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雪の日のイワシのラザニアと、小さなお客さま。
灰色の空から、チラチラとホコリのような雪が舞う。
「さむいね〜」
腰掛けている石段の冷たさが、お尻の肉から体の中心へ、じわじわと広がった。身体の表面に、ぷつぷつと鳥肌が現れる。隣に座っていた黒猫が、「にゃあ」と鳴いて返事をした。
「今日は煮干しだよ」
私は煮干しと煮干しの頭をポケットから取り出すと、黒猫の前に置いた。
"私"の、というか"母の店だった店"と言うのが正しいのかもしれないが、うちの店『水玉食堂』で使っている煮干しは、塩を使っていない無添加の煮干しだ。野良猫にやっても問題はないだろう。現に目の前の黒猫は、美味しそうに煮干しの頭を食べている。
店の近くの小さな神社に、私は、ほとんど毎日のように足を運ぶ。小さい頃は母と一緒に、中学生になってからは、学校からの帰りに寄るようになった。習慣になってしまっているので、ここに来ないとなんだか落ち着かない。
私の隣にいる黒猫に出会ったのは、先月のことだ。
黒猫は人馴れしているらしく、賽銭箱の前で頭を下げる私に擦り寄って来た。それが始まり。それからというもの、私は黒猫に少しの餌をやり、黒猫は私の愚痴を聞くようになった。これも一種の、等価交換というものになるのだろうか。
今日もいつものように、5円玉を賽銭箱に入れる。
二礼二拍手一礼。
神様にお願いすることは、いつも一緒。これまで叶ったことはないのだから、願うことに意味なんてないことは、私にもわかっているのだけど。
「願うんじゃなくて、行動しなきゃ、神様はお願いを叶えてくれないよ」
母の声が、空から雪に混じって落ちてきた気がした。
「昨日も、達也とケンカしちゃったんだよね」
黒猫を一瞥する。猫の頭に、ふわりとした白い雪が髪飾りのようにちょこんと乗っていた。落ちてくる時はほこりみたいに見えたのに、猫の頭に乗っている雪はキラキラ光って見えて、綺麗だなと思う。近くで見た方が綺麗に見えるなんて、羨ましい限りだ。猫の雪を手で払う。黒猫はぴょんと私の膝の上に乗り、ゴロゴロと喉を鳴らした。
「ヒレロース戦争は、どっちも美味しいってことで終結したのに、今度はみかんの筋は取るか取らないか戦争が起きちゃって。だってさ、筋にも栄養があるんだよ。食べないなんて勿体無いでしょ。なのに、達也は筋をきっちり取らないと、口の中に残って気持ち悪いなんて言うんだよ。終いには、私のことをガサツだなんだって言ってきてさ。昔の話まで持ち出してきて。『料理みたいな目分量で作れるのは昔っから美味かったけどさ、裁縫はからっきしダメだったよな。それこそ裁縫道具の中はみかんの筋をとって入れたみたいに白い糸が絡まってたしな。ガサツだもんな、香菜は』だって!ひどくない?そりゃあ、私はガサツだけどさ。みかんの筋の話で、そこまで言わなくてもって感じだよね。はぁ、もうすぐバレンタインなのにな〜。私って、いつまでこんな感じなんだろ。もうすぐ30歳だってのに」
無意識に出たため息が、辺りを白く染めた。
「ね、猫ちゃん」
私は膝に乗っている黒猫を、ゆっくりと撫でる。
「お前はどこからきたのかねぇ。首輪はついてないけど、ほんとに野良なのかな。ツヤツヤしてて、綺麗だし。人懐っこいから、飼い猫っぽいんだけど。こんなところにいて大丈夫なの?心配してる人がいるなら、ちゃんとおうちに帰らなきゃダメだよ」
🐈⬛
「香菜ちゃん、自転車の鍵、神社には落ちてなかったよ。また探してみるね。自転車はそのままうちに置いとくから」
