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地方映画史研究のための方法論(44)メディア論と映画⑤ユッシ・パリッカのメディア地質学
見る場所を見る——鳥取の映画文化リサーチプロジェクト
見る場所を見る——鳥取の映画文化リサーチプロジェクト
「見る場所を見る——鳥取の映画文化リサーチプロジェクト」は2021年にスタートした。新聞記事や記録写真、当時を知る人へのインタビュー等をもとにして、鳥取市内にかつてあった映画館およびレンタル店を調査し、Claraさんによるイラストを通じた記憶の復元(イラストレーション・ドキュメンタリー)を試みている。2022年に第1弾の展覧会(鳥取市内編)、翌年に共同企画者の杵島和泉さんが加わって、第2弾の展覧会(米子・境港市内編)、米子市立図書館での巡回展「見る場所を見る2+——イラストで見る米子の映画館と鉄道の歴史」、「見る場所を見る3——アーティストによる鳥取の映画文化リサーチプロジェクト」、「見る場所を見る3+——親子で楽しむ映画の歴史」を開催した。
2024年3月には、杵島和泉さんとの共著『映画はどこにあるのか——鳥取の公共上映・自主制作・コミュニティ形成』(今井出版、2024年)を刊行した。同書では、 鳥取で自主上映活動を行う団体・個人へのインタビューを行うと共に、過去に鳥取市内に存在した映画館や自主上映団体の歴史を辿り、映画を「見る場所」の問題を多角的に掘り下げている。(今井出版ウェブストア/amazon.co.jp)
地方映画史研究のための方法論
「地方映画史研究のための方法論」は、「見る場所を見る——鳥取の映画文化リサーチプロジェクト」の調査・研究に協力してくれる学生に、地方映画史を考える上で押さえておくべき理論や方法論を共有するために始めたもので、杵島和泉さんと共同で行っている研究会・読書会で作成したレジュメを加筆修正し、このnoteに掲載している。過去の記事は以下の通り。
メディアの考古学
(01)ミシェル・フーコーの考古学的方法
(02)ジョナサン・クレーリー『観察者の系譜』
(03)エルキ・フータモのメディア考古学
(04)ジェフリー・バッチェンのヴァナキュラー写真論
観客の発見
(05)クリスチャン・メッツの精神分析的映画理論
(06)ローラ・マルヴィのフェミニスト映画理論
(07)ベル・フックスの「対抗的まなざし」
装置理論と映画館
(08)ルイ・アルチュセール「イデオロギーと国家のイデオロギー装置」
(09)ジガ・ヴェルトフ集団『イタリアにおける闘争』
(10)ジャン=ルイ・ボードリーの装置理論
(11)ミシェル・フーコーの生権力論と自己の技法
「普通」の研究
(12)アラン・コルバン『記録を残さなかった男の歴史』
(13)ジャン・ルイ・シェフェール『映画を見に行く普通の男』
都市論と映画
(14)W・ベンヤミン『写真小史』『複製技術時代における芸術作品』
(15)W・ベンヤミン『パサージュ論』
(16)アン・フリードバーグ『ウィンドウ・ショッピング』
(17)吉見俊哉の上演論的アプローチ
(18)若林幹夫の「社会の地形/社会の地層」論
初期映画・古典的映画研究
(19)チャールズ・マッサーの「スクリーン・プラクティス」論
(20)トム・ガニング「アトラクションの映画」
(21) デヴィッド・ボードウェル「古典的ハリウッド映画」
(22)M・ハンセン「ヴァナキュラー・モダニズム」としての古典的映画
抵抗の技法と日常的実践
(23)ギー・ドゥボール『スペクタクルの社会』と状況の構築
(24)ミシェル・ド・セルトー『日常的実践のポイエティーク』
(25)スチュアート・ホール「エンコーディング/デコーディング」
(26)エラ・ショハット、ロバート・スタムによる多文化的な観客性の理論
大衆文化としての映画
(27)T・W・アドルノとM・ホルクハイマーによる「文化産業」論
(28)ジークフリート・クラカウアー『カリガリからヒトラーへ』
(29)F・ジェイムソン「大衆文化における物象化とユートピア」
(30)権田保之助『民衆娯楽問題』
(31)鶴見俊輔による限界芸術/大衆芸術としての映画論
(32)佐藤忠男の任侠映画・剣戟映画論
パラテクスト分析
(33)ロラン・バルト「作品からテクストへ」
(34)ジェラール・ジュネット『スイユ——テクストから書物へ』
(35)ジョナサン・グレイのオフ・スクリーン・スタディーズ
