確認される女 観覧車編
「結構高いね」
目の前の彼が苦し紛れに言った。
「そうだね。私、結構高いところダメなんだよね」
私はそう答えたが、実際はダメなことはない。高所恐怖症なのに、観覧車に乗ろうと誘うことはしない。そこまでバカじゃない。
なのに、平常心を失って支離滅裂な返答をしてしまった。
でも、今の私の状態は、高いところが怖いんじゃなくて、この空間が怖い。
観覧車のゴンドラという空間は、大抵の人は幸せになる空間のはず。
高いところかつ、密室で景色を楽しむことができる空間で、こんなにも身近なものは他にないんじゃないだろうか?
そんな空間が今は地獄に感じている。乗ってから、相当な時間が経ったと思い、ゴンドラの外をチラと見たが、まだ家のベランダからの景色となんら変わらなかった。むしろ、あと少しで一周するのかと勘違いしたくらいだ。けれども、観覧車は上がっている。地獄と現実の時間間隔は相当ズレているみたいだ。
こんな地獄を創生したのは、紛れもない私だ。
別に、はじめから地獄を創ろうとしたわけではない。あまりにも無計画で突拍子もない行動のせいだ。
前から同じクラスの慎吾くんのことが気になっていた。
私は小学校の頃から、身長が高いことがコンプレックスだった。小中学校の頃に比べると、高校に入ってからは、自分より身長の低い男子は減った。けれど、未だに他の女子に比べると、男子たちからは敬遠される。
自分でも人見知りなのと、感情があまり表に出ない性格だから、元気でノリのいい、チワワみたいな女子に比べると、とっつきずらいんだろうなとは思う。
男女のグループで遊んでいても、男子の関わり方は私と周りの女子とじゃ違和感があった。
でも、慎吾くんは他の女子と変わらずに、私にも接してくれた。というより、絡んできてくれた。
ただ、私は人見知りと絡まれ慣れていないのが相まって、「なに言ってんの? 馬鹿じゃないの?」と冷たい対応しか出来なかった。それでも、話しかけてきてくれる慎吾くんに、次第に惹かれていった。
だからといって、すぐに告白に行動を移せるほど、私は恋愛に飢えている女子じゃない。もし振られたら、もう二度と話しかけてくれなくなるんじゃないかと思ったら、このまま想いを秘めておくほうが幸せな気がした。
そんな考えのまま過ごしている時に、慎吾くんが後輩の女子に告白された噂を聞いて、ものすごく悔しくなった。
話しかけてくれなくなる怖さよりも、自分の気持ちを伝えなかった後悔の方が大きくなった感触を確かに感じた。
今更、どうにもできない気持ち。もし、後輩の女の子よりも先に、想いを伝えていれば。なんてタラレバが頭を駆け巡った。あの時、保身を優先した過去の自分に蹴りを入れたくなった。
それから数日間、私は食欲がなくなるほど落ち込んだが、結局慎吾くんは後輩の女の子とは付き合わなかったと、はたまた噂で知った。
この時、私は決心した。
慎吾くんに告白しようと。
別に、付き合えなくてもいい。このまま、この想いを抱えるのは耐えきれないと気づいた。
抱え込んで、「もしあの時、告白していれば」の妄想の不発弾に苦しめられるよりかは、現実でダメかどうかはっきりさせて、感情を爆発させておくほうが楽だということを、あの数日間で学んだ。
だから、今日の卒業遠足は絶好のタイミングだった。
告白をしようと覚悟はできても、グループならまだしも、一対一で遊園地に誘う勇気は出なかったから。
今日は自由行動の後に団体行動の予定だった。
なので、自由行動の時間のどこかで、告白のタイミングを作ろうと密かに計画していた。
でも、慎吾くんとは別のグループで行動することになって、タイミングを逃した。
焦った。
もう、今日しかないと自分に言い聞かせてたから。
今日告白できないと、もう次はないと思いこんで、自分を追い込んでいたから。
自由行動が終わった時に、なにも出来ていない自分に、もうどうしていいか分からなくなった。
そんな焦りが、私の無計画な行動に突き動かした。
集合してから、団体で移動してる途中に、私は慎吾くんの腕を引っ張って、学校の皆の流れから一緒に出た。
「バレたらまずいよ」と慎吾くんに抵抗されたが、「そんなの関係ない。今ならバレないから」と、告白前の雰囲気なんて皆無。脅迫とも思われるような言い方で、慎吾くんを観覧車に誘った。というか拉致った。
「やっぱ、これバレたらまずいよな」
私の矛盾した言動には言及せずに、慎吾くんは自分の置かれている状況を心配していた。
私のせいでこんなことになっているのに、私に怒りをぶつけてこない慎吾くんの懐の深さに、改めていい人だなと思わされた。
「うん」
もう慎吾くんの目は見れなかった。
「みんなは団体行動中だし」
「でも、抜け出そうって言ったから」
