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武器としての哲学 (書評)

今ときめく山口周さんによる新著『武器になる哲学』をテキストに以下まとめです。

解決したい課題(アジェンダ)は見つかるか

多くのイノベータたちにインタビューしてわかったこと、それは必ず「具体的な解決したい問題」があったことです。
つまりイノベーションは結果で、鼻からイノベーションを起こそうと思っていたわけではないという点。
では、どうやって課題を見つけるか?それが、ビジネスマンが哲学を学ぶ意味だと、筆者はいっています。

つまり、何を疑うか?
かといって、やたらめっぽうに疑うのはコストがかかりすぎる。
その「見送る常識」「疑う常識」を見極めるのが、教養としての哲学ということです。

哲学の、哲学からの学び方

・時代背景と、その人は何に批判(反応)したか (context)
・その思考の組み立て方 (how)
・思考そのものは、そんなに重要で無い (what)→今では当たり前

そこを意識しながら、以下抜粋となります。

やっぱり大好きアリストテレス 
人を変えるには・・・説得 < 納得 <共感

アリストテレスによると(弁論術)・・・
・ロゴス 論理
・パトス 倫理
・エトス 情熱

※プラトンは、ソクラテスをしてそのレトリックの危険性を説いている。
人を誤らせると。

実存主義ってなんだったのか

engament=アンガージュマン=主体にコミットせよ
・(環境要因などあるけれど)自分の行動は自分の選択
・そもそも、その環境たる世界も人事でない
「世界は私たちの働きかけでそうなっているから、世界は私そのものだ」
→社会学的には、素朴と言わざるを得ないが、
当時のフランスは戦争責任を人事にする風土があり、それを批判していたといえます。
ちなみに代表作『嘔吐』は、実存的に生きすぎた主人公が、石の実存に脅かされ日常生活をできなくなる。そのくらいの覚悟で実存を生きた人でした。

タブラ・ラサ(真っ白な石板)

当時は階級制。その背景で、ジョン=ロックは「人は真っ白な状態で生まれ落ち、教育で訓育される」と喝破しました。
農村の子も、貴族の子も同じだと言ってのけたわけです。

ロックその人はイギリス経験主義の父として、合理主義(デカルト)の反対旗手として、その後の世界を作った人です。
経験主義とは、経験によって確認できたものを真とする立場です。

「ルサンチマンには製造原価はない」

ニーチェはキリスト教の生誕もこのやっかみからと分析しました。
当時のローマは裕福だった。そこで「金持ちが天国に行くことは、ラクダが針の穴を通るより難しい」論理をつかって、貧しいユダヤ人を心理的に上位に立たせたわけです。

私たちが実世界で使えるのは、以下です。
ルサンチマン(やっかみ)こそ、成熟社会の差別化・自己実現のマーケットを牽引しているところ。
この「解消」として、ブランド品を「記号」として消費する。
なんでもいいんです。記号ですから。

ただいまの社会は、マズローのその先の「自己超越のマーケット」も存在します。誰かのために生きたいと思う市場です。
あり得ないですが、少なくとも成熟社会で、このマーケットが活性化することを祈ります。

「〜への自由、〜からの自由」そして「自由からの自由」

前者は、民主主義や、正義への自由とか言えます。 free to~
後者は、奴隷制度や、独裁政治からの自由とか言えます。 free from~

今回は、その話でなく、自由自体からの自由について。
今の社会が、昔に比べて自由なのは疑いの余地がないと思います。
しかし幸福度は、ほとんど200年前から変わっていません。

それはフロイトからいうと、自由の享受のためには、訓練と教養が必要なんです。
サンデル的にいうと、コミュニティへの参加・貢献による帰属意識(包摂)。
マークザッカーバーグ的にいうと、世界の人と繋がることによる共同体意識。

いかに脆くないかが、リスク以上に大切

堅牢さは、脆弱の反対と思いますが、
堅牢さそのものが、脆弱な時もあります。
曲がらない鉄ほど折れやすく、バネほど折れにくい。
このバネの強さを示したのが、この「反脆弱性(anti-fragile)」です。

