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長年愛用していたクロスバイクが壊れた。 大事に使っていたつもりだが、ある日乗ろうと思ったらフレームが割れていた。長年愛用していた物が、ある日急に壊れる感じが、生き物と変わらないなと悲しくなった。とはいえ、自転車は生き物とは違う、修理をすると生前動揺の輝きを取り戻し、復活する。 修理をしようと自転車屋に持っていったら、「2万はかかる」と診断された。2万も修理に出すなら新しいのを買おうかとも思ったが、30分自転車漕いて高校に行くのもそろそろ辛かったので、バス通学に切り替
カランコロンカラン。 重たいドアを開けると、ドアの上に付けられた鐘がなる。聞き慣れたもので、どれくらいの強さでドアを開けると、綺麗に鐘の音が鳴るか覚えたくらいだ。 俺がレジの前に立つやいなや、真夏が、「いらっしゃいませー いつものでいいですか?」と聞いてきた。 まさかの真夏からの問いかけに、「あっ、はい。......覚えててくれたんですか?」と思わず確認してしまった。確認しなくとも、いつものでいいですか? と聞かれている時点で、俺のことは認知されているはずなのに。
俺は天にも登る気分を味わっていた。 楽しみを目の前にして、すでに幸福感で満ち溢れている。 抽選が当たってからの、ここ数ヶ月、このときの為に行きていたと言っても過言ではない。 俺は今、握手会に来ている。なんと言っても、推しメンのみなみちゃんの握手会だ。 今までは、ライブくらいしか現場に行ってなかったが、間近で、みなみちゃんと話してみたいという欲求が高ぶり、俺はついにみなみちゃんの個人握手会の抽選に申し込んで、それが見事当たった。 当たった日から今日までの間、どれ
「いらっしゃいませー!」 絶え間なく聞こえてくる入店のベルが聞こえてくると同時に俺は声を飛ばした。客に向かって言ってると言うより、入店のベルに対して、もうこれ以上鳴らないでくれと念を込めて言っていた。 咲に50万を請求され、その時すでにバイトはしていたが、俺は時給がよく長い時間働ける店を探した結果、この居酒屋で働き始めた。 店長も俺の事情を話すと、すぐに時給を上げてくれたり、休憩時間にも給料を出してくれたりしたから、その恩返しのつもりで働いている。 実際に稼げるし、
カフェにハマった。 すごくコーヒーにこだわりがあるわけではないが、カフェでコーヒでも飲みながら小説を読むのが好きになった。 今までは、休みの日は家で、アマゾンプライムでドラマをイッキ見したり、プレステでウイニングイレブンを死ぬほどしていた。 しかし、大学4年になり、就活に追われ、1日で何社も面接をはしごしたりした。その時に、カフェで待機することが自然と増えた。 着慣れていないリクルートスーツを着て、平日の昼間からカフェで時間を潰している時に、窓の外で走っているタ
HRが終わったら、皆一斉に教室から出ていく。 そんなに慌ててどこに行くんだと俺は、教室のドアの混雑が緩和されるまで、自席に座って、その様子を眺めている。他の人よりも余裕がある男を演じているわけではないが、そう思われても仕方がない。 さっきまで教室に響いていた皆が発する声や、足音が全て廊下に流れ始めた。そろそろ行くかと、机の横にかけていたカバンに手を伸ばそうとしたら、スカートから伸びた白い脚が目に入った。 脚が目に入った瞬間、身体をビクつかせてしまったが、俺は一呼吸
「あー、今日も授業疲れたね」 学校の帰り道。隣を歩く真夏に話しかけた。 つい先週までは、桜で華やかだった帰り道もすでに思い出、桜を見るまでは普通だった道が葉桜のせいで寂れて見えた。 でも、そんな桜の帰り道を真夏とは3年連続で歩いた。1年の時に同じクラス、隣の席になったのをきっかけに、それから3年間同じクラスで、すごい話が合うのと、家の方向が同じだから、ずっと一緒に帰っている。 「ねー。大変だったねー」 真夏は何の感情も込めずに言った。 けど、俺と真夏の日常会話だ