「え、でもそれは梅ちゃんが――」
慎吾くんはそう言いかけて、止めた。
私は最悪の女だ。勝手に連れ出して、勝手に罪をなすりつける最低の女だ。もうまともに話せていない。
前言を撤回しようと思ったが、「まぁ、乗りたかったから」と、またしても私欲にまみれたことしか言えなかった。
もう慎吾くんにまともな女と思われていないと覚悟した。
少し間が空いた。
もういっそのこと、ブチ切れてくれたほうが楽だと思い始めたときに、「え? それは俺とってこと?」と慎吾くんが言った。
もう、この地獄に耐えきれなくなった自分の耳が、おかしくなったのかとも思ったが、確かに聞こえた。
慎吾くんもバカじゃない。私の行動の意図は多少なり分かっているんだろう。それで、なかなか言い出せない私にチャンスをくれている。慎吾くんも、この地獄に我慢ができなくなったんだと思った。
「うん、そうだよ」
私は精一杯、平常心で、いつもと変わらずに言ったつもりだったが、涙が溢れ出そうになった。
慎吾くんは一瞬、唇を噛んだ。そして、恐る恐る、「え? なんで」と確認してきた。
絶対に慎吾くんは分かっている。私が次に言うことを。
けど、聞いてくる。
私が言わないとダメなんだ。ここまで言っておいて、今更言わないなんて出来ない。もう逃げられない。言うしかない。
けれども、意志とは反して手は震えていた。慎吾くんにバレる前に、瞬時にスカートを握って、震えを押さえつけた。
言葉を発しようにも、呼吸がまともに出来ていないせいで、出せなかった。無理に出そうとしても、まともに発音できない気がして、落ち着いて呼吸をした。
慎吾くんに察されないように、静かに深呼吸をした。ゆっくり息を吸って、ゆっくり吐いて、なんとか心拍数を下げようとした。
しばらくすると、落ち着いたが、沈黙が長引いたせいで、ジワジワと空間が凍りついていくのを感じた。
これ以上黙ると、口までも凍てつくと予感し、すぐさま声を出そうとしたが、「え……」と一語しか出なかった。ひるまずにぐっと体に力を入れると同時に覚悟を決めた。一気に顔が上気した。おかげで口が凍らずに済んだ。
もうダメでもなんでもいい、どうにでもなれ。
「好きだったから」
この時に初めて、慎吾くんの目を見ることができた。慎吾くんは、目をまんまるにして、口をポカンと開けたと思ったら、「えっ! 俺のことが?」と大きな声を出した。
この空間には2人しかいないのに、しなくてもいい確認をしてきた。
思わず、慎吾くんにはもう1人誰かが見えてるんじゃないかと勘違いした。この地獄のせいで慎吾くんも自分の聴覚に自身を持てなくなっているのかもしれない。それか、ただ単純におかわりを要求しているだけかもしれない。
私は、「うんっ」と強く頷いた。ここで、「ごめん、嘘」なんて言って、ノーカウントにしそうになった。そんな弱さを断ち切るように、強く頷いた。
今度は慎吾くんが黙り込んだ。
ダメか、ダメじゃないか。早く知りたいのに。
片目だけ薄っすら開けて慎吾くんを観ると、慎吾くんと一瞬目があったが、次の瞬間には、慎吾くんは慌てて私の後ろに視線を移した。
断る理由を必死に考えているんだろうか、目が泳ぎ回って、顔も赤くなっている気がする。
「あれ、もうすぐ頂上だね」
慎吾くんが口を開いたと思ったら、私の告白の返答ではなかった。
いや、これはある意味慎吾くん流の答えなんだろうか?
「もうすぐ頂上だね」
「どうしたの、見るからにそわそわしてるけど?」
曖昧な返事をすると、慎吾くんは更に確認してきた。これは、ある意味バカにされてるなと思った。私の気持ちを全て見透かしている余裕から、意地悪してるんだろう。
「え、頂上だよ?」
私は強気で返した。私はビビっていなんかいない。それが、慎吾くんの返答なら受け止められる。それは私が求めていたもの。
「ん? 頂上だよ? ……頂上だよってことは、なにか……アクション起こしてもいいってこと?」
自分から言っておいて何をいまさら怖じ気突いているんだろうか。ここまで言っておいて。またしても、確認をしてくるのは、どういう風の吹き回しなんだろう。
オブラートに包んでいるようだけど、その包装はグチャグチャで中身が見えている。
おかげで、彼がしようとしていることが、今までは霞がかっていたが、この確認でより明白になって、現実味が増した。こうも予告されると、身構えてしまうし、なんだか逃げ出したくなった。
しかし、ここは観覧車で最も高いところ、逃げられるわけがない。それに逃げたら、結局私が慎吾くんを拒絶することになる。
「先生に内緒でね!」
焦った私は、「はいどうぞ」なんて素直に言えずに訳の分からない返事をした。
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