(36)ポール・グレインジによるエフェメラル・メディア論
(37)アメリー・ヘイスティのデトリタス論
雑誌メディア研究
(38)キャロリン・キッチ『雑誌のカバーガール』
(39)佐藤卓己のメディア論的雑誌研究
メディア論と映画
(40)マーシャル・マクルーハンのメディア論
(41)ジャン・ボードリヤール『シミュラークルとシミュレーション』
(42)ポール・ヴィリリオの速度学
(43)F・キットラー『グラモフォン・フィルム・タイプライター』
ユッシ・パリッカ(1976-)
ユッシ・パリッカ(Jussi Ville Tuomas Parikka)は、1976年生まれのメディア理論・文化研究者。フィンランドのデュルク大学で博士号を取得し、現在はデンマークのオーフス大学でコミュニケーション文化学部の教授や、サウザンプトン大学ウィンチェスター美術学校およびプラハ舞台芸術アカデミー映画・テレビ学部(FAMU)の客員教授を務める。メディア理論やメディア考古学、デジタル時代の美学に関する研究・執筆を行いながら、同時に展覧会のキュレーションなどの活動も行っている。
主な著作に『デジタル感染症——コンピュータ・ウィルスのメディア考古学 Digital Contagion: A Media Archaeology of Computer Viruses』(未邦訳、2007年)、『昆虫メディア——動物と技術の考古学 Insect Media: An Archaeology of Animals and Technology』(未邦訳、2010年)、『メディア考古学とは何か——デジタル時代のメディア文化研究 What is Media Archaeology?』(梅田拓也・大久保遼・近藤和都・光岡寿郎 訳、東京大学出版会、2023年、原著2012年)、『メディア地質学——ごみ・鉱物・テクノロジーから人新世のメディア環境を考える A Geology of Media』(太田純貴 訳、2023年、原著2015年)『緩慢な現代の暴力——技術文化の毀損された環境 A Slow, Contemporary Violence: Damaged Environments of Technological Culture』(未邦訳、2016年)など。編著・共編に『メディアネイチャー——情報技術と電子廃棄物の物質性 Medianatures: The Materiality of Information Technology and Electronic Waste』(未邦訳、2011年)、『横断と越境——ポストデジタルの実践、概念、制度 Across and Beyond: Postdigital Practices, Concepts, and Institutions』(未邦訳、2017年)、『スケールを超えた写真——マス・イメージの技術と理論 Photography Off the Scale』(未邦訳、2021年)などがある。(未邦訳書のタイトルは大久保遼「物質と環境——ユッシ・パリッカの物質主義的メディア理論」を参照した。)
メディア地質学
キットラーのメディア考古学/メディア唯物論
パリッカは『メディア地質学——ごみ・鉱物・テクノロジーから人新世のメディア環境を考える』(太田純貴 訳、2023年)において、メディア考古学から派生した「メディア地質学」というメディア文化研究の方法論を提唱している。本稿では、同書の1章「物質性——メディアと文化の土台」を要約することで、その基本的な考え方を確認することにしよう。
まずは準備作業として、前回紹介したフリードリヒ・キットラーによるメディア論をおさらいしておく。キットラーは、特定の時代における支配的なメディアが、同時代の言説および思考形式(知の枠組み)の成立を支える条件となることを指摘した。その上で、現在の高度に洗練されたコンピュータ世界を理解するために、1800年前後の「文字」というメディア、そして1900年前後のグラモフォン・フィルム・タイプライターという3種の技術メディアに遡って分析を行い、それらがデジタルメディアの成立に重要な役割を果たしてきたのだと主張する。
技術メディアの歴史と系譜を丹念に追い、その考古学的な層が私たちの現在のありようを条件づけていることを明らかにするキットラーの方法は「メディア考古学」とも呼ばれ、パリッカやエルキ・フータモら後続の研究者たちに影響を与えてきた。