神主の山本のおじさんが、厨房にいる私に向かって声をかけた。
「ありがとう、おじさん。私も自分で探してみる」
私は卵を菜箸でカチャカチャとかき混ぜながら、厨房から答える。鍋で煮ていたイワシ缶のトマト煮が、ふつふつと音を立てた。熱した卵焼きパンに出汁の効いた卵液を流し込む。じゅうっと音を立てて、黄色い絨毯が広がった。私はくるくると絨毯を巻いて、また、卵液を流し込む。
「お待たせしました〜。唐揚げ定食で〜す。今日は唐揚げを二個減らして、卵焼きに変えといたから」
「ありがと〜、香菜ちゃん!この歳になると、揚げ物は食べたくても、たくさんは食べられないからね。あ、今日のつき出しは、イワシとトマトのやつね。なんかこれ食べ始めてから、血圧下がった気がするよ」
山本のおじさんは、イワシ缶のトマト煮を口にして、「洋食っぽいけど、ご飯にも合うよね、これ」と玄米を頬張った。
「お醤油入れてるからかな。ほんとに血圧下がったの?だったら、おうちでも作ってみたらいいかも。イワシ缶とトマト缶で、すぐにできるから。レシピ書いとくね。おじさんでも作れる簡単な料理だから、おばさんにも作ってあげなよ。テレビで見たけど、イワシ缶のEPAっていう成分?が高血圧にいいんだってよ。でも、尿酸値も高くなるらしいから。なんでも、食べすぎはダメだからね」
私は薄い水玉のメモ用紙に、レシピを書く。二つ折りにして、唐揚げ定食の横の伝票の隣にそっと置いた。おじさんは「ありがとね」と言いながら、水玉のメモを胸ポケットにしまい込むと、唐揚げを頬張った。
昼の時間帯は、近所の人達が食べに来るので、それなりに忙しい。とは言え、一人でも十分に回せるくらいの忙しさではある。みんなが優しいので、お皿を下げるのを手伝ったりもしてくれる。一人でもやれている気がするけど、母の築いてきた信頼の上に成り立っているのだと、実感せざるを得ない。
しかし、自転車の鍵はどこへ行ったのか。
いつもなら神社に寄る時は、自転車の鍵はつけっぱなしにしている。今日は、考え事をしながらだったので、鍵を外してしまっていたらしい。達也にバレンタインチョコをどうやって渡すかについて。落とした時のために、鈴を付けているのに、落としたことに全く気づかなかった。もしかすると、神社の砂利の音と混じったのかもしれない。
スペアキーがあるから、自転車はすぐに取りに行ける。でも、鍵につけていたお気に入りのリボンのことが気になった。母が着なくなった着物の生地で作ってくれたリボン。淡い青緑にピンクの花柄が気に入っていたのに。
🔑
「寒いから気をつけて帰ってね!ありがとうございました〜」
時刻は夜八時。
営業時間は夜九時で終了。店の外に出て、辺りを見回す。水玉食堂は、大通りから一本入った住宅街の路地にある。店の前は、この時間になると、ほとんど人が歩いていない。時折、ピカピカと人魂みたいな光が、宙を浮いて歩いているくらいなものだ。今日も人魂が浮いているように見えたので、よく見てみると散歩中の犬だった。寒いのに元気だなと思う。犬の横を、空から落ちてきた雪が滑っていく。空から舞う雪は微かなもので、積もりそうにはない。しかし、寒い。私は背を丸めた。家に帰っていく犬を見ながら、あの黒猫は、まだ神社にいるのだろうかと心配になる。今日はさぞかし、寒いだろう。
がらんとした店内に戻る。火曜日に来る常連さんたちは、みんな食べに来てくれた。もう今日は、誰も来ないかもしれない。私は、明日にでも自転車を取りに行こうと、引き出しからスペアキーを取り出した。
