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【第1章】 夢現神社 〜後編〜

前話『 夢現神社 〜前編〜 』

 私が引いたおみくじに書かれている運勢は、大吉でも、中吉でも、小吉でも、吉でも、末吉でも、さらには、凶、大凶でさえもなく……。

『恐』


 何度見直しても、おみくじには『恐』の文字がくっきりと印刷され、私の運勢は『恐』なのだとはっきり告げている。

「こ、恐い……恐ろしい……恐怖……恐喝……恐慌……恐竜……」

『恐』の文字から連想する言葉をあげていくも、恐竜以外に、ろくなものが出て来ない。

「あ、でもこれって……」
 頭の中が混乱しながらも、
「『凶』の文字を『恐』の文字に誤変換したまま印刷しちゃったんだよ、きっと……」

 でも、私のこの推測はたちまち消し飛んでしまった。

 なぜなら、『恐』の文字が印字された運勢欄の下に書かれている「神のお告げ」の文章が、

 汝、遠くへ飛ばされ、ひどい仕打ちを受ける日々を過ごすことになる。
 肉体、精神ともに疲労困憊。
 裏切りにあい、やる事成す事すべてが裏目に出る。
 闇夜を這いずり回る人生を送ることになる。

『凶』のレベルよりもはるかに強烈で、私のことを呪っているようで『恐』かったからだ。

「うわあ~~ヤッバ~~イ!!」
 突然、現われた女子高生が、私の不吉なおみくじを覗き見ながら、
「『恐』おみくじ、初めて見た~~! 本当にあったんだ~~『恐』!! お姉さん、すっごいラッキーじゃ~~ん!!」

「な、なに!? あなた、いつからここにいたの!」
 私は、女子高生からバッと離れて睨んだ。

「いつからって……」
 女子高生が怪訝そうな表情を浮かべながら、
「私が神社にお参りしに来たら、お姉さんが青白い顔して固まってたから、気分が悪いのかなって心配して来たんだけど……」

「ああ、そうだったんだ……心配してくれてありがとう。でも、もう大丈夫だから。うん、大丈夫、大丈夫……」
 私がぎこちなく微笑みながらお礼を言うと、
「じゃあ、お参りしてきま~~す!」
 女子高生が軽く頭を下げて歩き出す。

「ねえ、ちょっと待って……」
 気になることがあって、女子高生を呼び止めた。

「さっき、このおみくじを見てラッキーって言ったよね? この『恐』のおみくじ、もしかして幸運のおみくじだったりするのかな?」
 一縷の望みを託し、女子高生の顔をじっと見つめる。

「ん~~と……そうじゃなくて……」
 女子高生は戸惑いの表情を浮かべながら、
「『恐』のおみくじが存在するって都市伝説を聞いたことがあったから、実際に見れてラッキーって感じなだけで……ごめんなさい」
 申し訳なさそうにペコリと頭を下げる。

「あ、ああ……いいのいいの、気にしないで。でも、都市伝説ってことは、やっぱり呪われたおみくじなんだ……」
 肩を落としながら言うと、
「そうだ、私もおみくじ引いてみますね!」
 女子高生が、私を励ますように明るい声で、
「お姉さんみたいに『恐』のおみくじ当てて、友達に自慢できるかもしれないし!」

 女子高生が百円玉を料金箱へ入れて、
「『恐』来い、『恐』『恐』『恐』~~~!!」
 木箱からおみくじをひとつ取り出した。

 固唾を呑んで、女子高生がおみくじを開くのを見守る。

「ああ~~ざんね~~ん! 大吉だったよお……」
 女子高生が大吉のおみくじを見せながら悔しそうに顔をしかめる。

「だ、大吉、最高じゃない……良かったわね……」
 笑顔を引きつらせながら祝福する。

「う~~ん。でも、やっぱり、お姉さんの『恐』のほうがうらやましいなあ~!」
「あのねえ、私は大吉のほうが百倍うらやましいんだけど……」

「あ、でもでも……」
 女子高生が目を輝かせながら、
「おみくじって大吉とか凶とかの運勢がメインイベントじゃないの、お姉さん知ってます?」

「もうフォローしてくれなくていいよ。ごめんね、気を遣わせちゃって……」
 謝る私に、女子高生はニヤリと笑みを浮かべながら、大吉のおみくじを裏返し、

「おみくじって、実は裏面に書かれている『神の教』の文章がメインイベントなんだよ! ここに書かれているアドバイスを実践すれば、運勢が良くなるんだって! ほら、私のおみくじにはこう書いてあるよ」