加えてキットラーは、メディア唯物論(唯物論的メディア論)の先駆者であり、その重要な参照項であるとも見なされてきた。メディア唯物論では、メディアテクノロジーを——その用途や、内容の分析よりも——「物質性」を持った機械としての側面に重きを置いた分析を行い、それらがいかにして人間の知覚や認識の枠組みを構造化してきたかを明らかにしようとする。
メディアの物質性——地質学の導入
パリッカのメディア地質学では、「物質性」を重視するキットラーのメディア考古学的・メディア唯物論的方法を引き継ぎつつも、そこで論じられる「機械」をさらに分解し、「メディアがメディアになる前にそれを構成する非有機的なものの重要性を追跡」(p.31)するべきだと主張する。すなわち、ある機械を構成しているのはどのような物質で、どこから来たものなのか、また、機械が使用されなくなった後に残る物質(デッドメディア)はどこに行くのかを問うている。
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(1983年にアタリ社が、大量のゲームソフトやゲーム機本体を埋め立て処分した場所)
ラジオではなく、そのテクノロジーを可能にする構成要素コンポーネントと物質について考えること。コンピュータ・ネットワークではなく、その通信技術の成立を支える銅や光ファイバーの重要性を思い出すこと。一見、迂遠な道を歩んでいるように思われるかもしれないが、メディアやテクノロジーに関する曖昧な議論を展開するよりも、それをバラバラに分解して、化学物質や金属、鉱物といった具体的な物質を追跡したほうが、より重要な問いを立てられるとパリッカは主張する。
例えばノートパソコンのバッテリーに使われるリチウムは、ハイブリッドカーのバッテリーにも使用されることで、将来の環境保護テクノロジーの問題にも深く関わってくる。あるいは白金族元素は、宝石の素材として用いられることもあれば、水素燃料電池やコンピュータのハードドライブ、液晶ディスプレイなどにも用いられる。白金族元素の多くは入手困難な資源(クリティカルマテリアル)であるため、経済や産業にとっても極めて重要な影響を及ぼす。これらの物質に注目することで、従来のメディア唯物論は「環境」や「エコロジー」の問題へと接続・拡張されるのだ。ハードウェアを可能にするものごとは、環境をめぐる文脈やエネルギー消費問題にかかわるし、電子廃棄物にもかかわってくるだろう。(p.28)
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こうした探究を進めるための概念的な土台として、パリッカは地質学を参照する。地質学とは「足下の大地、大地の歴史と組成にかんする科学で、地球を定義するさまざまな平野・層・地層・内部構造の体系的研究」(p.28)と定義されるが、人間社会と切り離された所謂「自然」だけを扱うわけではない。例えば気候変動のように、私たちの生活環境や政治経済にも接続するテーマも扱うところに特徴がある。「地質学は、生物を支える地球物理学的な生活世界にも伝達と計算とストレージのテクノロジー世界にも等しく関連するのだ」(p.28)。
メディアの時間性——ツィーリンスキー「深い時間」
メディア地質学において「物質性」と並び重要視されるのが、メディア文化における複数の「時間性」(およびそれに伴う「空間性」)である。パリッカは様々な先行研究を援用することで、メディアを単線的・直線的な時間概念で把握しようとする考えに異議を唱えている。
例えば、物質性を持った機械は——他のあらゆるものと同じく——時間の中に置かれているだけでなく、自ら時間を作り出しもする。例えばハードドライブの回転速度や、コンピュータのクロックタイム(コンピュータが動作する基本的なタイミングを刻む周期的な信号)、ネットワークのping(相手のコンピュータの応答を確認するための通信テスト)など、様々な機械がそれぞれ固有の時間性を作り出し、人間社会の速度や時間に対する考え方に具体的な影響を与えている。機械は物語的記憶メモリーを扱うというよりも、演算されるメモリーを扱うのだ(p.34)。
また、物質としての機械の時間を、それが組み上げられてから使われなくなるまでの期間に限定して思考するのではなく——さらには、テクノロジーの進化という人類史のスケールの時間をも超えて——より長大なスケールの時間上に置き直すことも必要である。そこで参照されるのが、ジークフリート・ツィーリンスキーが提唱した「深い時間 Tiefenzeit」という概念だ。
