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深い闇の底で

#2000字のホラー


竜ノ口たつのくち渓谷は仙台市の青葉城址南面をふち取るように流れる深い谷である。

かつて仙台城を天然要塞と言わしめたその断崖絶壁は、高さ70メートル・長さ3キロに及び側面からの敵の侵入を防いできた。


そんな歴史的に重要な役割を果たした渓谷に架かる橋の1つが八木山やぎやま橋だ。

私が幼い頃からその橋は自殺の名所として有名だった。
何十人もの今世をはかなんだ人たちが、橋上から飛び降りて命を落としているという。

橋はV字形をした渓谷の真上に架かっているので、人が落ちてはるか下の広瀬川に衝突すると轟音が渓谷中を反響し、数キロ離れた場所からでも自殺者が出たことがわかるそうだ。



高校の時、その八木山橋を夜に散策しようと言い出したのはレイコだった。

レイコとその親友マナは車の免許を取ったばかりで、暇さえあればふたりであちこちドライブしていた。
心霊スポットとして名高い八木山橋も昼間通った経験はあるが夜はさすがに怖くて女ふたりでは行けない。
そこでバンド仲間の私とユウタに白羽の矢が立ったのだ。

バンド練習の帰りにレイコがユウタを誘うと、そういうの肝試しが好きな彼はすぐに乗った。
この日私はレイコの車に便乗していたから皆が行くと言うのなら断れない。


時刻は既に21時を廻っていたけど、どうせならもっと遅い時間に行こうということになり、ファミレスやゲーセンで時間を潰しておおよそ午前2時頃に着くように私たちは出発した。


1台の車に4人が乗りワイワイ騒ぎながら向かう道中、レイコはハンドルを握りながら八木山橋にまつわる怪奇現象を話す。

何もないはずの橋の向こう側を宙に浮いた白い服の女性が歩いていたとか、夜中に橋を通る車の上に無数の手が落ちてきて、後で見るとフロントガラスに手形が沢山ついていた、などという怪しい噂ばかりだったけれど、車内の雰囲気もあって結構盛り上がった。



私たちが橋に到着したのは午前2時ちょうど。

昼間はわりと交通量が多い八木山橋だが、この時間になると人はもちろん車1台さえも走っていない。

私たちの車は速度を落として全長数十メートルの橋をゆっくり渡り始めた。
橋の灯りは点いているが心なしか通常より薄暗く感じる。

橋上は道路の両側に自殺防止用の高い金網が張り巡らされ、車の中からでは橋の向こう側はまったく見えない。
皆できょろきょろと周りを見渡しながら渡ったが、白い服の女も落ちてくる手もなくすんなり渡り切ってしまった。

「ねぇ、外に出てみようよ」
マナが言うと、レイコは渡り終えた橋の袂に車を停めた。

車から降りると、夏なのに外の空気はひんやりしている。
橋下の渓谷から涼しい風でも吹き上げているのだろうか。

私たちは橋の方へ歩いて戻って行った。
こんな時間丑三つ時に歩いて橋を渡るなんていま思えば狂気の沙汰だけど、1人ならともかく4人でいるからそれほど怖くはなかった。

橋の中央付近まで来たとき、自殺者が空けたという金網の穴から下を覗きこんでいたユウタが
「ちょっとみんな見ろよ!」
大きな声で呼んだ。
「谷底で何か光ってる」

私たちも他の穴から橋の下を窺った。
この辺りに民家などないから谷の底はもちろん真っ暗闇だ。

「何も見えないよ」
レイコが残念そうに言った。
「ああ、オレたちも見えない」
私とマナが頷くとユウタは
「おかしいな、確かに光ってたんだけどなぁ」
ぶつぶつ言いながらまだ橋の下を見ている。


その時だった。


『・・・フフッ、・・・』
『・・・アハハハッ・・・』


谷底の方から子供たちの笑い声のようなものが聴こえてきた。

隣にいたマナが私を見て
「・・・ケイ、今の、聴こえた?」
怯えたような顔だった。
「ああ、聴こえてる。今も」


『・・・フフフフフッ、・・・』
『・・・アハハハハハッ・・・』


谷底からの笑い声は更に大きくなってくる。


振り向くとレイコとユウタも青い顔をして立っていた。

「聴こえてるよね、絶対」
「やべぇよ、マジで」
近づいて来てる、怖い」
「戻ろう!」

私たちは聴こえ続ける声を振り切るように車に飛び乗ると、全速力で橋から逃げ出した。

頭に響く背後の声が全く聴こえなくなるまで。



それ以来、私は八木山橋へ行っていない。
バンドはその後すぐに解散したが、4人に霊障は出ていないので祟りのせいではなさそうだ。



数年後、私は霊視力を持つエル君と知り合い、この時の話をしてみた。
自分が霊能者や霊媒師と見られるのをとても嫌がる彼は、この時も
「オレは霊能者じゃないんで」
と断ってから話に応じた。

「ケイさんが聴こえた声が幻聴でないなら、それは霊じゃないと思います。オレは霊は視えるけど、声を聴いたことはないし」
続けてこうも言った。
「あいつらは実体がないから、たぶん声を出せないと思うんです」

じゃあ私たちが聴いたあの声は何だったのか。
「他の音の聴き間違いか、本当に谷の底に子供たちが居たかでしょうね」

聴き間違い。彼にそう言われると、私も自信がなくなってきた。

でも、聴き間違いならまだいい。


真夜中に深い闇の底で子供たちが笑っていたなんて、そのほうがありえないと気がついた私は背筋が寒くなるのを感じた。


大人が昼間でも辿り着けないほど深く、けわしい谷底で。






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ささかま
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