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#174 印鑑証明書は、30年越しの夢を連れてきた✨
変なタイトルですね〜印鑑証明書は役所でもらう証明書、それと「夢」は普通はあまり関係ないですね。まあ、夢だったマイホームを買う時に印鑑証明書をもらう、というのはあるかもしれません。今日はそんな、印鑑証明書と夢の話です。
(ヘッダ写真:菊の紋章が輝く?在オランダ日本国大使館)
海外では、印鑑証明書は取れない
オランダの大学での研究員をしているのですが、ちょっとした用事で、日本の印鑑証明書が必要になりました。しかし、海外に転出する時に住民登録を抹消しているので、日本の役所からは印鑑証明書を発行してもらえません。海外在住者がどうしても実印を押す必要がある時には、日本大使館に出向いて係員の目の前で所定の用紙にサインをし、「これが〇〇さんのサインですよ」という「署名証明書」をもらった上で書類にサインをすることになります。印鑑は使えません。
係員の目の前でサインする、というところがポイントなので、郵送での申請はできず、必ず大使館へ行くことになります。在オランダ日本国大使館は、住んでいるアイントホーフェンから電車で1時間半ほどの街、デン・ハーグにあります。大使館街はとても美しく、斜め向かいがオーストラリア大使館です。
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完全に日本!の館内
セキュリティチェックを済ませて中に入ると、そこは完全に日本! オランダ人係官も日本語を話し、なぜか「ゴルゴ13」が「海外転出したら、登録しなきゃだめだぜ」と言っているポスターが貼られ、待ち時間に読める日本のマンガもあります。内部は写真を撮れないのが残念です。
名前を呼ばれる時も、普通に「ササキさん〜」と呼ばれるので、束の間の日本を味わう感じです。来館しているのは、日本人か日本への旅行者がほとんどです。緊張しつつも係官の前でサインをして、無事署名証明書をもらいました。在留証明書ももらい、料金は合計19ユーロ(約3,000円)と、やはりオランダ価格ですね。
用事を終えて、帰路にある「夢」
大使館近くの停留所からトラムに乗ってデン・ハーグ中央駅に戻りました。駅が近づくと、緊張感が増してきます。大使館で用事を終えて帰るために駅に近づいて、なぜ「緊張感が増す」か、分かりますか? それは、中央駅で一つの企みがあったからです。それは、デン・ハーグ駅のコンコース中央にある、これです!
![](https://assets.st-note.com/img/1738093301-iPZO57VwjK1gdGxAuvst23cH.jpg?width=1200)
以前は改札内の目立たないところにあったのですが、移動して改札外の丸いステージの上にある「駅ピアノ」です。入れ替わり立ち替わり、いろんな人が弾いていくのを眺めます。指を鍵盤に乗せたまま何も音を出さず、ずっと止まっている老紳士(もしや「無音の曲」ジョン・ケージ『4分33秒』を弾いていたのか?)や、椅子に座らず鍵盤を叩くように遊んでいる子ども、それを見て注意し、「私が弾いてあげよう」とジャズっぽい曲を弾き、歌い始める60代くらいの男性。
数分後、男性の弾く曲はバロックに変わり、次はモーツアルト、ベートーベンに。音の粒は揃っていないのですが、音楽の楽しさが伝わってくる陽気で素敵な演奏です。聴かせているはずの子どもは行ってしまい、一部始終を眺める僕と現地の高校生と思える少年。話を始めました。
* * *
少年との対話
僕:あのおじさんが済んだら、5分くらい弾いていい? すぐに順番回すよ。
少年:僕も5分くらい弾ければいいんです。オランダへは仕事で?
僕:そんなとこ。この近くに住んでるんですか?
少年:家はこの近くです。駅ピアノ、好きなんですか?
僕:家では電子ピアノだから、久しぶりに本物のピアノを弾いてみたくて。
少年:同じです。電子ピアノもかなり良くなったけど、でもやっぱり本物がいい。
僕:だね……声かけてみるね、あの人黙ってたらずっと弾いてるよ、きっと。
オランダでは、「駅ピアノは一人5分まで」というようなルールはなく、「一人駅ライブ」状態で30分くらい弾いている人もいます。逆に、手が止まった時に「ちょっと僕にも弾かせてよ」と交渉をするのは、全く嫌がられません。オランダ流に男性に声をかけてみます。
僕:すみません、僕と彼に、5分ずつだけ弾かせてもらえませんか?
男性:あっ、あなた並んでたんですか? 順番飛ばしちゃったね、どうぞ!