ツィーリンスキーは、メディアの発展をめぐる単線的で目的論的な進歩史観を批判するための理論的戦略として、数百万年にも及ぶ地球の歴史という地質学的なスケールの時間を導入する。こうした長大な時間を記述するために、「歴史」や「進歩」といった変化を前提とする概念はそぐわない。地質学者のジェームズ・ハットンが『地球の理論』(1788)で言うように、地球という惑星は破壊(衰弱)と修復を無限に繰り返す有機体であり、「循環」と「変奏」として記述すべき対象なのだ。このように、単線的・直線的な時間概念に還元し得ない時間のありようを記述することで、メディアの時間性が複数的かつ変則的(気まぐれ)であると主張するための概念が「深い時間」である。
メディアに媒介された時空間——視覚化・可聴化・計算・地図化・予測・シミュレーション
だが地質学的なスケールの時間はあまりにも長大であるため、大抵の場合、生身の人間の知覚では把握できないほど遅く、ゆるやかで、直接認識したり把握したりすることは難しい。そこで重要な役割を果たすのが、時間軸を操作するテクノロジーを用いた科学的調査や、アートにおける実践だ。
例えば地震が起きた日の振動を地震計で記録し、その一日を十秒に集約した信号を再生すると、地震という出来事に音色や音質が与えられる。メディアを媒介することによって、「地球は唸るし音を出す」(p.37)ことが実感できるのだ。このことは1950年にはすでに理解されており、先駆的なサウンドエンジニアであるエモリー・クックが、地震のサウンドスケープを含むLPレコード『この世の外 Out of This World』をリリースしている。
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また、1960年代にガイア理論(ガイア仮説)——地球は一個の生命体であるといった極端な主張もあれば、生物学的要因と物理学的要因が相互に決定し合ってこの惑星をかたちづくっているのだとする穏健な主張まで——が提唱された背景には、視覚メディアによる視覚化(ヴィジュアライゼーション)が関わっているとパリッカは言う。同時代に宇宙飛行が開始され、宇宙から見た一つの惑星としての地球のイメージを得たことで、地球をホリスティック(全体的・総合的)な有機体として捉える発想が生まれた。だからこそジェームズ・ラヴロックやリン・マーギュリスといった科学者たちはガイア理論を提唱し、地球全体の恒常性(ホメオスタシス)を維持するフィードバック機構(生態系や地球システムの中で起こる「相互作用」のプロセス)について議論することができたのだ。
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パリッカは、私たち人類と地球の関係は、視覚化(ヴィジュアライゼーション)や可聴化(ソニフィケーション)、計算、地図化、予測、シミュレーションといった技法とテクノロジーに媒介されていると指摘する。「私たちが地球を把握するのは、メディアを通してでありメディアにおいてなのだ」(p.41)。
メディア自然——用立ての論理と組み立て作業との緊張関係
高性能レンズや人工衛星など、遠距離測定のための高度なテクノロジーによって、地球はますます「認識できて把握できるよう整えられ」(p.41)ていく。マルティン・ハイデガーが言うところの「用象 Bestand」、すなわち、地球は利用・搾取できる資源であり、また資源として最大限に用立てられる(役立てられる)ために作り替えることが可能な対象として扱われるようになる。
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だが他方で、そのような状況を生み出したテクノロジーおよびメディアを準備し、可能にしたのもまた地球である。すでに述べたように、物質性を持った機械としての技術メディアは、大地から採られた鉱物など様々な物質によって組み立てられたものであり、また地球における物理学的現実によってアフォードされる(供給される/可能になる/促される)ことで生み出されたものなのだ。
