10 プールに行きたい

ハルキがプールに行きたいと伝えた時のミドリ反応は以下のような物だった。
「サイバネは完全防水だから大丈夫だけと、ハルキの水着は特注だから、発注から届くまで1ヶ月はかかるよ。あと、結構値段するよ」
「サイバネが引っかかったり摩擦が大きかったりするし市販のは無理だからね。」
「なんで急にそんな事言い出すの。30過ぎてプール行きたい欲とかそんなある?」
それに対するハルキの答えは単純だった。
「フォルクハルトの胸板が見たい」
ミドリの思考は停止し、反応するまでに数秒を要した。
「想像の上をいく不純な動機だったわ。プールデートしたいとかじゃないんだ。胸板なんか、その辺で見せて貰えばいいじゃない」
「ダメだった。理由もなくなんで見せなきゃいけないんだ。ハラスメントだ。と言われた」
「ぐうの音も出ないほどの正論ね」
ハルキは項垂れて、ぼやく。
「いいなあ、ミドリはフォルクハルトの胸板見れて」
「健診は医療行為だし、そんな不純な目で診たことないわ。」
ミドリの話を聞いている様子もなく、ハルキは大きなため息をついた。
「見せてくれないから、余計に見たい気持ちが昂ってしまった」
ミドリは、しばらく考えた後こう言った。
「…トミーとボクシングでもさせたらいいんじゃない?」

「なんでそんな事しなきゃいけないんですか。ハラスメントですよ。」
メンテルームに呼び出されたトミタロウは、ハルキ達の提案に真顔でそう返した。
「ここの男達はド直球の正論返してくるわね」
ミドリはそれだけ言うとハルキの方を見た。
「いや、元々はプールに行きたいって話だったんだが…」
ハルキから一通りの説明を聞いたトミタロウは、呆れた顔をしていたが、少し考えたあとこう言った。
「…わかりました。ボクシングはしたくないので協力しましょう。特急料金を乗せれば2週間くらいでやってくれるんじゃないんですか?なんならプールも貸し切りましょう」
トミタロウは至極当然の事を言ったような顔をしており、冗談のようには聞こえない。二人はトミタロウが何を言っているのか理解できなかった。
「え?トミー何を言って…?」
「金で解決できる事は、金で解決すればいいんです。世の中で一番シンプルに解決できる問題ですよ。」
なるほど。確かにそれはそうだ。全くもって非の打ち所がない道理である。だかそれは、それだけのお金が「あれば」の話である。
「そんな金どこから出てくるんだ?」
ハルキの当然と言えば当然の問いに、トミタロウはキョトンとしていた。
「ないんですか?」
「ないよ」
「富豪じゃないからな」
トミタロウは目を瞬いて、小首を傾げたあとに、事もなげにこう言った。
「あーじゃあ僕が出します。大した金額でもないですし。いつもお世話になっているお礼という事で」
ミドリとハルキは顔を見合わせた。二人で首を傾げる。
「トミーはもしかしてお金持ちなのか?」
「お金持ちと言うほどでは…」
トミタロウは否定したが、二人は「これはお金持ちだな」と確信した。
「でも、フォルトさん。プールなんて来ますかね?」
「…」
「わかりました。何か食べ物を出しましょう。ランチなり、デザートなり」
ハルキは目を輝かせてトミタロウの手を握った。
「ありがとう!」
(本当になんなんだろうな、この人達…)
トミタロウは呆れながら、どこのプールにするか頭の中で検討を始めた。