 女子高生はわざとらしくゴホンと咳払いをし、
「感謝、感謝の礼ごころ、神様、ご先祖様に、今日一日を無事に過ごさせていただいた、有りがたさの御礼を申して、明日の一日を、清く正しく生き貫く事を御契い申し、御祈り申して、安らかな眠りの床につきましょう」
『神の教』を読み聞かせてくれた。

「ね、すごくいい文章でしょう? 感謝しながら寝れば良い事が起こるって言ってくれてるんだもん! お姉さんのおみくじにはなんて書かれてる?」

「ちょっと待ってね……」
 女子高生に促され、『恐』のおみくじを裏返す。

「!!!!!」

『恐』の文字を超える恐ろしさに、総毛立つ。

「お姉さん、顔が真っ青だよ、大丈夫? 『神の教』になにが書いてあるの?」

 心配そうに見つめてくる女子高生に、私は黙ったまま『恐』おみくじを手渡した。

「ヒィッ……」

 女子高生も目を見開いたまま、凍りつく。

『恐』おみくじの裏面には、『神の教』の三文字のみが印刷されていて、その下の欄には文章どころか、一文字も書かれていなかった。

 真っ白の空欄──。

 神様からのアドバイス、ゼロ。

 ああ……私は完全に神様から見放されてしまった……。

「お姉さん、これ……」
 女子高生が顔を引きつらせながら、指の先でつまんだ『恐』おみくじを返してくる。

「あ、バイトに遅れちゃう! お姉さん、こんな呪われたおみくじくらいでへこんでちゃダメだよ! 元気出してね!」

 呪われたおみくじ……を手に持った私を励ますと、女子高生は拝殿へ向かって駆け出し、両手を合わせ、大きな声で祈り始めた。

「この街の高校に通っている美咲っていいます。卒業したら、演劇の専門学校に通うことを両親が許してくれるように、どうか、どうか、ど~~うか力を貸してくださ〜〜い!!」

 そうかあ、あの子、女優とかになりたいんだ……。
 いいなあ、若いって……。
 夢も可能性もいっぱいあるもんなあ……。

 拝殿で両手を合わせている女子高生の姿を、私はぼんやりと眺めていた。

「あと、さっき『恐』のおみくじを引き当てたお姉さんにも良い事が起こりますように! どうか、どうか、お姉さんの呪いを解いてあげてください! 神様、お願いしま~~す!!」

 女子高生はお祈りを済ませると、
「お姉さ~~ん、これで大丈夫ですよ~~!!」
 ガッツポーズをしながら、神社の外へ走り去っていく。

「ありがと~~! あなたも頑張ってねえ~~!!」
 心優しい女子高生へ手を振った。

 ふたたび静まり返った神社の境内にひとり残され、おみくじへ視線を落とす。

 この呪われた『恐』おみくじ、どうしたらいいんだろう……。
 おみくじを結ぶ場所もないみたいだし……。

「あれ……?」

 さっき、おみくじの裏面を見た時は動転していて気付かなかったけれど、紙の下のほうにすごく小さな文字で書かれている文章を発見した。

『註……このおみくじを引かれた方は、必ず神社裏にある社務所へお申し出くだされ』

 私は拝殿の裏手に向かって、猛然と玉砂利の上を駆け出した。

「はあはあはあはあ……」
『社務所』の木札が玄関口にぶら下がっている、古めかしい一軒家の前で足を止めた。
 まだ呼吸が整っていないけれど、そんなの構っていられない。
 私は助けを求めて、社務所の呼び鈴を3回たて続けに押した。

「はいはい、なにかご用ですかな?」

 開いたドアの向こうから、神官用の衣装をまとい、白くて長い立派なアゴヒゲをたくわえた白髪のお爺さんが姿を現した。

 この人が『夢現神社』の神主さん……。

「あの、これが出てしまったんですけど……」
 藁にもすがる思いで、『恐』のおみくじを神主さんへ怖々と手渡す。

「ホ~ホッホホホ! これはツイてるがじゃ! 『恐』を引かれるとは、あなたさまはとんでもなくツイてますがじゃ! ツイてる、ツイてる、ツイてるがじゃあ!」
 神主さんは、私の両手を握りブンブン振り回す。

「ちょ、ちょっと、ふざけないでください! 『恐』は不吉で、呪われたおみくじなんですよね? ツイてるわけないじゃないですか!」
 神主さんの手を振りほどいて、睨む。

