就職氷河期について今更ながら再考してみた
先日配信された東洋経済オンラインのとある記事。
ツイッターなどのSNS上でも話題になっておりかなりの反響があるようだったので、目にした方も多いかもしれない。
私もその記事を読んでみて、その内容からいろいろと思うところがあったので考えを整理するためにこのnoteを書いている。
私がここで言いたいことは就職氷河期、あるいは氷河期世代について、である。
上記の記事の中でアナリストのデービッド・アトキンソン氏が日本のmonopsony問題について語っているが、その問題とはまさに氷河期世代のことではないか。そう思ったのがこの記事を書くことになった主なきっかけだ。
バラバラ過ぎる「氷河期」のイメージ
さて、就職氷河期問題そのものについて話す前に就職氷河期問題に対する私の印象をまず語っておこう。それは、語る人によってそのイメージがバラバラ過ぎる、というところだ。
飲みの席やらタクシーの運転手さんとの雑談やら直接人と話す機会であっても、あるいはネット上であれこれと人の意見を見たり聞いたりしている時でも、話題が就職氷河期について触れているとどうしても感じてしまう違和感がある。どうにも話が噛み合わないというか、的外れなことを言われているというか、こちらの言うことも相手には響いていない様子だったりして会話がすれ違っているかのような感覚を覚えてしまうのだ。
その原因はおそらく、いや十中八九、それぞれの頭の中にある「氷河期」のイメージがてんでバラバラだからではないだろうか。
テレビや新聞等のメディアで「就職氷河期」とか「氷河期世代」という言葉を見聞きしていて、単語としてはその言葉を知ってはいても、それに対する認識とかイメージが人によってかなりの差があるのだ。
特に、私のように思いっきり氷河期世代ドンピシャの世代でなおかつ不安定な生活を送ってきた人間と、そうではない人間とにおいてはその認識のズレは顕著である。
氷河期世代以外の世代の人達、団塊の世代とかバブル世代とかゆとり世代とか呼ばれている人達。あるいは氷河期世代であっても運よく順風満帆に社会の波に乗れた人達。そういう人達の中での「氷河期」のイメージとは大抵次のようなものだ。
なんか日本の景気がものすごく悪い時期があって、それでその時に学校を卒業する人達がなかなか就職できなくてとても大変な思いをした。なんかそういう大変だった時期のことを「就職氷河期」と呼んでいる。
という、それくらいのふわふわとしたイメージだろう。これ自体はけして間違いではないのだが、氷河期世代としてその苦渋を舐めてきた人間としては「けしてそれだけではない」「そんなものじゃない」と、声を大にして言いたくなるほどそのイメージとは全く違うのだものなのだ。
思っているより5倍は酷い
就職氷河期とは一体なんなのか?