水着に着替えて屋内プールのプールサイドでフォルクハルトの姿を見たミドリの第一声は「何それ」だった。
「カワトと同じ、紫外線対策だ」
ミドリはセパレートタイプの水着の上にUVカットパーカーを着ていた。
フォルクハルトも長袖のラッシュガードを着ている。
「脱げ」
ハルキはビキニにショートパンツを合わせたスタイルだ。
「なんでそんなに脱がせたいんだ」
「トミーを見ろ、あの堂々とした姿を!」
「いや、別に普通なんですけど」
トミタロウはハーフパンツの水着のみだった。
「たいして仕上がってないというのに、堂々と出してるだろうが!」
「ディスるの、やめてもらっていいですか?筋肉つきにくい体質なんですよ」
何やらぶつくさ言っているトミタロウの事は放っておいて、喚いているハルキにフォルクハルトは舌打ちする。
「知るか。俺には関係ないだろ」
ミドリはフォルクハルトがハルキの体をチラチラと見ているのを見逃さなかった。なんとなく腹が立って、ハルキを庇うように間に入る。
「ハルキのことジロジロ見ないでくれる?」
「なんなんだ、お前ら。プールに誘って来たのはそっちだろ」
フォルクハルトはうんざりした様子でそっぽを向いた。
「わかった。腕相撲で勝負しよう。私が勝ったらフォルクハルトはそれを脱げ」
ハルキの提案にフォルクハルトはため息をついた。
「意味がわからん。まあ、いいが。それで、お前が負けたら何をしてくれるんだ?」
言われてハルキはハッとする。
「!…これ以上は…脱げない」
ミドリが非難するような視線をフォルクハルトに向ける。
「こっちは脱いで欲しいとはカケラも思ってねぇよ」
引け気味なフォルクハルトにトミタロウは助け舟を出した。
「この後人数分のパフェがあるので、ハルキさんのをあげたらいいんじゃないですか?」
「そりゃいいな」
「わかった。それでいこう」
二人が納得し、腕相撲をするべくプールサイドのテーブルへ向かう。
「しかし腕相撲って、女のお前で勝てる訳ないだろ」
「そうだな。なので利き腕じゃない左腕にしてもらおう。」
フォルクハルトは何か違和感があるなと思った。
「まあ、そのくらいのハンデなら…あ?左腕?」
ミドリがハルキのサイバネアームを触り始める。
「ちょっとブーストかけるから待って」
フォルクハルトは血の気が引いていくのを感じた。
「ま、待て…サイバネアームでやろうとしてるのか?」
「当たり前だろ。生身同士で勝てる訳ない。よし」
向かい合って椅子に座り、ハルキは金属質の左腕を出した。
「はいはーい。じゃあ、行きますよー。」
トミタロウはフォルクハルトの左手を取り、二人の手を組み合わせて、その上に自分の手を置いた。
「レディ…ファイっ!」
勝負は一瞬だった。
「勝った…」
ハルキは拳を高く掲げて勝利のポーズをとっていた。
「当たり前だろうが…クソっ騙しやがって…」
フォルクハルトは項垂れ、ラッシュガードを脱ぎ捨てた。
ハルキはキラキラした目でフォルクハルトの胸板を見つめてご満悦。ミドリは、そんなハルキを穏やかに見守っていた。
トミタロウは三人をぼんやりと眺める。
(ほんとなんなんだろう、この人たち)
その後、フォルクハルトとトミタロウは泳ぎを競い(トミタロウは案外クロールが速かった)、ハルキとミドリは水際でパチャパチャしながら話しをしていた。
「そういえば」と、フォルクハルトが二人に話しかける。
「ハルキは泳げるのか?」
「左が重いから無理だ。サイバネになる前は、そこそこ速かったんだがな」
フォルクハルトは少し考えて訝しげな顔をした。
「じゃあ、なんでプールに誘ったんだ?」
「お前の胸板が見たかったからだ」とは言えない。ミドリとトミタロウは、固まっているハルキを見ているだけだった。助けは期待できない。
「ぱちゃぱちゃするの…楽しいから…」
フォルクハルトは訝しげな顔のまま「ふーん」と言うと、トミタロウに「次はバタフライでやるか」と戻っていった。

次の日。
「赤っ!!」
ハルキはフォルクハルトを見て開口一番そう叫んだ。確認できたのは見えている腕部分だけだが、日焼けで赤くなっていた。
「だから着てたんだろうが!!」
フォルクハルトには、割とガチめに怒られた。

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