私の母語は何なのかーイタリア語とナポリ語の間ー
私はイタリア南部、ナポリの出身です。イタリアには一応標準イタリア語的な、あいまいだがあります。イタリアには日本みたいに方言の継承が難しくなっている地域もありますが、私の地元では地域語(いわゆる方言)であるナポリ語は積極的に年齢層を問わず日常会話、テレビ、ラジオ、ネット、文学や音楽、で広く使われている。今日は国際母語デーですが、私の母語は何なのか、という質問に対し、答えはちょっと難しいです。イタリア語、あるいは地元の地域言語であるナポリ語、2つの選択がありそうだが、そんな簡単にはいかない。
まず、標準語的なイタリア語、テレビや教科書にありそうなもの、ではない。イタリア語を教えた経験はありますが、そこで使われているものが非常に不自然に聞こえます。これは語学教科書あるあるですが、誰も使ってなさそうな、人工言語にしか聞こえません。
それで地元のナポリ語なのか、と言われても、何かそれも違う。聞いて育ったし、わかるし、やろうと思えば全力ナポリ語で話せます。ただし、今までの人生で、全力でナポリ語で話すことは、実際ほとんどなかったです。なぜ話さないのか、について、前に書きましたので、よかったら読んでみてください。
https://note.com/sarusan87/n/nb7f169b86240
じゃあお前の母語何なの?
やっぱり母語と呼べるのは、イタリア語とナポリ語の間にあるものです。日本の方言学で地域共通語と呼ばれるもの、沖縄の場合だとうちなーやまとぅぐち、のようなものです。イタリア語ではItaliano regionaleという呼び方があり、これは地域イタリア語、つまりさっき言った地域共通語に相当するものといえるてしょう。日本でも似た状況ですが、これは「間違ったイタリア語」と認識されますが、標準語と、伝統方言と同様、規則を持つ立派な言語の一つです。ちょっと言語の内部構造について説明します。ナポリ語、イタリア語と比較しながら、様々な側面から見てみます。このナポリの地域イタリア語は「ナポリイタリア語」と呼ぶことにします。
音声・音韻
まず音声・音韻から。イタリア語では母音間で/s/が有声化しますが、ナポリ語ではこれは起きません。
例えば
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もう一つ、アクセントについて。イタリア語とナポリ語両方ストレス言語で位置が自由ですけど、外来語についてナポリ語では最終音節に置かれがちです。例えば、英語のcomputerのイタリア語の発音は[com.'pju.ter]だが、ナポリ語では[com.pju.'ter]と発音します。個人的にはこのストレスの規則は自分のナポリイタリア語にあまり使いませんが、前に気づかないうちに適応していたことがありました。コロナの初期のときの話です。イタリアではcoronaではなく、covidと呼ぶのが一般的だそうですが、イタリアでどう発音されるのか、全然聞かない状態では、私の発音は[co.'vid]で、ナポリ語風に最終音節にストレスを置いていました。ただし、初めてイタリアのニュースを聞いた時'co.vidと発音されると聞いて、なるほどと思いました。おもしろいことに、地元の友達は、積極的にナポリ語を話す人でも、'co.vidと発音することが多くて、これはいわゆるメディアの影響の現れでしょう。
つぎはちょっと文法ですが、ナポリ語にDifferential Object Markingがあり、ざつに言うと有生性と定性高い目的語の前に、aという、与格的な前置詞が置かれます。この現象は多くのロマンス諸語で見られます。
これはナポリイタリア語で話すときも使っちゃいます。
以下ナポリ語、イタリア語、ナポリイタリア語の例を見せます。個人名、人間を指すときの指示語にa=がつくが、無生物を示すときの指示語にはつけない。
サルバトーレを見た 日本語
Aggə viste a=Salvatore ナポリ語 (AUX.PRS.1SG 見る.PRT.SG.MSC ACC=サルバトーレ)
Ho visto Salvatore イタリア語 (AUX.PRS.1SG 見る.PRT.SG.MSC サルバトーレ)
Ho visto a=Salvatore ナポリイタリア語 (AUX.PRS.1SG 見る.PRT.SG.MSC ACC=サルバトーレ)
(その場にいる人を指す、ざつな言い方) こいつを見た
Aggə viste a=chistə ナポリ語 (AUX.PRS.1SG 見る.PRT.SG.MSC ACC=こいつ)
Ho visto questo イタリア語 (AUX.PRS.1SG 見る.PRT.SG.MSC これ)
Ho visto a=questo ナポリイタリア語 (AUX.PRS.1SG 見る.PRT.SG.MSC ACC=これ)
(割れた皿を指す) これを割った 日本語
Aggə ruttə chestə ナポリ語 (AUX.PRS.1SG 壊す.PRT.SG.MSC ACC=これ)
Ho rotto questo イタリア語 (AUX.PRS.1SG 壊す.PRT.SG.MSC これ)
Ho rotto questo ナポリ語イタリア語 (AUX.PRS.1SG 壊す.PRT.SG.MSC これ)
語彙の選択でも、イタリア語化したものを使ったりします。例えば殴るはイタリア語だとpicchiareとかあるが、同じ意味でナポリ語vattèからvattere というイタリア語っぽいものを作って使います。
以上、様々な例を見せました。私は日本で生活していて、一時的帰省を除いて、イタリアに帰る予定はありません。現状日本にイタリア人とかかわることはあるが、同じ地元の人今近くにいない。ただし、母語を捨てるつもりがなく、わかってもらえる範囲で、できるだけ母語を維持したい。そして、伝統的なナポリ語も、少なくとも帰省のときや、親と電話するときに話してみたい。