鈴がないのが心許ない。私は“ガサツ“だから、なんでもすぐに、壊したり落としてしまうところがあった。鈴は明日、買ってくるとして、何かキーホルダー的なものはつけておきたい。もちろん新しいものを買ってもいいのだけど……。
「あ! もしかして!」
私はドタドタっと階段を上がって、母の寝室だった部屋に入る。母の部屋はすでに片付けていて、母の温もりは感じない。でも不思議と、この部屋にいるとホッとする。古くなった畳や障子には、母の匂いが染み付いている気がした。部屋の一角にある母のタンスは、生前の頃のままだ。そこだけは、私が小学生の頃から変わらずに、昔の空気を纏っている。母は丁寧な人だったから、もしかすると、着物の生地で作ったリボンが、他にもあるかもしれない。
タンスの引き出しを、すっと開ける。
一段目。母の書類や写真。
二段目。母のお気に入りだった洋服。
三段目。母の着物。
四番目。何も入ってない。
五段目。ハギレ類。
── なかった。リボンはない。
私は肩を落として、店へと戻る。
明日の仕込みでもしておこうと、冷蔵庫の材料や残ったものを確認した。鍋のイワシ缶のトマト煮のイワシが、ほとんど煮崩れている。イワシの形を保ったものがあまりない。
「これはお客さんには出せないな」
口の中に唾液が広がった。もう自分で食べる気になってしまっている。私は、コンロのツマミを捻った。カチリと音がして、ぼわっと火が出る。鍋底から熱されて、トマトと砕けたイワシがくつくつと踊り出す。
しめしめ、ここにクズ野菜でも入れてやろうか。
── ドン、ドン。
その時、入口の戸を叩く音がした。
お客さんなら、自分で戸を開けて入ってくるはず。私は首を傾げた。以前は、開けにくくて困っていた引き戸だが、最近は調子がいい。
誰だろうと、すりガラスの引き戸の向こう側をじっと見る。人のシルエットが見えた。
「ん? 子ども?」
🚪
入口の前に立っていたのは、予想通り子どもだった。小学三、四年生くらいの女の子。髪は黒く、ボブヘア。ここら辺では見たことのない子だ。
「いらっしゃい……ませ?」
私は怪訝な声色で、声をかける。
「一人?」
女の子はすました表情で、「一人だ」と答えた。
「ご飯食べにきたの?」
「いや、違う」
意表を突かれて、気持ちが後ずさりする。幼い容姿からは想像がつかない、大人びていて、そしてあまりに端的な話し方。少ししゃがれた声。謎の緊張感が背中を走る。
「── 今日は、何しに?」
「ん」
女の子は、ぎゅっと握りしめた右手を、私に突き出した。女の子が手を前に出した瞬間に、チリンと鈴の音が鳴る。
音の方へ目を向けた。見たことのある青緑にピンクの花柄のリボン。
── 私の自転車の鍵だ。
私はさっと右手を広げて、女の子の右手の下に手を伸ばす。女の子は、私の手のひらを一瞥すると、自転車の鍵を落とした。
「ありがとう!届けてくれたんだ!助かる!山本のおじさんの知り合いの子かな?おじさんにありがとうって伝えてね」
急に目の前に現れた自転車の鍵に、私のテンションが上がった。思わず女の子の手をぎゅっと握る。握った女の子の手は、驚くほどに冷たかった。こんなに寒い中、しかも夜にわざわざ届けてくれたのかと思うと、胸がキュッと切なくなった。何かを食べさせたい欲が、ふつふつと湧いてくる。
「ああ、何かお礼したいけどな〜。ごはんはお家で食べたよね。何かないかなぁ」
私がブツクサ呟いていると、女の子のお腹がぐぅと鳴った。
「腹が減った」
私はクスッと笑う。
「お腹すいてたのか!じゃあ、すぐ用意するね! でも、親御さんに連絡しなきゃだよね。携帯電話とか持ってる?」
「持ってない。親はいない。問題ない」
親はいない?