メディア等ですでに何度も言われていることであり、そんなものすでにわかっているという方が大半だと思うが、それでもあえて軽くおさらいしておこう。
1991年に発生したバブル崩壊。それを端に始まったその後の日本の長期不況。
大多数の企業は業績が悪化し、先行きの不透明感から大混乱に陥る。なんとか生き残りを模索するために企業が取った方針は人件費の圧縮であり、その方法として主に行われたのが新卒採用枠の大量削減だった。
これによって就職市場において極度の就職難が発生。これが未曾有の大問題となる。
1991年から2005年までそういった状況が続いたその時期のことを「就職氷河期」。
その時期に学校を卒業するなどして就職市場に売り手として参入した世代が「氷河期世代」と呼ばれている。
それまで80%前後で推移していた大卒の就職率が50%台にまで落ち込んでいることからも、当時の就職戦線は異常だらけだったことがはっきりと見て取れる。
景気悪化によって発生した未曾有の就職難。そのこと自体は大抵の人のイメージどおりであり間違ってはいない。
しかし就職氷河期に起きていたことは実はそれだけではなかったのだ。
就職氷河期が続いていた期間である1991年~2005年に起きたことを以下に軽く列挙してみよう。
・バブル崩壊後の未曾有の景気悪化
・派遣法の改定
・貧弱なままのセーフティーネット
・公務員の採用枠すら激減
・団塊世代の大量退職前
いかがだろうか。
氷河期世代が就職氷河期に浴びせかけられた苦渋の数々は実は景気悪化による採用減だけではなかったのだ。
ダブルパンチトリプルパンチどころかクアドラプル、クインティプルパンチを受けてボコボコにされてしまったのが「氷河期」なのである。
以下ではそれぞれについて説明していこう。
派遣法の改定
列挙した中の一番最初の<バブル崩壊後の未曾有の景気悪化>についてはすでに説明したので、二つ目の派遣法の改定から説明をすることにしよう。
1996年と1999年に労働者派遣法が改定され、それまで専門的業務に限られていた派遣労働者の利用が原則自由化されることとなった。
それ以前はプログラマーであるとか通訳や速記者のような専門的業務に限られていた派遣労働者の利用が、一般的な事務や営業、経理などといった正社員の大部分を占めている業務においても派遣労働者への入れ替えが可能になったのだ。
これによって何が起きたのかというと、日本型雇用から欧米型雇用への転換である。
派遣法が改定される以前、バブル世代や団塊の世代、そしてそれ以上の世代達が働いていた頃の日本型雇用とはどんなものだったのだろうか。それは、一言で言ってしまえばクビになり難い社会である。
日本の正社員は欧米の会社員に比べめったなことではクビにされることはない。なので新卒で会社に入社し、その後ほとんどクビにされることもなくそのまま定年退職するまで勤め上げる。こういった働き方が大多数であり一般的であった。これが日本型雇用だ。
そして、この日本型雇用を前提にして日本の様々な制度も出来上がっている。
雇用環境や労働習慣、はては社会制度といったものまでこの日本型雇用が前提となって組み立てられていたのだ。
例えば雇用環境で言いえば
・新卒採用
・年功序列
・終身雇用
という特徴があった。これらはいずれもクビになり難く一生を一つの会社で働くことが当たり前である日本型雇用であることが前提になっている。大多数の人が一つの会社でしか働かないからこそ、新卒後すぐに働いてもらうことが長く会社で働いてもらえることに繋がり、また年齢と経験年数がほぼイコールであるため年功序列で役職が決まりやすい。途中解雇もめったなことでは発生しないので多くの人間が定年退職まで働き終身雇用が約束されている。
また労働習慣についてもそうだ。日本の労働時間は諸外国のそれよりも長く、サービス残業も常態化しており、おまけに有給取得率も低い状況にある。
どうしてこのような労働習慣が根付いているのかというと、一生を同じ会社に面倒を見てもらうことになるからこそ、滅私奉公的な働き方をすることにもそれなりのインセンティブがあったからだ。身を粉にして働けば、数十年後自分が50代になった頃に会社も安定して存続している確率が高まるし、その頃の自分の地位にも影響してくる。
さらには大多数の人間が新卒で入社し、一生を一つの会社で働き続けるのが当たり前の状況はこの国の社会保障制度にまで影響を及ぼしている。高い新卒就職率とその後のクビになる可能性の低さにより国民皆雇用が実現され失業者が非常に少ない社会であった。そのため失業者に対するケアも生活困窮者に対する予算も少なくてよく、諸外国に比べて貧弱なままのセーフティーネットでもあまり問題にならなかったのである。