これは「あまりに複雑で推し量れないリスクよりも、
脆さ・脆弱さを考えた方がラク。」という背景からきています。

リスクは推し量れない。脆さは推し量れる。
リスクは推し量れないので、性格によって、または予定調和的(責任のたらい回し)に、もしくは現在知っているところからの推論(後世への課題を残す形)から、看過されてしまう。

脆弱さを議論の中心に据えれば、その議論が何を前提にしているかが見えてきて、いかにそれが奇跡的に成り立っているか、歴史的にどう破壊されてきたかなどをみんな想起した上で、なにが大切なもので、それをどう維持していくべきかを考える。
なんとも考えさせられる概念です。
御察しのとおり、筆者は東日本大震災とコロナを想起して描いています。

疎外されるのは、誰?

マルクスで覚えておくべきは、「労働者階級の革命」よりも「疎外」の概念です。

人間が決めたシステムが、人間を超えて自動運転してしまい、
かつては「人間社会の維持のためのシステムであったもの」が、
「システムの維持のための人間社会=人間は置き換え可能な財に成り下がった」、という点です。

具体的にマルクスのいう「疎外」を見ていきます。
1 労働生産物からの疎外
(かつて「自分の体を使って作った生産物は自分のもの」(ロック)この所有権を確保するのにどれだけの年月がかかったかを考えると感慨深いです)
2 労働賃金制による、イキイキとしているはずの労働自体からの疎外
3 共同体からの疎外(「類的疎外」) 以前は種としての安らぎがあった
4 人間からの疎外 生産性マシーンとしての人間へ

一般意志

市民みんなの意志=「一般意志」による統治。

当時、絶対王政もダメ、王権神授説もダメ、貴族制もダメ、最新の「契約前契約」による国家主権(国に暴力を委託する形での政治)もダメな文脈で紡いだのがこの思想です。

一般意志による国家主権、による立法、による統治。
この社会契約によって、人々の本性は変わり、共同体の幸せを望むようになる。
こうして人々は自ら方を作り、自らそれに従う政治的自律を確立する。

補足すると、この前提は顔の見える社会=2万人までです。
なぜならその範囲であれば顔が見え、痛みがわかる。ピティエと言っています。だから今でも、地方自治への参加と、それによる包摂が大切と言われております。

ダーウィンの理論の読み方

まうずはダーウィン理論、その骨子の紹介です。
1 突然変異
2 遺伝
3 自然淘汰(選択)

細胞でも、組織でも、「偶発的なエラーが進化を駆動させる」。
そもそも進化は、後から振り返って生き延びた人が、「あの進化がなかったらダメだった(自然選択で生き残れなかった)ね」というもの。その時点では、多くの場合笑われます。

もう一つ、「足が速い人は進化的に有利か」?
答えは「環境次第」。1万年前ならYESで、今ならそんなに関係ないでしょう。

勉強したら、頭は良くなる?

モーツァルトの例を出します。
天才モーツァルトは、練習していた。
    ✖️努力すれば、モーツァルトになれる
(対偶)○努力なくして、モーツァルトは生まれなかった

これを下地に考えます。
世に1万時間の法則があります。なんでも一案時間やったら・・・というものです。
プリンストン大学の研究によると、それは科目・スキルの分野によって変わると検証されました。以下に例を示します。

【練習量の多少によって、パフォーマンスの差を説明できる度合い】
TVゲーム:26%
楽器:21%
スポーツ:18%
教育:4%
知的専門職:1%以下

有名な「無知の知」の整理と、その関連

1 知らないことを、知らない
2 知らないことを、知っている(学びたい・学ぶべきの状態)
3 知っていることを、知っている
4 知っていることを、知らない(無我の境地)→2にもどる

U理論とそこで紹介されるコミュニケーションの4つのレベルの紹介

1 自分の枠内の視点で考える:「あぁそれね」
2 視点が自分と周辺の境界にある:客観的に理解できる
3 自分の外に視点がある:(共感)相手の言葉でそのまま理解できる
4 自由な視点:理論の積み立て(合理)だけでも、経験だけ(経験論)でもなく、今まで生きてきた全てが一貫してつながっているような知覚



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