このように、物質性を持った機械は用立ての論理と組み立ての作業との絶え間ない緊張関係に置かれており、そうしたダブルバインドによって形成される技術メディア文化を、パリッカは「メディア自然 medianature」(p.42)と呼ぶ。メディア自然は、ダナ・ハラウェイが提唱した「自然文化 natureculture」のバリエーションであるという。ハラウェイは「自然vs文化」「精神vs物質」といった二項対立関係を見直し、両者が本質的には相互に結びついた性質を備えていることを示すためにこの概念を用いた。パリッカはハラウェイの問題意識をメディア論に応用し、メディアと自然を二項対立関係で捉えるのではなく、両者が共に構築し合う不可分な関係にあることを示そうとする。メディア自然は、物質的で非人間的な実在(例えば微生物や化学成分、鉱物や金属の働き)にも、権力や経済や労働の関係(ハイテクなエンターテイメント装置のための部品生産工場や、鉱山で働く低賃金労働者など)にも、それぞれ同等に関与し、構築される体制なのである。
研究分野を横断した語り——傍若無人新世
近年の人文科学では——ハラウェイやパリッカが主張するように——「自然vs文化」「自然vsメディア」といった二元論的思考とは異なる仕方で社会や政治、経済などを理解することが必要だという認識が広まってきているという。特にグローバリゼーションや資本主義を批判的に分析するためには、物質的で非人間的な実在がいかにして余剰の創造や開発=搾取に利用され、グローバリゼーションおよび資本主義の拡大に寄与してきたかを可視化、もしくは地図化せねばならないとパリッカは言う。「環境的なものを歴史的に地図化することは、社会とテクノロジーによる惑星の編成としての資本主義の歴史的特徴を地図化することでもある」(p.52)。
だがこうした取り組みのためには、それを可能にする語彙の問題が生じる。地球や宇宙の歴史、さらには人類がその歴史の中で地球に与えてきた影響といった、長大な時間のスケールを思考するためには、従来の人文科学とは根本的に異なる語彙や語り方を見つけ出さなければならない。だからこそパリッカは、地質学をはじめとする諸科学の語彙や概念を導入し、研究分野を横断した語りを自らの方法とする。
人間の営みやテクノロジーが地球にもたらした大変化を語るための地質学的な概念の一例として、「人新世 Anthropocene」、あるいはそこに「傍若無人 obscene」のニュアンスを加えた「傍若無人新世 Anthrobscene」が挙げられるだろう。人新世は、1万〜1万2千年前から始まる完新世に続く新たな時代区分として提唱されてきた学術語で、人類の活動が地質や生態系に影響を与え、気候変動や大量絶滅といった事態をもたらしてきたと説明する。地質学の国際組織で公式に認められた時代区分ではないが、環境問題や人類の未来にも関わる問題であることから、学問分野を超えて多くの議論が繰り広げられてきた。
パリッカは、人新世がその姿を表すのは、石炭期(3億6700万年前から2億8900万年前まで)に長い時間をかけて形成された石炭層に人類が手をつけ始めた時からであるという。当初は暖房のために使われたが、化石燃料というかたちで製造業向けのエネルギー資源として利用されるようになり、産業化社会および資本主義社会にとって不可欠な役割を担うようになった。
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また、石炭や石油などの化石燃料が蒸気機関車や自動車を走らせ、船舶や飛行機による移動を可能にし、地球全体へのスムーズなエネルギー移送を実現させたからこそ、グローバリゼーションという事態も生じる。だとすれば、遠い昔に光合成によって作られた有機物(動植物の死骸)が、現在の資本主義やグローバリゼーションを成立させるための必要条件だったのだと言うこともできるだろう。このように人新世という概念は、「化学」を通してエネルギー資源(化学燃料)とテクノロジー(蒸気機関や内燃機関)、新たな資本主義体制とそれに伴う富の創造を結びつけ、複数の学問領域を横断した思考を可能にしてくれる。
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アートとゾンビメディア
「ゾンビメディア——メディア考古学をサーキットベンディングしてアートの手法にする」(2012)