対して欧米型雇用とはどういったものであろうか。
欧米の企業ではたとえ正社員であっても、日本の派遣社員並にすぐにクビを切られてしまう。
朝会社に行くと突然の解雇を言い渡され、机にもロッカーにも一切のものに触れないよう厳命されそのまま家に帰される。そしてその後私物と共に解雇通知が送られてきて会社との関係はそれっきり……などという例がネットのあちこちで散見されるほど正社員の地位とはあっさりしたものだ。
つまり一言で言ってしまえばクビになりやすい社会というのが欧米型雇用である。
しかしその代わり、欧米においては失業は当たり前に起こりうるものとされているのでその対策やケアが行き届いている。
労働流動性が高く転職が日本よりは容易であり、年齢制限による転職のしづらさも日本ほどは存在しない。
また失業による生活困窮者も発生しやすいためセーフティーネットも充実している。
クビは起こりやすいが社会がそれに対応しているのが欧米型雇用の社会とも言える。
さて、先に述べたように日本では1996年と1999年の派遣法改定により日本型雇用から欧米型雇用への転換が行われた。クビの切り難い正社員からクビの切り易い派遣社員や契約社員への転換が行われ企業における非正規雇用の比率が高まっていった。
1985年には16.4%だった非正規労働者の比率が2005年には32.6%とほぼ倍増している。
また、正社員においても早期退職勧奨制度等により実質上のクビ切りが行われ終身雇用は崩壊した状態にある。
このあおりを特に受けたのが氷河期世代である。
団塊の世代やバブル世代は高卒でも9割が正社員になれたのに対し、氷河期世代は大卒でも4割が非正規化せざるを得ないという世の中だった。
上の画像からも、労働者の非正規化率は年代によって大きく異なることがわかるだろう。労働者全体の非正規率は32.6%(2005年)だったが、それを大きく押し上げたのは氷河期世代であり50%前後の約半数が非正規雇用にならざるを得なかった。つまり、氷河期世代において日本型雇用から欧米型雇用への転換が一気に進んだといって間違いないだろう。
しかし、氷河期世代に降りかかった悲劇はそれだけではなかった。
中途半端な欧米化という日本固有の現象が、この世代をさらに追い詰めることになったのである。
派遣法の改定により確かに雇用環境は日本型雇用から欧米型雇用へと移行していったのだが、それ以外の部分、労働習慣であるとか社会制度といった部分は日本型雇用を前提とした仕組みのまま変わらなかった。つまり雇用は欧米化したのに労働習慣は日本型のままという、不完全な欧米化の状態がちぐはぐに存在してしまっていたのだ。このことが、氷河期世代をさらに苦しめる結果になってしまった。
例えば、2020年の今になっても日本の労働時間は諸外国に対して断トツで高いままであり、サービス残業は横行し有給取得率も低いままである。クビになり難い日本型雇用を前提とした労働習慣が、非正規だらけの欧米型雇用に移行した今になっても未だに残り続けているという酷い有様だ。つまり今の日本の労働者は、数年で辞めさせられるかもしれない会社のためにそれでも身を粉にして働かされているのである。こんな馬鹿な事ってあるだろうか。
これは言うなれば、経営者からすればいいとこ取りの雇用環境であり、逆に労働者からすれば悪いとこ取りの雇用環境である。このような状況が就職氷河期以降今でもまかり通っている。
氷河期世代は、急速に高まる非正規率によって欧米型雇用に否応なく晒されてきた。対して、団塊の世代やバブル世代はぬくぬくとした日本型雇用の中で守られてきた。そんな両者が、同じ会社の中の先輩と後輩、あるいは経営者と労働者という立場で一緒に働くことになる。上の世代からは、彼らにとっては当たり前であった旧態依然とした労働習慣をそのまま押し付けられることになる。その落差にも氷河期世代は苦しんできた。
上司より先に帰るなんてあり得ない。飲みニケーションは絶対参加。そういった昭和的前時代的な昔ながらの働き方を強要される一方で、景気が悪くなればあっさり切り捨てられてしまう。昔ながらの正社員のように守ってはくれないのだ。リーマンショック後の派遣切りや雇い止めがまさにそれである。このように失業の発生しやすい欧米型雇用の影響が出ているにもかかわらず、社会保障もセーフティーネットも貧弱なままであり、そのことが氷河期世代をさらにどん底へと突き落とした。
さて、ここまで長々と述べてきたが、氷河期世代は単なる景気悪化による就職難だけに苦しんでいたわけではないことがおわかりいただけただろうか?
