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【第4章】 化け猫 〜中編〜
第1章『 ピエロ 〜前編〜 』
前話 『 化け猫 〜前編〜 』
「なんで……そう思うの?」
平常心を装うあたしに、ドブネズミはおずおずとしたつぶらな瞳で、
「ワッチを捕まえたとき、その鋭いクチバシでワッチの目玉をエグったり、ノドを突き破ったりしなかったので、こんなに慈悲深いお方はきっと、あの特別なカラス様に違いない、と思ったんでチュウ……」
しまったあ~~そうだった~~。
顔がカア~~ッと熱くなる。
獲物を捕まえたら、反撃されないように素早く急所を攻撃して殺すか、仮死状態にしてから運ぶのが鉄則だって、ハシブに教わってたんだった……。
でもさあ、昆虫も食べられないヘタレなあたしが、初めての狩りでそんな残酷な仕打ち、出来るはずないよ~~。
両脚で鷲掴んでいるドブネズミへ視線をやると、愛想笑いを浮かべながらあたしの顔を見上げている。
獲物のぶんざいで、なんなのよ、そのニヤけた顔は……。
あたしのことを素人カラスだと見くびって、馬鹿にしてるの?
だったら……。
「アンタがそうして欲しいんなら、いますぐ地上に降りて目玉エグったり、ノドを突き破ったりしてあげてもいいけど、どうする?」
あたしのバイオレンスな提案に、
「や、やめてくだチュウ!」
ドブネズミの顔が一気に青ざめる。
「ワッチはそんなことして欲しくないでチュウ! 慈悲深いアナタ様と取り引きがしたいだけなんでチュウ!」
「取り引き……!?」
ドブネズミとの取り引きに、あたしは少しだけ興味が湧いた。
もしかしたら、ひょうたんから駒が出てくるかもしれない。
「アンタの命となにを取り引きするのよ?」
「ここだけの話でチュウが……ワッチの命を助けてくれたら、アナタ様が人間に戻れる唯一の方法を教えてあげまチュウ」
人間に戻れる方法……!?
てことは……。
あたしはすぐさま、河川敷の芝生へ急降下して、
「あたしをカラスに変えたピエロはどこにいるの!」
両脚でがっちりと地面に押さえつけているドブネズミへきいた。
「……ピエロ?」
ドブネズミが怪訝そうな声で、
「ピエロなんてワッチは知らないでチュウ……」
「はあ? アンタ、あたしを騙したわね~~!!」
あたしは怒りに任せ、
「黒ジャージーのピエロだけが、あたしを人間に戻せる方法を知ってるのよ!!」
八本の鋭いかぎ爪をギリギリと、ドブネズミのやわらかい肉へ深く喰い込ませた。
「痛い、痛いでチュウ~~!! ワッチは騙してないでチュウ~~!! アナタ様を人間に戻せるのは『金色のカラス』だけなんでチュウ~~!!」
「金色の……カラス……!?」
不思議なネーミングに惹かれたあたしは、
「『金色のカラス』なんて聞いたことないけど?」
かぎ爪の力を少しだけゆるめてやった。
「カラスたちは、アナタ様にわざと教えていないんでチュウ!」
ドブネズミが、あたしを哀れむような表情で、
「『金色のカラス』のことは、よそ者には絶対に教えない、カラスたちの秘密なんでチュウ!!」
「よそ者って……」
あたしのこと……!?
「それって……」
あたしは、ハシブたちに受け入れられてないってこと……!?
あんなに仲良く、一緒に暮らしているのに……!?
「そんなのウソだ!!」
あたしは両脚のかぎ爪を、ドブネズミの胴体へさらに深く喰い込ませ、
「だったら、なんで、ドブネズミのアンタが『金色のカラス』のことを知ってるのよ! おかしいじゃない!!」
金切り声で怒鳴った。
「カ……カラスはワッチらにとって天敵なんでチュウ……」
ドブネズミが苦しそうに声を絞りだして答える。
「だから……カラスたちのことをずっと偵察しているうちに……『金色のカラス』の情報を手に入れたんでチュウ……」
「……」
「本当なんでチュウ……信じてほしいでチュウ!」
ドブネズミの必死な表情を見ているうちに、頭の中が冷静になっていく。
あたしが人間からカラスに変身したことも知っているくらいだから、『金色のカラス』の情報も本当なのかもしれない……。
でもそれだと……ハシブたちが『金色のカラス』のことを教えてくれなかったのは、あたしがよそ者だから、ということになっちゃうじゃない……。
心の中にポッカリと大きな穴が空いて、どうしようもなく寂しい気持ちになった。
「幸運なアナタ様だけに教えまチュウけど……」
落ち込むあたしの耳に、ドブネズミの言葉がすべりこんでくる。
「『金色のカラス』はなんでも願い事を叶えてくれるんでチュウ。ワッチの命を助けてくれるなら、アナタ様を特別に『金色のカラス』のところまでご案内させてもらいまチュウけど……」
あたしは地面に押さえつけていたドブネズミから両脚をはずした。
「『金色のカラス』のところまで連れていって……」
ドブネズミが満面の笑顔でうなずき、歩きだす。
「ちょっと待って。ハシブたちへお世話になったお礼だけ言いに帰りたいんだけど」
「ダメでチュウよ!!」
ドブネズミが短い毛を逆立て、
「『金色のカラス』のところへ行くことをカラスたちに知られたら、間違いなく、よそ者のアナタ様は殺されまチュウ~~!!」
あんなに親切にしてくれたハシブたちが、あたしを殺すなんて想像も出来なかったけれど、
「まあいいか……」
あたしはドブネズミのあとに続いて歩きだした。
しょせん、あたしは人間からカラスになった、よそ者なんだし……。
このチャンスを逃したら、二度と人間に戻れなくなっちゃうし……。
ピエロが見つからないいま、ここはドブネズミを信じて、『金色のカラス』のところまで連れていってもらうのが『アタリ』なんだ。
あたしはハシブたちへの後ろめたさを感じながらも、『金色のカラス』のことを教えてくれなかった不信感をつのらせながら、先を歩くドブネズミと一緒に山の中へと入っていった。
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