性タンニンなめし革財布を面接官に見せながら「このお財布は、私にとってお守りなんです」と、『ナチュラルン愛』をアピールしまくったら、運良く入社することができたのだ。

 同期入社は十人弱で、十年を経た今、優子のように他の店舗の店長をやっている者もいれば、いくつかの店舗を統括する立場の者もいる。

 その中でも一番の出世頭はなんといっても、秋田真紀子だ。

 真紀子は、本社勤務の花形部署『企画戦略本部室』に、わずか入社三年目で配属され、男顔負けの働きぶりで活躍しているバリバリのキャリアウーマンなのだ。

 いっぽう、私はというと……同期の中では一番の落ちこぼれ。

 おそらく、会社の全社員の中でも、かなりの能無し社員として、人事部は厳しく評価しているに違いない。

 入社十年目の三十二歳にして、いまだ店舗の店長にもなれず、後輩店長の下でアルバイトさんたちと雑務をこなしているだけなのだから、しょうがないと自分でも思う。

『ナチュラルン』に入社したばかりの新入社員は全員、研修も兼ねて店舗販売の現場で経験を積むために、各店舗に一人ずつバラバラに配属され、そこでの働きぶりによって、その後の配属先が決まるシステムになっている。

 かなり優秀な人だと、わずか一年後に本社勤務が決まる場合もあるけれど、標準的には、二年もしくは三年後に本社のどこかの部署へ異動になる。

 その後、本社での勤務成績を加味しながら、だいたい入社七年目か八年目には店舗の店長になり、さらに組織の上を目指すのが通常の流れである。

 でも、私はこの通常の流れに乗れなかった。

 自慢じゃないけれど、今いるこの店舗に十年前、新入社員の時に配属された時からずっとどこへも異動せず、居座り続けている。

 十年間ずっと、この店舗へ配属された新入社員を笑顔で迎え入れては、本社への異動が決まった後輩たちを笑顔で送り出していた。

 私の立場は店長ではなく、万年ヒラ社員なので、これまでに六人の後輩に追い抜かされたことになる。

 でも、私には不満や焦りはまったく無かった。

 毎日が変わりなく、平々凡々と過ぎていくことが一番だと感じているし、昔から上昇志向というものが無いのだ。

 そもそも、『ナチュラルン』に入社できたことが、私にとってはゴールみたいなものだったし、普通に毎月のお給料がもらえて人並みに生きていければそれで満足だった。

 だから、他の同期よりも早く出世してやろうとか、花形部署へ栄転して高給取りになろうとか、そういうことは一回も考えたことがなかった。

 なにか新しい事を企画提案したものの、失敗して嫌な思いをするよりは、単純作業に埋没しているほうが、気分的にもずっと楽なのだ。

「それに、これも楽しみのひとつなのよね~♪」

 きりのいい所で商品の在庫チェックを終え、帰り支度を手早く済ませた私は、買い物カゴを手に持ちながら、自然派食品をふんだんに使った自社製のお弁当やお惣菜をウキウキ気分で選び始めた。

 栄養士さんの管理のもとで新鮮な食材の旨味が最大限に引き出された、とっても美味しく調理されているお弁当やお惣菜がなんと、社員割引の6掛けで買えちゃうのだ。

 私は勤務中から目を付けていた日替わり弁当とお惣菜の代金をレジで支払い、エコバッグに収めると、
「お先で~す」
 小さな声でアルバイトさんにあいさつしながらお店を出た。