1999年の派遣法改定により日本は日本型雇用から欧米型雇用へと転換した。
それによって起こった非正規化と高失業。
さらには中途半端な欧米化による悪いとこ取りの雇用環境。
すでにこの時点で、氷河期世代はダブルパンチをお見舞いされているのである。
以下ではさらに、氷河期世代が受けた別のパンチについても見ていこう。
貧弱なままのセーフティーネット
前段では派遣法の改定により日本の社会がクビの切り難い日本型雇用からクビを切り易い欧米型雇用へと転換したと説明した。しかしながら労働習慣や社会保障などは日本型雇用を前提としたままのシステムが居残り、つまり中途半端な欧米化によって氷河期世代がさらに追い詰められていたと述べた。ここではその社会保障制度について詳しく述べていきたい。
かつての日本の社会。日本型雇用が行われていた頃の日本では国民皆雇用が実現されていた。高度経済成長期~バブル経済期までの、長い長い超長期好景気のおかげで高い新卒就職率と、その後まずクビになることのない正社員制度という、世界でも特異な日本型雇用というシステムが出来上がった。これによってほとんど失業の生まれない社会、国民皆雇用社会が実現されたのだ。そのため、失業者に対するケアも生活困窮者に対するセーフティーネットも、予算も規模も少ないある意味貧弱な状況でも問題になることはなかった。そしてそれがそのまま制度として定着していったのがかつての日本社会であった。
対して欧米の社会。正社員であってもいつでもクビ切りが発生する欧米型雇用の社会では失業が日常茶飯事であるため、国や社会の側がそれへの対応を充実させている。失業者に対するケアや仕事を見つけられない生活困窮者に対するセーフティーネットも充実しており、そこに多大な予算を費やすことが社会的にも国家的にも許容されているのだ。『ハリー・ポッター』シリーズの作者として知られるJ・K・ローリング氏。今では印税長者であり大金持ちとなっている彼女も、かつては生活に困窮し生活保護を受けていたことがあった。彼女の暮らしていたイギリスでは後に大金持ちとなるような有名人であっても受給経験があるほど、生活保護はポピュラーなものだったのである。
さて、先に述べたように1999年の派遣法改定により日本では日本型雇用から欧米型雇用への転換が行われた。それによって労働者の非正規化と高失業率が問題となった。それに対応するため本来であれば社会保障制度も同時に見直されるべきだったのだが、それが信じられないことに見直されないままにされてしまったのだ。つまり、社会保障制度は日本型雇用を前提とした形のまま放置されてしまったのである。
これによって、欧米型雇用による高失業と、日本型雇用を前提とした貧弱な失業ケアが同居する、中途半端な欧米化という日本固有のわけのわからない弊害がまたしても発生することになってしまったのだ。
例えば、2010年における各国の生活保護の状況を見てみよう。
一目瞭然である。日本の社会保障制度が諸外国に比べいかに貧弱なままであったのかこれでわかるであろう。
総人口との比率と諸外国の水準から類推すると、日本の生活保護は本来あるべき姿の1/5ほどしか機能していない。日本型雇用を前提としたままの貧弱なセーフティーネットにより、救いの手が届いていない人達が大量に生み出されてしまっているのである。
こういった失業者に対するケアやセーフティーネットの不足は更なる悲劇を生み出すことになる。
本来であれば社会保障を頼りに一時的に生活を安定させることができる人達が、それができないことにより無理矢理にでも仕事にしがみ付かざるを得なくなる。こうして就職市場には過剰に売り手が供給されることになり、まさにmonopsony(買い手独占)の状況になるのである。雇用者側からしたら天国のような状況だ。人材なんていくら使い捨てにしてもかまわない。高度人材だって吐いて捨てるほどやってくる。どんなに待遇を悪くしても問題ない。このような状況によって労働環境の劣悪化、給料などの待遇面の悪化、さらにはブラック企業の増殖を招くことになり氷河期世代はさらなる悪夢のような状況へ引きずり込まれていったのである。