さらにパリッカは、地質学的なスケールの時間やツィーリンスキーが言う「深い時間」について思考し、その観点からメディア文化や社会、政治、経済を分析するためには、「研究領域を横断して旅する概念の働きと同じく、驚くようなパースペクティヴと挑発を用いることが必要」(p.53)であると言う。メディア考古学は、伝統的なメディア論の方法にひねりを加えて多様化し、メディア文化における敗者の歴史や、目的論的な進歩史観から逸脱する奇妙な出来事、現行のメディア文化が成立した背景にある歴史を把握するための、新たな方法を見つけ出そうとする。
そこで特に重視されるのが、「地層」あるいは「採掘マイニング」といった地質学的概念から展開する哲学やSFの思考であり、また、現代のメディアアートやテクノロジーアートにおける美的実践である。パリッカはガーネット・ヘルツとの共著「ゾンビメディア——メディア考古学をサーキットベンディングしてアートの手法にする」(『メディア地質学』に補遺として所収、2012年)で、その具体的な方法論について語っている。
サーキットベンディング——陳腐化したものの再目的化
現代社会においては、陳腐化(商品や機械などが時代遅れなものと見做され、価値が下がること)した携帯電話やコンピュータ、モニタ、テレビといった電子廃棄物、すなわち「ごみ」が毎年膨大に生み出されている。しかもそれは意図せぬ偶然の出来事ではなく、「廃棄と陳腐化は現代のメディアテクノロジーに内在している」(p.287)必然の出来事である。というのも、デジタル文化は、新しいメディアによって古いメディアを置き換えることで陳腐化の速度を上げ、購買意欲を刺激する「計画的陳腐化」(p.288)を行っているのだ。
だが現代のアーティストたちは、そうした陳腐化に抗い、家電を標準的な寿命に囚われずに活用しようとしてきた。例えばマルセル・デュシャンの《自転車の車輪》(1913)は、大量生産される日用品を再利用した芸術表現(レディメイド)の先駆的な試みとして、メディアアートの文脈でもしばしば参照される。
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電子機器の再目的化をいち早く行なったアーティストの一人としては、ナム・ジュン・パイクが挙げられる。パイクは1963年にテレビの電気系統を再配線したり、筺体を並べたり積み上げたりして、新たなメディアの可能性を探究する作品を多数手がけてきた。
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さらには、レディメイド的な再利用(デュシャン)の精神で、電子機器の再目的化(パイク)を試みてきたアーティストたちもいる。このアプローチでは、電子機器を最先端のテクノロジーとして活用したり発展させたりするのではなく、「後端」的と言えるようなありふれたテクノロジー、陳腐化した電子機器を、積極的に資源として活用することが試みられる。
例えば1950年代生まれのアメリカ人アーティストであるリード・ガザラは「サーキットベンディング」の中心人物として知られる。サーキットベンディングとは、安価なシンセサイザーやバッテリー駆動の玩具などの家電を創造的に用いることで、新しいサウンドや視覚的なアウトプットを生み出す技法である。
彼が作り上げた「インカンター」と名づけられた装置では、玩具の内部にあった人間の合成音声を司る電子回路を改変することで、どもったり叫んだり、ループしたりビートを刻んだりといったノイジーな音声が出力される。サーキットベンディングは電子機器についてのDIY運動であり、資本主義社会・消費社会における標準的な機械の扱いに抵抗するための「もののやりかた」(ミシェル・ド・セルトー)であると言えるだろう。
ゾンビメディア——陳腐化したものの再目的化
パリッカは、ガザラのサーキットベンディングとメディア考古学には共通する精神があると述べ、メディア考古学をアートの方法論として位置づけることを試みる。そこで重要なキーワードとなるのが「ゾンビメディア」だ。
SF作家のブルース・スターリングは、もう使われることのないメディアをデッドメディア(死んだメディア、絶滅したメディア)と名づけ、1995年に「デッドメディア・プロジェクト」を立ち上げた。過去に存在したメディアをリサーチしてカタログを作り、今後あるべき未来のメディアのための手がかりにしようと言うのだ。
だがメディアとしての機能が陳腐化しても、廃棄物となった物質としての機械は分解され、化学物質や有毒成分、残留物などにかたちを変えて残るだろう。メディアは死に絶えるわけではなく、土壌に還ったり、新しい部品へとリサイクルされたりして、地質学的なスケールの時間を生き続ける。