 腕時計を見ると夕方の午後六時を過ぎていたけれど、外はまだほんのりと明るかった。
 数日前に真夏の猛暑は峠を越したらしく、わりと過ごしやすい気候になっている。

 私はダイエットも兼ねて、電車で二駅ぶんの道のりを歩いて帰ることにした。

 お店を出てから二十分ほど歩き、賃貸アパートまであと半分くらいのところで、ふと立ち止まった。

 ここまで歩いてきた国道から左にそれている小路がなんとなく気になったのだ。

 このまま、まっすぐ国道沿いを進めば、借りている賃貸アパートまで二十分たらずで到着する。

 でも、今日の私はなぜだか、未知なる小路へ寄り道をしたくてたまらない。

「私の第六感が、この小路の奥になにか特別なものがあることを察知しているのだ……なんてね」

 理由もなく寄り道をしようなんて気持ちになったのは、小学生の時以来かもしれない。

「別に急いで帰る用事も無いし、いっちょ探検してみますか……」

 国道から左へ伸びている小路をウキウキ気分で歩き出したものの、早くも自分の第六感がまったく当てにならないことに気付き始めた。

 あっと驚かせてくれるようなことや、ほっこりとした気持ちにしてくれるようなものはなにも無く、ただただ住宅街に挟まれただけの普通の脇道でしかなかった。

「これ以上、この道を歩いても無駄かもね……」

 少しがっかりしながら、来た道を引き返そうとした矢先──。

「むげん……じんじゃ……?」

 道沿いに立てられた、インパクトのあるのぼりが目に入った。
 まるで子供が書いたような、下手くそな筆文字で『夢現神社』と書かれている。

「夢が現実になる、って意味なのかしら……」

 神社の名前に惹かれた私は、朱色の鳥居をくぐった。

 わりと狭い神社の境内には白い玉砂利がきれいに敷き詰められていて、周囲をぐるりと取り囲んで生えているご神木はどれも幹が太くてどっしり、樹齢何千年も経っているように思えた。

「きっと、隠れたパワースポットに違いないわ……」

 自分の第六感にちょっとだけ自信を取り戻しながら、白い玉砂利を踏みしめ、境内の奥へと進んでいく。

 お参りをするために拝殿の前で立ち止まり、視線を上へ向けると、奇妙なものを発見した。

 拝殿上部に取り付けられた欄間の部分に、羽根を広げたカラスが彫刻されている。

「普通は龍とか鳳凰なのに、なんでカラスなんだろ?」

 珍しいカラスの欄間彫刻をしばし眺めていると、
「あれ?」
 カラスの脚が二本ではなく、三本に彫られていた。

「そうか、この三本脚のカラスって、龍とか鳳凰と同じで、縁起の良い神獣なのね……」

 プチレアな神社を発見したことで気分が良くなった私は思い切って、百円玉を賽銭箱に投げ入れた。

 そして、天井にぶらさがっている大きな鈴をガランゴロンと鳴らし、二礼二拍手、目を閉じて両手を合わせた。

「私は隣街に住んでいるゆかりと言います。え~~と、なんでもいいので良い事がありますように。あ、でも、なんかこう、思いっきりビックリしちゃうような事だと嬉しいです。なにとぞ、なにとぞ、お願いします……」

 自分でも勝手だなあ……と思いながらも、深々と頭を下げて拝殿から離れた。

「さてと、帰るとしますか……」

 清々しい気分のまま、朱色の鳥居へ向かって歩き始めると、
「ん?」
 ご神木の根元にポツンと置かれている、大きくて古めかしい木箱を発見した。

 興味をそそられ、木箱の中をのぞくと、大量のおみくじが入っていた。

 木箱の側面に取り付けられた料金箱には、「一回百円也。こちらのお布施箱へお入れください」と、これまた下手くそな筆文字で書かれている。

「そういえば、今年のお正月、おみくじ引いてなかったっけ……」

 私は百円玉を料金箱の中へカランと入れて、大量に入っているおみくじの中へ右手を突っ込み、ガサゴソとまさぐりながら念じ始めた。

 大吉、来い!
 大吉、来い!
 大吉、来い!

「これだ!」
 木箱の中からおみくじをひとつ取り出す。
「さっき、お賽銭で百円も奮発したんだから、絶対に大吉よ……」
 幾重にも折り畳まれているおみくじの紙を丁寧に指で広げていく。

「えっ……!?」

 なに、これ……!?

 思考が完全にフリーズする。

第1章『 夢現神社 〜後編〜 』へ続く。。。

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神楽坂ささら
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