本来なら、派遣法の改定と社会保障制度の改革をセットで行うべきであった。
日本型雇用から欧米型雇用へと転換すると同時に、社会保障制度も日本型から欧米型へと転換させるべきであった。
しかし、信じがたいことにそれはされなかったのだ。
国の無為無策によって、氷河期世代は受けなくてもいい3つ目のパンチを受けることになってしまったのである。
公務員の採用枠すら激減
今までは主に民間雇用に関係した部分について話をしてきた。
景気悪化によって民間企業の業績が悪化し新卒採用枠を大幅に削減、そうして民間雇用が悪化したことで氷河期世代の就職状況も悪化することとなった。
では同じ時期、就職氷河期における公的雇用。公務員などの雇用状況はどうだったのだろうか。
結論から言ってしまえばこちらも最悪の状況だったのである。
一つの例として公立学校教員の採用状況について見てみよう。
1980年(昭和55年)に公立学校教員の採用数は45,651人とピークを記録し、その後ほぼ一貫して減り続け
2000年(平成12年)に11,021人と最小になり、今度は一貫して増加し続け
2018年(平成30年)には32,986人となっている。
就職氷河期が続いていた1991年~2005年(平成3年~平成17年)において、公立学校教員の採用枠すらも少ない状況であり、その時期の競争倍率が突出して高いことがグラフからもはっきりと見て取れる。つまり公的雇用においても氷河期世代は最悪の就職状況にあったのだ。
ちなみに、このような状況は教員以外の地方公務員の採用数においても概ね同様の状況にあった。
このことが氷河期世代をさらに追い詰めることになったのはまず間違いないだろう。
つまり、民間雇用が少ない時期、同時に公的雇用も少ない状況であり
逆に、民間雇用が多い時期には同時に公的雇用も多い状況にあったのだ。
このように雇用状況の「波」が重なり合うとどのようなことが起きてしまうのであろうか。それは雇用が少ない時であっても多い時であってもどちらの時期も弊害を生み出すことになってしまうのである。
民間雇用と公的雇用、両雇用が共に少ない時はどうなるのか。
それは、雇用状況の更なる悪化を招くことになる。
ただでさえ民間雇用が悪化して失業率が高い状況であるのに、さらに公的雇用まで悪ければ高失業に拍車がかかってしまう。就職難の状況が倍加され地獄のような状況が発生してしまう。
では逆に民間雇用と公的雇用、両雇用が共に多い時はどうなるか。
こちらは逆に急速な人手不足に陥ることになり、採用側が予定の採用者数を集められず困ることになり、これはこれで逆の形の地獄が生まれてしまうのである。
実際に、民間雇用が未曾有の悪化を見せ雇用状況が地獄のような有様の中、さらに公的雇用までもが削減されてしまったのが就職氷河期であった。その状況はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
民間雇用のみならず公的雇用までもが削減され行き場を失った氷河期世代は、ついに「奥の手」を使うようになる。それが学歴逆詐称問題である。
大卒資格があるにもかかわらず学歴を高卒と偽り、そうすることで地方公務員の高卒枠に応募する。このような学歴逆詐称が就職氷河期において横行した。例え合格し採用された後であっても、判明すれば懲戒免職にもなりかねない重大な虚偽行為である。しかしそんなグレーな手段を使ってでも、大卒であっても高卒の仕事でもいいから就職したいという必死さ、仕事の選り好みなどしない氷河期世代の姿がそこにはあった。2006年頃この問題が判明し、全国の自治体で調査が行われた。すると同様のケースが数万人を越えることが判明し大問題となった。どれだけ氷河期世代の就職状況が凄まじかったか、このことからもわかるだろう。