「じゃから……」
 神主さんの顔からすうっと笑みが消え去り、
「あなたさまには、目ん玉が飛び出るほど、おぞましい物の怪がツイとると言うてるがじゃ……」
 カッと見開いた目で、私の顔をじいっと見つめる。

 背筋がゾクゾクッと凍る。

「ウソがじゃ、ウソがじゃ! 何年かぶりに『恐』みくじを見たから、神主ギャグを放ってしまったがじゃ! ウヒャヒャヒャヒャ!」

 手を叩きながら大笑いする神主さんを呆然と眺めながら、こんなふざけた神社の『恐』おみくじに、本気で悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しくなり、
「それじゃあ、失礼しました……」
 神主さんに頭を下げ、背を向ける。

「ああ~~ちょっと待つがじゃ」
 神主さんが呼び止め、
「あなたさまに渡した、木札のお守りについてまだ説明してないがじゃ」

「木札のお守り……?」
 怪訝な表情で振り返ると、
「それ、それ」
 神主さんが笑みを浮かべながら、私のエコバッグを指差す。

「えっ……」

 いつのまにか、エコバッグの持ち手部分に、横長五角形の木札がヒモでくくりつけられぶら下がっていた。

 木札には、『夢現神社』の拝殿上部、欄間に彫刻された『三本脚のカラス』の絵が大きく描かれている。

「これ、なんですか……?」
 恐る恐る訊ねると、
「『恐』みくじを引かれたツイてるお方には、特別に『夢実現の極意』を授けとるがじゃ」
 神主さんが木札を裏返す。

「うわ……」

 木札の裏面には、小さな文字らしき記号がびっしりと彫られているものの、
「あの……なんて彫られているか、まったく読めないんですけど……」

「読む必要はないがじゃ」
 神主さんがニカッと笑う。

「あなたさまが困った時や判断に迷った時、その木札を眺めてくだされ。さすれば、その時の状況に応じた、『夢実現の極意』の御言葉が浮かび上がってくるがじゃ」

「文字が浮かび上がってくるって……これ、電池式の機械なんですか?」
 木札のスイッチボタンを探す。

「念じゃよ、『念』。思考や感情は目に見えずとも、『エネルギー』として空間に存在しているがじゃ。その木札は、マイナスの『念』に反応して、御言葉が浮かぶ御神木で創られているがじゃ」

 神主さんの顔が険しくなる。

「残念じゃが、『恐』みくじを引かれたあなたさまには、不運に思えることが起こるがじゃ。でも、それは、あなたさまの夢を実現させるためですがじゃ。その木札のお守りから授かった『夢現実の極意』を駆使する絶好の機会ですがじゃ。さすれば、あなたさまは、大大大大大大大大吉ステージへ運ばれること間違い無しですがじゃあ!」

 嘘くさい神主さんの話──これは絶対に霊感商法に違いない。

「それで、この木札のお守りはおいくらなんですか?」

 木札のヒモをエコバッグから外し、神主さんへ突き返す。

 不吉な『恐』おみくじで動転している私を脅し、呪われた運命を救済する唯一の手段がこの木札のお守りだと言って、高い値段で買わせようと企んでいるのだ。

「こんなベタな霊感商法に私は引っかかりませんから!」
「お代は要らないがじゃ……」
「え?」
「プライスレス、がじゃ」

 予想外の答えに、
「タ……タダってことですか?」
 声が上ずる。
「でも、なんで私だけ、この木札のお守りをもらえるんですか?」

「じゃから、あなたさまは『恐』みくじを引かれるほどツイてるからですがじゃ」 
神主さんが木札のヒモをエコバッグに結び直してくれた。

 アパートに帰ってきた私は、三本脚のカラスが描かれた木札のお守りをテーブルの上に置いて、じっと見つめた。

 落ち着いて考えてみると、『恐』おみくじを引いたことで、『夢実現の極意』を授けてもらえる(どうやって?)という、木札のお守りをタダでもらえたってことは……。

「かなりツイてるのかも……」

 自分の運勢がこれから本当に、大大大大大大大大吉ステージへと上昇するような感じがして、幸せな気分に浸ることができた。

 でも、その翌日──。

 私は、人生最悪のどん底に突き落とされたのだった……。

第2章『 エディブルフラワー 〜前編〜 』へ続く。。。

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神楽坂ささら
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