【第8章】 裏切り 〜後編〜
第1章『 夢現神社 〜前編〜 』
前話 『 裏切り 〜前編〜 』
真紀子が、私と優子の企画を盗んだ……?
あの出世頭の切れ者の真紀子が……?
そんなこと、信じられない……。
「ゆかりさん、大丈夫ですか?」
「……大丈……夫……」
本当は全然、まったく大丈夫ではなかったけれど、とてつもなく動揺していることを、優子に知られたくなかった。
「それでですね、企画戦略本部室に今日、何度も電話を掛けたんですよ。秋田さんに一体どういうことなのかを問いただそうと思って。でも、秋田さんはずっと外出中だって言われて……絶対、居留守使ってんスよ、あンの野郎!!」
「あンの野郎!? ゆ……優子?」
「あンのクソ野郎~~ぜってえ許さねえ!!」
「ちょ、優子? 興奮しないで、落ち着いて!」
「落ち着いてなんかいられねえッスよ!!」
興奮した優子のしゃべりはドスが利きまくり、
「ゆかり姉さん! 明日、アタイが本社に乗り込んで、秋田のクソ野郎を半殺しにしてきますわ!!」
とても自然派食品を扱う店長の口調ではなくなっていた。
以前からなんとなく、優子の物怖じしない性格や、クレーマーに対する冷静ながらもハンパない威圧感に接していて、若い頃ヤンチャだったんじゃないかな〜、と感じてはいたものの、
「プッ……ハハハハハ!!」
実際に優子のべらんめえ調を聞いた私はなんだか可笑しくなってしまった。
「姉さん、なに笑ってんスか?」
優子が不機嫌そうな声を出す。
「だって、優子が突然、ヤンキー口調になって笑わせるから……」
「ヤベッ……。やっちまった……まじいな……」
優子が狼狽えながら、
「あの、ゆかりさん……。このことは内密に……」
「わかってるわよ~~誰にも言わない。その代わり、優子も企画戦略本部室に乗り込んで『ゆかり姉さんの仇い~~』なんて怒鳴りながら、真紀子を半殺しにするのはやめてちょうだいね」
冗談めかして言う私に、
「でもこのままだと、ゆかりさん、ずっと物流倉庫のままですよ……」
優子が沈んだ声でつぶやく。
「優子、聞いて。私ね、物流倉庫で働くのもそんなに悪いことじゃないのかもって、最近思うようになったんだ。だってさ、こうしてエディブルフラワーに出会うきっかけにもなったし、そのおかげで、優子や平川さんと一緒にフェアー企画を大成功できたし、会社の全店舗でエディブルフラワーを取り扱うことが実現したってことは、物流倉庫はスゴイ場所だってことだもんね。それに、これから物流倉庫にもエディブルフラワーが大量に入荷してくることになるから、少しは明るい職場になるんじゃないかな。もうこうなったら、体力の続く限り、物流倉庫に骨を埋める覚悟でしがみついてやるわよ!」
優子にではなく、自分を無理やり納得させるために話しているみたいだった。
「ゆかりさん……マジ、スゴイっす……」
優子が声を震わせながら
「なんでそんな、前向きになれるんスか?」
「う~んとねえ……」
少しためらいながら、壁に掛けている木札ちゃんへ視線を向けて、
「私の大事なお友達から、失敗なんて本当はこの世には無くて、良いことも悪いことも全部、ただの出来事にすぎないから、うまくいったことだけに気持ちを集中させてやり続ければ、良い流れになるんだよ、って教えてもらったの」
ケタケタケタ。
木札ちゃんが、私のことを冷やかすように笑っている。
「良いことも悪いことも全部、ただの出来事……」
優子が感心したようにつぶやき、
「うまくいったことだけに集中するんですね、姉御!!」
おかしな任侠口調に変わった。
「姉御はやめて~~」
「嫌です、姉御!!」
「絶対にやめて~~!!」
絶叫しながら、優子との距離が今までよりもずっと近くなったことが、今回の一番の成果だったように感じた。