対して、2010年以降のゆとり世代の就職状況では逆に地方公務員の定員割れや内定辞退が続発することとなった。景気回復により民間企業の雇用が増え、いくらでも好条件の就職先があったため、公務員の就職など蹴って当たり前という状況だったのだろう。しかも公務員の採用数だけでも就職氷河期の約3倍ほどもある。中には定員が埋まらず、二次募集に踏み切った自治体もあったほどだ。
しかし、なぜこのような弊害が生まれてしまうのだろうか。
そもそも、公務員の採用数は景気の影響を直接受けないはずである。それなのにどうして採用数の多い時と少ない時が波の形のように存在し、しかもその波が民間雇用と重なるように発生してしまったのか。
それは、公務員雇用の上限が定員によって決められているからだ。
公務員の数が法律によって決められた定員によって縛られているため、採用数の波が生まれてしまっていたのである。
警察官や消防隊員、地方自治体で働く職員や公立学校の教師、はたまた中央省庁の官僚や自衛隊員に至るまで、公務員は雇用数の上限である定員がそれぞれ定められている。
そして、基本的にはこの上限一杯まで公務員が雇用されているため、退職者がでてこの定員に空きが出なければその分採用をすることができない。多く退職者が出た次の年には採用者が多くなり、逆に少なければ採用者も少なくなる。公務員の年代構成はフラットではないため、退職者(基本的には定年退職)の数に多い時と少ない時の波が存在し、それに連動する形で採用者数にも波が生まれてしまっていたのだ。
つまり公務員の採用数の波は、景気に連動して引き起こされたものではなく、景気とは無関係に元々存在するものであった。しかもそれがたまたま民間雇用の波と同調するタイミングで起きてしまっていたのである。
さて、ここで一つifの話をしてみたい。
この公務員の定員とは国や自治体が定めたものである。で、あるならば、状況によって国や自治体がそれを定め直してその数を柔軟に変えることもできたはずだ。
例えばである。就職氷河期の間だけ公務員の臨時定員枠を新たに設け採用数を増やしていたらどうなっていたであろうか。不景気の影響で民間雇用が冷え込んだ時期には公的雇用であぶれた求職者を吸収するようにし、その後景気が回復して民間雇用が増えてきたら今度は逆に臨時定員枠を縮小し採用数を減らすようにする。仮にこの方針を採っていたら、上記のような弊害は二つとも発生させないですんだはずだ。
しかし実際には、このような方針は取られることはなかった。
国や社会にとって雇用が一大事であるならば、上記のifに類似したような政策を行うべきであった。民間雇用公的雇用両雇用が共に少ない状況を招き、就職市場においてmonopsony(買い手独占)が発生することも、その逆にmonopoly(売り手独占)が発生することも避けられたはずである。しかし実際には定められた定員に杓子定規に従うだけでこれといった対策を取ろうともせず、弊害が生まれるままにまかせてしまった。民間雇用の波と公的雇用の波がそのまま重なる形になることをむざむざ指をくわえて見てたのである。波の時期をずらし、波が打ち消しあうようにすることもできたにもかかわらず……。
これははっきり言って人災と言っても過言では無い。
つまり氷河期世代はまたしても、国の無為無策によって苦しめられるはめになってしまったのである。
団塊世代の大量退職前
今までさんざん、氷河期世代が被ってきた苦渋の数々について聞かされてきてうんざりしている頃かもしれない。こういった説明も今回が最後。もう少しだけ我慢してお付き合いいただければ幸いである。これから説明するのは氷河期世代が受けた5つ目のパンチ。団塊世代の大量退職前といった状況についての話である。
「2007年問題」という言葉を耳にしたことはないだろうか。2007年が近付いていた00年代後半によく使われていた言葉だ。
その当時頻繁に囁かれていた2007年問題とは、団塊の世代の大量退職によりそれを起因とする様々な問題が発生するだろうと予想されていた問題の総称のことである。