バス停の目の前に広がる水も張られていない、土色の田んぼを見ると余計に寂しさが増した。 今は遠くに見える橋を通って、東京に行くんだな、と上京の直前になって実感した。 2時間に1本のバスなんて、東京に行ったら有り得ない。最終バスが17時なんて、都会の発展に明らかに置いていかれているダイヤだ。時間の流れ方がまるで違う。 ぎこちなく風に吹かれて、身震いした。スマホのロック画面の時刻と、古ぼけたバス停のダイヤの時刻を見比べた。 「そろそろ、バスが来るはずなんだけどなぁ」 一
書店で本をとろうとした時にお互いの手と手が触れ合った瞬間。まるで、電流が走ったように、君に恋をした。 時が止まったように、お互いを見つめたまま、「運命の出会いだ」と脳内の言葉がハモる。 けど現実はそんな甘くない。 そんな出会いなんて、物語の中だけで存在すると思っていた。 そう思っていた。 薄汚れた現代で、こんな妄想をしている人なんて、温室育ちの純粋無垢な人でもいないんじゃないだろうか。 だから、そんな期待は一切せずに、俺は純粋にただ面白い小説を探しに書店に来た
「あ、中田先輩、お疲れ様です」 「あ、新内」 声をかけられて初めて、隣に新内が立っていることに気づいた。 明日のプレゼンの資料を血眼で作っていたら、いつの間にか0時近くになっていた。自分の周り以外は、真っ暗で不気味なオフィスに、今更ゾッとした。。 「あ、よかったら、コーヒーどうですか?」 新内は缶コーヒを差し出してきた。 「気が利くねぇ」と俺は、笑って缶コーヒーを受け取り、椅子にもたれかかった。さっきまで前のめりになっていたせいで、腰がコンクリのように固まっていた。
自由行動。 みんなその時間を一番楽しみにしていた。 友達と遠出の旅行に行ったことのない高校生にとっては、好きな友達とワイワイ騒ぎながら、好きなところへ行ける自由行動は最高なのだろう。 俺にとっては、全部ツアーみたいに、ガイド付きで案内してくれたほうが気楽だった。自分でわざわざ観光スポットを調べる必要もないし、効率がいい。なにより、自分に友達のいないことが露呈しない。 でも、自由行動反対派なんて俺くらいだから、そんなマイノリティな希望は多数派にかき消される。
「卒業おめでとうー」 「おめでとうー」 高校最後の学び舎の教室で、みなみとお互いの卒業を祝いあった。 さっきまで校内を練り歩いて、ひたすら写真を撮りまくっていたが、教室に財布を忘れたことに気づき、1人さびしく教室に取りに来た。 3階の校舎の端の教室。 階段を上がるのが面倒で仕方なかったが、もうそのしんどい思いをしなくなると考えると、寂しい気もする。 窓から校庭を眺めて、もうこの景色を見るのも最後かと思ったら、いつもと変わらない景色でもセンチメンタルになった。 教
「結構高いね」 目の前の彼が苦し紛れに言った。 「そうだね。私、結構高いところダメなんだよね」 私はそう答えたが、実際はダメなことはない。高所恐怖症なのに、観覧車に乗ろうと誘うことはしない。そこまでバカじゃない。 なのに、平常心を失って支離滅裂な返答をしてしまった。 でも、今の私の状態は、高いところが怖いんじゃなくて、この空間が怖い。 観覧車のゴンドラという空間は、大抵の人は幸せになる空間のはず。 高いところかつ、密室で景色を楽しむことができる空間で、こんなにも
「結構高いね」 目の前の彼女との会話が続かず、俺は観覧車のゴンドラから見える光景に、ありきたりな感想を言った。 「そうだね。私、結構高いところダメなんだよね」 そう答えた彼女を見ると、どこかそわそわしている様子だった。 言われてみれば、ゴンドラに乗ってからの梅ちゃんの様子はいつもと比べると変だった。どんな時でも、クールで落ち着いている彼女が、今は動揺を隠せていない。 それに女子にしては身長が高い彼女は、外の景色を見ることもなく体を縮ませている。 だけど、観覧車に乗ろ