僕:ありがとう。
10年くらい前から持っていた夢は、「駅ピアノでお気に入りの曲を弾く」でした。一応元楽器屋なので、ピアノの音質だけはあちこちの駅のものをチェックしており、デン・ハーグ駅にあるヤマハ製は調律もよく、いい音なのを知っていました。
大使館へはこれまで二度来ていましたが、一度目はピアノの練習を始める前(憧れだけ)、二度目は練習を初めて一ヶ月の時(さすがに人には聴かせられない)だったので、今回は「そろそろかな」と思っていたわけです。
間髪入れずにマフラーを巻いてコートを着たまま座り、すぐに『Etude』という曲を弾き始めました。テーマが4つのバリエーションを挟んでいる6部からなる変奏曲なのですが、今弾けるのは第3部まで。格好がつかないので第3部からもう一度第2部へ戻ってエンディングっぽくして弾き終わりました。
* * *
演奏中、側にいてくれた二人+二人
知らない人が見ている場所でピアノを弾いたのは、今日が生まれて初めてでした。サックスなら何度か演奏していますが、ピアノは全くの初めてです。それでもなぜか緊張することなく、数箇所引っかかったものの止まらず、楽譜通りのテンポで弾けました。理由を書くと笑われそうですが、書きますね(笑)
僕の友人はこの話を何十回も聞きすぎて、きっと耳タコ状態だと思うのですが、今日弾いた曲、国府弘子さん作曲の『Etude』(1993)は、僕が昨年夏に note の「創作大賞 2024」に応募した小説『Flow into time 〜時の燈台へ〜』のエンディングテーマ曲でした(自分で勝手に決めた)。物語の最後に、こんなシーンがありました。最終話より一部を引用します。
アキは翌日、29年前に七会が乗った時刻に近いと思われる新幹線「こだま」に乗り、米原を経て一乗谷へ入った。車中では、探夏が七会にCDを渡し、「永遠の五日間」をその楽曲構成に重ねて手書きの解釈を七会に残した曲、『Etude』を繰り返し聴いた。まだロンドンにいた頃に、マコトとセント・パンクラス駅に出かけていつものレストランでラザニアを食べ、レモネードを飲んで、駅のストリートピアノを弾いた日以来、ピアノは久しく弾いていない。
「この曲、弾きたいかも」
アキがこんな風に感じるのは、久しぶりのことだった。『道の曲がり角』に没頭して、この夏は旅行にも出なかったおかげで、少し貯金も増えた。改めて自宅にデジタル・ピアノを買って弾いてみようか、と考える。
上の部分のアキの気持ちは自分の気持ちで、この小説を仕上げた後、アキになりきってデジタル・ピアノを実際に買い、『Etude』の練習を始めました。
『Etude』はピアノ+ギターのデュオ曲なので、ピアノだけで弾くために自分でアレンジするというおまけ付きでした。この曲は物語の主人公、探夏(たか)と七会(なか)思い出の曲で、現実もそうでした。あの時から30年間、「いつか弾きたいな」と思っていた曲を、オランダはデン・ハーグ中央駅で弾くことになるとは、当時の自分が聞いたら何と思うでしょうか(笑)というよりも、30年間同じ曲を弾きたいと思い続けた自分に、拍手を送りたいです。
今日は第3部までしか弾けなかったので、まだ半分残っています。最後まで弾けるようになったら、今度こそアキと同じく、ロンドンのセント・パンクラス駅のピアノで弾きます。弾き終えたらアキとマコトが手を繋いで現れるんじゃないか、と思います。
緊張しなかった理由は、弾いている間、七会さんとアキの二人がついていてくれたからです。弾き終わると二人はふっと消え、僕はピアノを高校生にバトンタッチしました。すると、順番をゆずってくれた男性が話しかけてきました。現実の男性と高校生の二人も、聴いてくれていたようでした。
男性:いい演奏だったよ。どこの曲? イギリスの曲かな?
僕:日本の曲です。日本のジャズピアノ奏者が30年ほど前に作曲した曲です。
男性:オランダの古い曲を思い出したよ。メロディーとコード進行がそっくりだ。
僕:日本のジャズ曲が、オランダの昔の曲と似ているとは、嬉しいですね。
男性:いろいろ共通してるんだろうな、人間の生き方とか。ピアノは長い?
僕:昨年の8月に始めたばかりです。
男性:まだ半年? 半年でここまで来たのは、すごいね。
僕:これからも頑張って練習します。聴いてくれてありがとう。じゃあ。
男性はその後も高校生の演奏に聴き入っていました。階段の上から二人を撮った写真です。この駅ピアノ、丸いステージの上にあるので、緊張度満点です!
![](https://assets.st-note.com/img/1738093319-1pUcihNPqCJdQlM4BKE2Oz0o.jpg?width=1200)
これまでは、「生まれて初めて駅ピアノを弾く時は、きっと緊張しまくって演奏はボロボロで、誰にも聴いてもらえず、惨めな気持ちで家に帰るんだろう」と思い込んでいました。それは、正反対になりました。初めて人前で弾いたピアノは上級者に聴いてもらって褒めてもらいました。これが、「印鑑証明書が連れてきてくれたしあわせ」の正体でした✨
最後に、国府弘子さん&天野清継さんの『Etude』オリジナルをどうぞ。
でもきっと、今日の目的だった印鑑証明書は、もっと大きな夢を連れてきてくれるはずです。
(2025年1月28日:駅ピアノデビュー記念日🎹)
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