日本の人口の最も大きいボリュームゾーンである団塊の世代。1947~1949年の戦後のベビーブームに誕生した特に人口の多い世代であり、その後の日本の高度経済成長期に就職し、労働者としても最大のボリュームゾーンを形作っていた世代である。その団塊の世代が60歳の定年退職を迎える年齢に差し掛かる。それが2007年であり、大量の退職者が一気に発生することによって様々な問題が発生すると予想されていた。
以下にいくつかそれを列挙すると
・熟練労働者の不足
・年金受給者大幅増による年金制度崩壊の危機
・新規雇用における大量の人手不足
といった問題が予想されていた。
中でも新規雇用における大量の人手不足は深刻であり、いかにそれを乗り切るかが企業の一大関心事であった。
団塊の世代が抜けた後その穴を埋めるように大量の新規雇用が行われる。しかしその年以降に大学を卒業する新卒者達は世代人口が少ない世代であり、新卒者を全員を雇用したとしてもその穴はとても埋められそうにない。そうして生まれる欠員をどのようにして埋めるか。また熾烈が予想される新卒者の獲得競争をどのように勝ち抜くか。そういった、未来に企業が直面するであろう人手不足や人材獲得難をどのように乗り切ったらいいかということが真剣に議論されていた。
その当時、解決策として主に考えられていたのは以下の二つの方法である。
定年退職した後の団塊の世代を再雇用する。あるいは外国人労働者を大量に受け入れる。
定年退職を迎えた団塊世代労働者を、同じ会社で再度雇用する。その時には役職等は以前のものが引き継がれず平の社員と同格まで降格させられる。さらに給料もそれに応じて引き下げられ人件費を押し下げる。このような再雇用制度を新設することで人手不足を解消しようとするやり方が一つ。
もう一つは、世界中に支社があるような大企業であれば海外での人材獲得枠を拡充したり、そうでない企業の場合は日本へやってくる外国人労働者を増やし彼らを大量に雇用しようとするやり方である。そのために海外からの移民が増えるよう政府に働きかけるなどといった方法が検討されていた。(ちなみに、なぜか大失業や非正規雇用に甘んじている氷河期世代を活用しようという話はあまり聞かれなかった)
こうして様々な心配がされる中、実際に2007年になると有効求人倍率が急上昇した。就職市場は一気に反転し、2008年のリーマンショック後の一時的な不況期を除いてバラ色の就職戦線へと一変したのである。まるでそれまでの就職難が嘘だったかのように。
2007年以降さかんに「売り手市場」という言葉を耳にしたことがあるのではないだろうか。就職市場において売り手、つまり就活生達が優位の状況へと変わったのである。
団塊の世代の大量退職はそれほどに、就職市場を一変させるほどの大きなインパクトを持っていたのである。
しかしこのことは、逆の見方をすることもできる。つまり2007年以前は、団塊の世代の雇用が大量に存在していたことによって求人数が低く抑えられていた。バラ色の就職戦線を身も凍える氷河期へと一変させていたようなインパクトが、団塊世代の大量雇用によってもたらされていた、とも言えるのである。
つまりまたしても、氷河期世代を追い詰めるような現象がその時期に起きていたのだ。
不況の影響でただでさえ椅子の数が減らされた椅子取りゲームを、さらにその椅子のいくつかに定年退職間近のおっさん達が座り込んでいる。そんな状況で戦わされるアンフェナ椅子取りゲーム。これを強要されたのが氷河期世代だったのだ。
そしてここにはまたしても純然たる不公平が存在する。
1999年の派遣法改定によって日本は欧米型雇用へと転換したはずだった。氷河期世代はもろにそのあおりを受け、高い非正規化率や失業に苦しんでいたのに、しかしそれ以前に就職した世代、団塊の世代やバブル世代は日本型雇用のまま守られていたのである。2007年問題などというものが存在すること自体がその証左であろう。2007年問題が存在するということは、団塊の世代のほとんどが60歳の定年退職によって退職することを意味している。欧米型雇用への転換によって、団塊の世代も60歳以前の解雇が当たり前になっていれば、そもそも2007年問題など起きようがなかったからである。