メディアの死は、メディアの新しさに焦点を合わせるだけの対話に抗う戦術としては有益かもしれないが、メディアは決して死なないと私たちは確信している。メディアは崩れ、腐り、形を変え、混ざり合い、そして歴史化され、再解釈され、寄せ集められる。メディアは土壌中に残留し有毒な生ける死者のメディアとしてとどまるか、アートによる手直し工作という方法論を通して再我有化されるかのどちらかである。
このような、「メディア史の生ける死者であり、廃棄物という生ける死者」(p.293)であるメディアのありようを、パリッカはゾンビメディアと呼ぶことを提案する。デッドメディアが死(と生)という概念を導入することで単線的で目的論的な進歩史観を維持するのに対して、ゾンビメディアは繰り返し蘇り、新たな文脈のもとで利活用される回路サーキットを形成することで、循環と変奏として記述される「深い時間」を思考するための概念となるのだ。
アーティストが陳腐化したメディアやそのアーカイヴを「過去」のものと見做すのではなく、分解したり組み立て直したりして「現在」および「未来」に活用できる素材として扱うのと同様に、メディア考古学もまた「過去」のメディアを発掘するだけでなく、それをリサイクルしたり再メディア化できる回路の探究を行うのである。
地方映画史研究への応用に向けて
フィルムの物質性を追跡する
メディアの物質性に着目するパリッカのメディア地質学は、もちろん地方映画史研究にも応用が可能だろう。例えば1950年代までの映画では、硝酸セルロース(セルロース・ナイトレート、ニトロセルロース)という物質を用いたナイトレート・フィルムが用いられていた。同様に、硝酸セルロースを基材とするプラスチック素材セルロイドを用いた製品に「義歯、櫛、眼鏡のフレーム、ビリヤード球、ブラシの柄、ナイフの柄、シャツのカフス、洋服のカラー、靴、ピアノの鍵盤」などがある(岡田秀則『映画という《物体X》——フィルム・アーカイブの眼で見た映画』立東舎、2016年、p.37)。
マーティン・スコセッシのファンタジー映画『ヒューゴの不思議な発明』(2011)でも印象的に描かれているように、ジョルジュ・メリエスの映画フィルムは第一次世界大戦中にフランス陸軍に押収され、銀とセルロイドを回収するために溶解された。セルロイドは、靴の踵を製造するために使用されたという(エリザベス・エズラEzra Elizabeth『ジョルジュ・メリエス George Méliès』マンチェスター大学出版局、2000年、p.19)。
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また、ナイトレートフィルムは非常に可燃性が高く、「爆薬とほぼ変わらない化学的組成をしていた」(岡田秀則『映画という《物体X》』p.38)。そのため、映画館やフィルムの保管施設ではたびたび火事が発生したり、保管する価値がないものと見なされて燃やされたりしたため、現存しない映画作品が無数にある。映画史とは、作品の内容に対する価値判断によって記述された歴史であるだけでなく、存在を確認できる(あるいは見ることのできる)作品の歴史であるという意味で、フィルムやデジタルの物質性も映画史の記述に具体的かつ決定的な影響をもたらしてきたのだ。
第二次世界大戦中の日本では物資が不足し、映画フィルムの配給にも苦慮することになった。1942年4月には、全国2350の映画館は紅系と白系に分けられると共に、一番館(封切館)二番館・三番館と優先順位がつけられ、複数の映画を組み合わせたプログラムが番線の順にローテーションで上映された。例えば鳥取市内の系統と番線は、紅系=帝国館(9番線)、末広座(19番線)、白系=世界館(9番線)、鳥取映劇(19番線)と定められていた(高取正人「鳥取映画史 第1部・戦前編10」『日本海新聞』1995年9月11日)。
このようにフィルムの物質性に注目することで、化学資源(硝酸セルロース)とテクノロジー(ナイトレート・フィルムと映画館)、産業化社会(靴の踵)と政治体制(軍による押収、配給の統制)など、複数の領域を横断する思考を展開することができる。メディア地質学の導入は、これまでは別個に捉えていた物事を結びつけ、新たな発見やアイデアをもたらしてくれるだろう。