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他人さまは他人さま、私は私。

小学校に入って間もなくして覚えた言葉は、「平等」という言葉だった。道徳か何かで、しきりに「平等」と唱える先生を格好いいと思った。小学校6年間で担任4人の先生に出会った。その4人の先生は、「自由と平等」を何度も何度も、あたかも洗脳するかのように唱えた。

子供は、先生の影響を受ける。遊びでトラブルが起きると、「平等にせんば」と介入する者が現れる。自己主張が通らないと、「俺の自由じゃろが」とまくし立てる。

中学に入ると、社会科の先生がジャンジャック・ルソーの『人間不平等起源論』を引いて、不平等の起源について説いた。

この平等という言葉、私にとっては二枚舌のような、裏表あるような難しい言葉だった。

よくよく事実に照らして考えてみるといい。

顔はどうか。知能はどうか。小学校高学年の頃の私は、あらゆることが不平等に感じられた。親の財力を含め、経済格差は厳然と存在するではないか。

この経済的不平等をなくすことに腐心したのが、マルクスやレーニン、毛沢東と習った。平等を大きな声で唱える先生は、外車に乗って校門から入ってきた。

「外車に乗ってくる先生が、人類みな平等であるべきだ、と言っている。おかしくない。」

選挙権があること。これは機会の平等である。能力に応じて学校を選ぼうとすることも、機会平等と言っていい。が、小学校、中学校、高等学校の先生は、機会の平等と社会主義的平等をごちゃ混ぜにして定義を怠ったまま、生徒に吹聴するのだった。これが、勘違いのもとである。

ある子は、数学で平均点を取れなくて嘆く。「神様は人を平等に扱わないのだな。私は数学的能力は劣っている。平等なんてないじゃん」と自己否定する。

人は生まれながらに平等ではない。この厳然たる事実を、先生は教えない。本来生まれながらに平等であるのに、平等になっていないのは努力が足りないのだ。こう思わされてきたのが戦後教育だったのかもしれない。

結論

①はじめから平等はない。
②機会平等と能力平等をごちゃ混ぜにしてきたのが日教組的な先生たちであった。
③機会の平等は、制度として保障されたものである。
④努力が足りないから不平等なのではない。
⑤一人一人能力も環境も異なっている。これを平等にすることは不可能である。
⑥隣の芝生を羨む平等信仰が不幸のもとである。
⑦能力の違いを認め、他者と比べない生き方が幸せへの道である。

最後に私の好きな言葉を。

「他人さまは他人さま、私は私。」



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フンボルト
ありがとうございます。