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斜線堂有紀『恋に至る病』の感想


ネタバレ無しの感想

僕の恋人は、自ら手を下さず150人以上を自殺へ導いた殺人犯でした――。

 やがて150人以上の被害者を出し、日本中を震撼させる自殺教唆ゲーム『青い蝶』。
 その主催者は誰からも好かれる女子高生・寄河景だった。
 善良だったはずの彼女がいかにして化物へと姿を変えたのか――幼なじみの少年・宮嶺は、運命を狂わせた“最初の殺人”を回想し始める。
「世界が君を赦さなくても、僕だけは君の味方だから」
 変わりゆく彼女に気づきながら、愛することをやめられなかった彼が辿り着く地獄とは?
 斜線堂有紀が、暴走する愛と連鎖する悲劇を描く衝撃作!

恋に至る病 | 書籍情報

※上記リンク先に第一章の試し読みと購入リンクがあります


私、活字はあまり読まないタイプの人間だったのですが、とある縁があってこの作品をお薦めしていただいて、手に取らせていただきました。

ですので、(いち読者の勝手ではありますが)きっと私の求めるものが真底にあるだろう、と半ば確信しながら読み進めることが出来たのですが……

果たして、まるでとびきりの絶品料理を口にした時のような。心中のか弱い所にそっと寄り添って、やさしく撫でてくれるような。
読了した時には、心の奥深くまで響く、何ものにも代えがたい充足感を味わうことができました……。

以下、ネタバレを含みます。




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ネタバレありの感想

冒頭にもありますが活字はあまり読まないタイプで、ちゃんと場面のイメージがつくだろうか?ストーリーが分かるだろうか?と、一抹の不安を抱えながら読み始めたのですが、登場人物の魅力や物語構成の爽快さのおかげでするすると読み進めることができました。

宮嶺が寄河景を、世界が赦さなくても味方する……。こういう、事ここに至った愛って大好きで。
しかも、その彼女は150人以上を自殺に追いやった殺人犯……。なんて倒錯的で耽美な関係値。

まさしく、カップアイスを外濠から埋めて(食べて?)最終的に本命をいただくように、あるいは、食虫植物が少しずつすこしずつ、捕らえた憐れな獲物を消化していくように。しかも、最後には自ら望んで余生ごと捧げて、それを至上の喜びとするほどまで絆されて。
宮嶺という人物への憐憫と同情、寄河という人物への畏怖と心酔……
ページをめくればめくるほど自分も陶酔に浸っていくような気がして、味わい深く愉しめました。


ストーリー全編の構成も舌を巻くもので。
回顧の中で、自殺しろとはっきり指示してくれたら出来ていたかもしれないとこぼす宮嶺と、アイスココアでも飲みながら、あっけらかんとブルーモルフォによって殺される対象について話す寄河……

そもそものブルーモルフォと『恋に至る病』そのものも、ブルーモルフォが単純な指示からステップアップして、慣らして思考力を低下させていくように。『恋に至る病』の展開も描写も、寄河の真にしていたことを少しずつ宮嶺に打ち明けて、染み渡るように浸透させていく重ね合わせになっているのが良くて。

快楽欲求を満たしながら、いきなり開けっ広げにすると宮嶺が付いてこれなくなるから、ブルーモルフォと同じように慣らしていった。
ブルーモルフォのことを宮嶺に知らしめるほど、良心の痛みと寄河への愛情が重く、激化していく。
正しいと思ってやっているから、僕は景のヒーローだから、僕が見ていてあげなければと思うように。
景がおぞましい化物であっても、僕は景のヒーローだから、ずっと彼女の味方であると思うように。


たくさんある重ね合わせの趣も素敵でした。
希死念慮に囚われた人たちに優しく寄り添う寄河と、木村の死後弱さを見せて縋る寄河の手を取る宮嶺が重なって見えたり。
宮嶺がかつて手を置いて、温かく内臓を感じられたそれが、自身の行いで狂わせた善名によって割かれたり。

背負う存在、火に飛び込む兎、絡め取られる蝶、死にゆく人間のよすが。
権威付け、それだけの根拠があったのだ、理由が、物語があるのだと思わせることで、それが浸透していく、正当化されていく。その物語はただのアナグラムで。創り話で。


特に、分水嶺を越えた先の2人が大好きで……。
最後の答え合わせをするかのような、もはや取り繕わずに在るが儘を曝け出すような。
一歩踏み間違えれば、激昂に塗れて悲劇的な決別を生む対話を経た上でも、普通の恋人同士のように受け容れ合うさまが。
グロテスクな内面と似ても似つかない外見に、思わず心中で悪態を吐く宮嶺も、全てが望み通りに動くことに満足して、愚かな子羊に啓示を与える教祖のように耳元で囁く寄河も、美しくて。

最後の最後に、地獄できっとまた会おう、と彼女を喪ってなお想う宮嶺の姿を、とても愛おしく思いました。

『恋に至る病』とは、何だったのか?