まだ仕事で帰っていないと言うことだろうか。私が小さい頃も、母は遅くまで仕事をしていた。もちろん店は一階にあるから、店に降りれば会えるのだけど。忙しい母の邪魔をする気にはなれず、ずっと上の部屋で一人、テレビを見たりしてたんだった。仕事だってわかっていても、一人でごはんを食べるのって寂しい。
「何が好き?」
「魚」
「食べれないものある?」
「ねぎ」
単語で話す女の子との会話は、案外テンポがいい。
「いっぱい食べれる?」
「食べ過ぎは良くない」
振り返って時計を見た。時刻は八時半。小学生が食事をするには、少し遅い時間かもしれない。
「わかった。夜食にしよう。待っててね」
女の子を席へ座るよう促して、コップに牛乳を入れる。これだけ冷えていたら、温かいものがいいだろう。熱燗を出す訳にはいかないが、せめてと思い、レンジにコップを入れた。熱燗のボタンを押して、ホットミルクを作る。鍋で温めた方がいいのだろうが、面倒なので今回はひと手間省略で。
「ん。んまい」
女の子は、ふうふうとカップのホットミルクをしっかり冷ましてから、舐めるように飲んだ。一瞬何のために温めたのかが分からないな、と思ってしまったが、冷えたのを出すよりマシだろう。
私は、厨房でイワシ缶のトマト煮を煮詰める。その間に、レンジでホワイトソースを作る。自分用に作るときは、レンジでできるホワイトソースが簡単でいい。小麦粉とバターをレンジで温めて、よく混ぜる。牛乳を足して、よく混ぜてレンジでチン。とろっとしたら完成。ホワイトソースを塩で味付けをしていたところで、鍋のイワシがいい感じに煮えてきた。
グラタン皿にオリーブオイルを塗る。
イワシのトマトソース、ホワイトソース、粉チーズ、餃子の皮の順に何度か重ねて、最後はピザ用チーズをたっぷり乗せてトースターで焼いた。厨房にチーズの焦げた匂いが広がって、私までお腹が空いてくる。しかし、大丈夫。トースターに入っているのは二人分。お腹がぐぅと鳴っても問題なし。
🧀
「は〜い。お待たせしました!イワシのラザニアです〜。一緒に食べてもいい?」
私は女の子の前と自分の前にラザニアを置く。そして、女の子の向かいの席に座った。
「なんだこれは。美味そうな匂いがする」
女の子の鼻が、ぴくりと動く。
「ラザニアだよ。お魚のイワシが入ってるの。ねぎも玉ねぎも入ってないよ」
「らざにゃー?」
私は、ふふっと笑う。
「そう。ラザニャー」
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「熱いから気をつけて食べてね」
「猫舌だから、冷まして食べる」
不思議な子だなと思いながら、「じゃあ私は先にいただきまーす」と両手を合わせて、早速大口でラザニアを頬張った。びよんと伸びたチーズが唇に張り付く。欲張って大量に口に入れてしまった。後悔あとに立たず。口の中から湯気を吐きながら、ラザニアを冷ます。熱々のラザニアが、口の中の粘膜を刺激する。
「ほら、言わんこっちゃない」
おばあちゃんみたいな物言いで、女の子はスプーンの上のラザニアにふぅっと息を吹きかけた。
冷えてきたところで、ラザニアを咀嚼して飲み込む。ひき肉のラザニアと違って、イワシのラザニアはあっさりしていて、いくらでも食べられそうな気がする。ホワイトソースとチーズのコクが、イワシとも良く合う。ラザニアの生地がなかったので、冷蔵庫に入っていた餃子の皮を使ってみた。餃子の皮の、つるりとした食感が面白い。
じぃっとスプーンの湯気を見つめる女の子に、私は声をかけた。
「名前、聞いてもいい?」
「菖蒲」
「素敵な名前だね!」
「お前は?」
「私? 香菜」
「いい名前だ」
湯気が出なくなったラザニアを、アヤメちゃんは頬張った。
「うん。これは美味い」
「ありがと〜!嬉しい!いっぱい食べてね」
アヤメちゃんは、見ているだけでこちらが幸せになりそうながっつきっぷりでラザニアを食べた。
「美味かった。ありがとう」
アヤメちゃんは、両手を合わせて頭を下げた。お礼を言いたいのはこちらの方だ。
「こちらこそ、鍵を届けてくれてありがとう。本当に助かりました。鍵ももちろん大事なんだけどね、このリボンがお気に入りで。なくしたらどうしようかなって思ってたところだったの」