同じ時代に生きる労働者でありながら、一方は日本型雇用によって守られ、一方は欧米型雇用に晒され苦しんできた。
つまりはこれが、逆2007年問題である。2007年以前に団塊の世代が大量雇用されていることによって、就職する機会や正社員になるチャンスを奪われていた世代がいたのである。
未曾有の不景気による就職難など、今まで説明してきた数々の不遇を味わわされてきた氷河期世代が、これによってトドメを刺される形になってしまった。
最後に
さて、今までさんざん長々と述べてきたが、氷河期世代がいかに追い詰められた状況にあったかわかっていただけただろうか。就職氷河期とは、一般の人が思っているその5倍は酷い状況であった。そう考えてもらってまず間違いない。
・バブル崩壊後の未曾有の景気悪化
・派遣法の改定
・貧弱なままのセーフティーネット
・公務員の採用枠すら激減
・団塊世代の大量退職前
これら5つの打撃が、一度に襲い掛かってきた苦難の世代なのである。そのことを是非とも記憶に留めておいてもらいたい。
そして氷河期世代とは、日本のmonopsony問題の最前線でもある。
最初に紹介した記事の中で、デービッド・アトキンソン氏はこう指摘している。
monopsony(買い手独占)は、つまり就職市場における経営者優位の状態は、労働者だけが苦しんでそれで終わりというものではない。労働者が苦しんだその影響が巡り巡って日本経済全体に悪影響を及ぼすことになる。そして結果的に、優位で得をしていたかに思えた経営者側も日本全体に発生するデメリットによって引き摺られ、実は損をしてしまっているのだ。monopsony問題は、実は売り手だけでなく買い手も不幸にしてしまう状況なのである。
それと同じことが、monopsonyの最たる状況であった就職氷河期においても言えると私は考えている。
就職氷河期問題とは氷河期世代だけの問題ではない。氷河期世代だけが苦しんでそれで終わりというものではないのである。氷河期世代の苦しみは、そしてそれを放置し続けることは確実に日本全体を蝕み悪影響を生むことになる。それは巡り巡って他の世代、団塊の世代やバブル世代、あるいはゆとり世代やそれ以下の世代にまで弊害を生み出すことに繋がっていくだろう。
その一つの証拠として、氷河期世代が受けた苦渋の数々は、実は2020年の今になっても解消されず残っているということが上げられる。
派遣法改定による高い非正規化率。
欧米型雇用に移行したにもかかわらず日本型雇用を前提をしたままの貧弱なセーフティーネット。
これらの問題は今でも続いたままだ。労働者全体における非正規労働者の割合は、就職氷河期の頃よりもむしろ今の方が高いくらいである。しかしそういった問題は景気が回復し雇用が安定したことによって見え難くなってしまった。氷河期世代ほどの深刻さが無い故に、問題は問題として認識されずあまり騒がれることもなくなってしまった。しかし昼の青空の向こうにある星々のように、見えないだけで問題は依然としてそこにあるのだ。
もしもこのような状況が放置されたまま次なる不況が訪れれば、就職氷河期問題は再発しかねないだろう。
2020年7月現在。日本でも世界でも、いまだコロナ禍から抜け出せない状況にある。
このコロナ禍による景気の落ち込みが長引き、その後の長期不況に陥ってしまった場合、コロナ世代が第二の氷河期世代になりかねない。
氷河期世代はmonopsony問題の最前線である。就職氷河期問題を今一度再考しそれを解決することが、日本経済再生の鍵に繋がるはずだ。就職氷河期問題は氷河期世代だけの問題ではない。全日本的問題であると捉え今一度再考し解決すべき問題である。そのように考えていただくことを私は望んでいる。