すごく好きな物語だったのですが、心の何処かで引っかかっている点があったりします。
『恋に至る病』とは、何だったのか?

ブルーモルフォはむしろ『死に至らせる病』として描写されたり、景自体良い噂が伝染していく性質だと言われたりはしていますが、恋についてはいまいち、ぴんと来ていません。

他のプレイヤーと違うところをわざわざ言ってくれたり、右目蓋を撫でてくれたり、だからこそ宮嶺はただ魅せられるだけでなく、より強固にヒーロー然として振る舞おうとしていたのでしょう。
宮嶺が寄河に恋していたのは論を俟たないと思いますが、すなわち『宮嶺が、寄河への恋に至る病』だったのでしょうか?


また、寄河の最期についても、思わず、どうして?と感じてしまいました。

一度も多数決が行われなかった麗しき五年二組、その実、寄河は緒野と氷山に根津原を殺させていました。幼い頃からそれだけの人心掌握術を身に着けていたのなら、不甲斐なく道半ばで斃れてしまうような事態を招く必要はなかったのでは?

寄河景にとって、あの死に様が最上の幕引きだったのでしょうか?さらに生き続けて、蝶を引き裂くような自分の加虐心を満たし続ける道はなかったのでしょうか?それでも、寄河は死んでしまいました。


……どこまでが、寄河の本当だったんだろうか。そう思ってしまうのは、私の、支配者側への……つまり、物語を授けてくれる側への、むしろ信頼や崇拝や信仰なのでしょうか。

寄河の悪意に満ちた言い分が事実なら、宮嶺がヒーローになることを誓うに至った、凧を無くした女の子の元凶も寄河でした。
何なら目の怪我ですら意図的に受けたのかもしれない。罪悪感を抱かせるように。ヒーローになってくれるように。

根津原がいじめに至って、それをみんなが、寄河が止められなかったのも本当でしょうか?寄河が全部裏で糸を引いていたのでは?
正気かどうかを託す。「私のことを見ていて欲しい」と。「私は弱いから」と。自分のための言葉じゃなく、まるで宮嶺のための言葉を投げかけて。
寄河を思ってとはいえブルーモルフォを止めるよう進言してきた時でさえ、まるでプレイヤーにそうするように、宮嶺のための物語を用意して止められないようにしていました。
入見が広言した妄想の「善名を利用した。自分が殺されるとは思っていなかっただろうけど」も、本当に思い至っていなかったのでしょうか?

寄河こそ本物のサイコパスだったのなら、きっと『蝶図鑑』やヒーローが無くたって、姿形や犠牲者数は違えどいずれ同じような自殺ゲームを創って快楽を得ていたのでは?
それこそ根津原にいじめられ自殺しかねない弱々しい子供だった宮嶺は、寄河にとって一番最初に殺せる相手だったはずです。
でも、わざわざ寄り添って、囁いて、ずっとそばに留め置いた。
だから、『宮嶺が寄河に恋焦がれて絡め取られること』そのものが物語だった。誰の、何のために?


ついに宮嶺にすら断じられた「化物」だった寄河が、あの時。
まるで年相応の幼子のように、何でもない小学生の女の子のように。
自己紹介をしようとする宮嶺に一目惚れをして、恋煩いをしたからこそ、声を掛けたのでは?……消しゴムを、盗んだのでは?

多くの人と異なるという意味だけを持って、はなから異常だった寄河が、その愉しみを得るためだけでなく、意中の相手を射止めるために。
想い人が、たとえ悲しみに暮れる己の死後も、ずっとその炎を焼き付けて、遺骨を呑み込んで、共に在るように。愛するように。『寄河が、宮嶺への恋に至る病』として。


ずっとポケットに仕舞っておくほど大切だった『それ』の正体は、紛れもなく衝撃でした。
でも、その裏に、確かに寄河景という人間を見た気がします。
……そう感じることすら、きっと化物の掌の上で。

宮嶺の感じていた絶対のヒーロー観を読者としてトレースして、プレイヤー達のように、自身の欠けたところに物語として求めているに過ぎないのかもしれない。
そのこと自体をとても愛おしく思えるから、この作品に会えて良かったと、わたしはそう思います。

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