✻
「はずなのに……」
私は一晩中、真紀子にエディブルフラワーの企画を横取りされたショックというか、不満というか、心のモヤモヤが膨らんでいって、人間不信になるくらい落ち込み一睡もできなかった。
そのせいで、翌日の仕事にも集中できずミスを連発。
物流倉庫のセンター長やパートのおばちゃんたちから、いつもの何倍も怒鳴られてしまった。
「はあああ……私……もう本当にダメかも……」
帰宅するなり、ベッドに横たわる。
今まで、心のエネルギーになっていたエディブルフラワーの夢を奪われたことで、精も根も尽き果て、なんにもやる気が起きず、会社を辞めることばかり考えてしまう。
壁にぶら下がっている木札ちゃんをじいっと見つめるも、ダンマリ……。
「よっこいしょ……」
上半身を起こして木札ちゃんを手に取り、
「ねえ、木札ちゃん……。私が今、とてつもなく落ち込んでるの知ってるよね? なんかもう立ち直れないくらい心が疲れちゃって……なんでこんなことになっちゃったのかな……」
木札ちゃんの木面がグルグルと渦巻き出し、3Dホログラム文字をゆらゆらと宙に浮かべる。
『外界は己の心から生じる!!』
「は? それって、心の中で考えたことが現実になるってこと? だったら、私のエディブルフラワー企画が、真紀子に奪われるなんて最悪なこと起こるわけないじゃない!!」
文句を言うと、すぐにまた新しい3Dホログラム文字がゆらゆらと出現する。
『邪心が正心を喰らう!!』
「邪心なんて、私……」
反論しようとした矢先、木札ちゃんに操られたスマホのAIが勝手に起動し、
『まだちょっと、本社の企画会議には早いんじゃないかな……?』
2週間前、優子からエディブルフラワーの企画を本社会議へ掛けるのを相談され、ためらっている私の動画が画面に映し出された。
「ちょっ……いつの間に、隠し撮りなんてしてたのよ!?」
頓狂な声をあげて驚く私に、
『違います』
スマホAIの感情の無い機械音声が冷静に否定し、
『現代科学ではまだ不可能ですが、空間に漂っている視覚化できない思念エネルギーを、木札様の超古代テクノロジーによって、動画変換しているのです』
意味不明な説明を終えるや、木札ちゃんに操られたスマホAIが、優子と私のやりとり動画の続きを再生し始める。
優子が私の両手を握り、
『この記録的な売上げデータを見せれば、本社の上層部だって乗り気になりますって! 任せてください!!』
対する私は明らかに困惑した表情で、
『あ、ありがとう、優子……。だったら、企画戦略本部室に私の同期で秋田真紀子っていうバリバリのキャリアウーマンがいるから、エディブルフラワーの企画書を彼女に見せて、企画戦略本部室も味方につけてから、本社会議に持っていくのはどうかな?』
「あ……」
息を呑んだ。
真紀子を企画に加えるよう提案した時の自分の気持ちがまざまざとよみがえる。
あの時は、自分で企画したとは思えないほどの大成功を収めたことで嬉しかった反面、自分の予想をはるかに超えた凄まじい勢いに心がついていけず、正直、自分がこの企画の中心になることがものすごくプレッシャーになり、恐くなってしまっていた。
でも、そんな臆病風に吹かれたヘタレな自分を優子に見せたくなくて、どうしたらいいのか動揺していた最中に思い浮かんだのが、真紀子という逃げ道だった。
新事業企画の第一線でバリバリ働いている真紀子に任せれば、このプレッシャーから逃れられる……。
「私はあの時……自分でエディブルフラワーの企画を真紀子に差し出して……逃げ出した……」
とてつもない後悔の念がどっと押し寄せてくる。
「あの時……優子と……自分を信じて……二人で……挑戦していれば……」
後悔の言葉が嗚咽に変わり、木札ちゃんの上にポタポタと落ちる涙を止められなかった。