「それはよかった。かわいいからな、それ」
アヤメちゃんは、私が手に持っていた自転車の鍵を、指で突いてチリンと鳴らした。
🎀
「なんでこんなことしてるんだろう……」
私は母のタンスから引っ張り出してきたハギレを目の前にして、鼻息を落とす。
「私もそのかわいいリボンが欲しいからだ」
アヤメちゃんが真剣な眼差しで、私の手元を見ている。
「紫のリボンが欲しい」
食後、アヤメちゃんに突然、告げられた。はて?と思ったが、どうも自分にもリボンを作って欲しいということらしい。少しツリ目の大きな瞳に見つめられると、私は首を横に振ることはできず、自然と頭を上下に動かしていた。
母のタンスからハギレを出してきて、アヤメちゃんの前に置く。ハギレの中には濃い紫の地に、薄い紫や桃色の花柄が描かれた生地があった。
「これは?」
「それいいな」
アヤメちゃんは、満足気に頷いた。
「そもそもリボンなんか、作ったことないんだよな〜。多分、上手く作れないよ? 私、不器用なんだよね。ハギレあげるから、自分のママに頼みなよ」
私は小さな女の子に愚痴をこぼす。
「やる前から、無理なんて決めつけるな。香菜なら、できる」
小さな子どもからのよく分からない励ましに、ここで嫌だと断ったら大人が廃るような気がした。だからと言って、「わかった。作るね」なんて軽はずみに答えるべきじゃなかった。
ハギレを目の前に置き、仕方なしに、スマートフォンを開く。Youtubeでリボンの作り方を検索した。どう考えても私には無理だ。自分の分ならまだしも、人にあげる分を作るなんて。
渋々、小学生の時に買ってもらった、スヌーピーの絵柄が描いてある裁縫道具を、10年以上ぶりに取り出した。蓋を開けた瞬間、みかんの筋みたいな糸が絡まっているのが目に入り、憂鬱な気分になる。達也に言われた台詞を思い出して、さながら玉手箱を開けた浦島太郎みたいに、一気に老け込んだ気がした。
ガックリと肩を落としてため息をついている私の肩を、アヤメちゃんがぽんと叩いた。
「洗い物は私がしておくから、香菜はリボンを頼む」
アヤメちゃんが指図をする側なのが、いまいち気に食わない。でも、悪い子ではなさそうだし、妙な貫禄がある。
「は〜い」
私は素直に返事をして、裁縫道具に手を伸ばした。
アヤメちゃんが洗い物をしている間、仕方がないので私は必死になってハギレを縫った。リボンの形に縫うなんて高度なことが、私にできるわけがない。とりあえず長い紐を作って、それを蝶々結びにして誤魔化そう。ラザニアでお礼もしたから、多少の相違ぐらい、文句は言われないだろう。私は自分に言い訳をしながら、ハギレに糸を走らせる。
「香菜、終わったか?こっちは終わったぞ」
私が厨房に行くと、アヤメちゃんは綺麗に食器を洗い終わっていた。普段から家でもしているのだろうか。ベテラン感すら感じられる。
「ありがとう!アヤメちゃん、すごいね!私より食器洗い上手かもしれない!」
「菖蒲"さん"な。私の事を呼ぶなら、菖蒲さんと呼べ。それより、香菜、リボンはできたのか?」
私は眉根を寄せた。
「リボンは難しくって……。でも紐はできたよ!これでリボン結びにしたら、多分可愛くなるよ」
そういうと私は、アヤメ"さん"を呼び寄せて、椅子に座らせた。
首の後ろから紐を通し、頭のてっぺんでリボン結びにする。意外に長さはちょうど良く、頭の上で、綺麗なリボンが出来上がった。近くで見ると不格好だが、遠くで見ると"それなり"に見える。
「ねえ!可愛くできたよ」
「そうか。ありがとう」
「鏡で見てみてよ!」
ガサツな私にもちゃんとできたのが嬉しくて、私は大興奮だった。
「いや、鏡は……」
アヤメさんが何かを言い淀んでいたのはわかったが、私の耳には入ってこない。
私は部屋から持ってきた手鏡で、アヤメさんを写す。
写ったアヤメさんを見て、私は言葉を失った。今日って、お酒、まだ一滴も飲んでないよね?
私は鏡の中の黒猫を冷静な頭で脳裏に焼き付けてから、隣にいるアヤメさんに目を向ける。
アヤメさんは私を見て、「にゃあ」と笑った。
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