洗濯物を干さないという選択
生きるということは、小さな選択の連続だ。
選択肢は多岐に渡り、その選択により未来の形が変わってしまうような気さえしている。
ある日、私は選択を迫られた。
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コタエは、もう、決めている
その日、私は家電量販店にいた。
目的は洗濯機の購入。なぜならば、洗濯機が壊れそうな状況にあったからだ。我が家は四人家族だが、構成メンバーはよく汗をかく。汗をかく仕事の夫に、汗っかきの高校生、スポーツをやっている小学生。洗濯機は我が家には必須の家電である。毎日毎日、飽きもせず私は洗濯をする。洗濯機がない生活というのは、空から槍が降ってきたとしても考えられない。
私は夫と共に、洗濯機のコーナーに足を伸ばしていた。そこには様々なメーカーの洗濯機が置いてあり、そして、“縦型“と“ドラム式”の洗濯機が分けて置かれていた。上を見ると、水や電気の使用量などを比較したパネルも掲げられている。何がいいのかちんぷんかんぷんだなぁ、と私は思った。
ちんぷんかんぷんだと思いつつも、実のところ、私の心は決まっていた。私は“縦型“を購入しようと決めていたのだ。
壊れそうになっている10年以上も生活を共にした洗濯機は、ドラム式だ。長年連れ添った相手に対しこのようなことを言うのははばかられるが、いまいち洗浄力がよくないと思っていた。乾燥機もにおいが好きではなく、機能はあるものの全く使っていなかった。
そのため私は、実家の母が使っていたような"縦型"の洗濯機を買おう、大量の水を使いザブザブと洗濯をするんだと、"縦型"の洗濯機に憧れを抱き、胸を弾ませて家電量販店にいた。たっぷりの水でぐるぐる回る渦潮の中で洗濯物を洗って、そしてそれを、パンパンっと叩きながら広げて、お天道様のたっぷりの熱で乾かしてもらうんだ、と。
理想は、思い込みもあるかもしれない
私の中で理想の洗濯というのは、そういうものだと思っている節がある。昭和のドラマような幸せの具現化。それは刷り込みのようなものかもしれない。加えるなら、天日干しで消毒をしたいとも思っていた。
そのような理想を抱きながらも、実際の私はこれまで洗濯物の天日干しをすることはなかった。
日中、仕事のために家を空けている私には、洗濯物が冷えてしまう前に取り込むことは不可能だったし、ベランダも洗濯物を干すには少し狭い気がしていた。それに家族全員が花粉症であるため、洗濯物を外に干すというのはリスクがあった。
そういった事情もあり、私は帰宅後に洗濯機を回し、寝る前に眠気まなこを擦りながら部屋で洗濯物を干すという、理想とはかけ離れた生活を20年近く続けている。あまり洗浄力のよくないと感じている洗濯機に疑いの目を向けながら、室内干し用の洗剤を買ったり工夫をしながら、なんとか自分を誤魔化すようにしてやり過ごしていた。
私には"縦型"の洗濯機を買えば、洗浄力が上がって、室内干しでもにおいがマシになるかもしれないという淡い期待もあった。
知らないことは、プロに聞け
洗濯機を物色していると、家電量販店の店員さんに声をかけられた。私は我が家の現状を説明し、洗濯機の説明を受けた。
「乾燥機を使わないなら、縦型で十分だと思いますよ」
「やっぱりそうですよね!」
私は縦型の洗濯機を見て回った。
四人家族だと10キロ近くは洗えるものが欲しい。音は静かなものがいい。
そんな風にして消去法で選んでいくと、縦型の洗濯機も案外高いことに気づく。私は縦型の方が断然安いと思っていた。しかし、欲しいものは軽く予算オーバーしてしまう。それならばと、ドラム式も見てみようということになった。
私は店員さんに質問をしてみた。
「ドラム式と縦型、洗浄力はやっぱり縦型のほうがいいんですよね」
店員さんは、首をふるふると左右に振る。
「今は、どちらも変わりませんね。お客様がお持ちの10年前のものですと、ドラム式の洗濯機の性能が悪かったかもしれませんが、今はかなり性能が上がっていますので。ドラム式は節水・節電にもなりますし。洗浄力だけを言えば、どちらでもいいと思いますよ。あとは、乾燥機を使われるかどうかで、どちらを選ぶかになってくると思います」
なるほど。そうなのか!
私は自分の思い込みで選択をしようとしていたことに気づいた。
しかし、乾燥機はなんだかにおいがなぁと思った。
「乾燥機って、以前使ったらにおいが気になったんですけど」
「ああ! それも今は改善されています。風アイロンですとにおいが気になるかもしれませんが、ヒートポンプ式ですとにおいはほとんど気になりませんよ」
まじか! そうなのか!
もしかすると、乾燥機を使うという選択肢もあるのかもしれない。
決めていたことを、変えたっていい
私は腕組みをした。
その時の私は、当初の予定とは全く違うことを考え始めていた。
今、部屋干しをしている部屋は、将来的には子供部屋にする予定の部屋だ。今は使っていないが、来年か再来年には使う予定にしている。そうなった時に洗濯物を干そうと思っていたのは和室だったのだが、そこは愛犬に明け渡してしまった。
数年後の我が家には、洗濯物を干す場所をどこにするか問題が待ち受けているのだ。
私はそこでひとつの話を思い出した。
職場で洗濯機の買い替えの話をしていた際に、ある人がこう言っていたのだ。
「洗濯物は干さないですねぇ。花粉が気になるし。洗濯物は乾燥機で乾かすか、クリーニングに出しています」
その時は気にも止めていなかったが、そういう選択肢もあるのかもしれない。私はその場で"洗濯物を干さない"で検索してみた。意外に洗濯物を干さない家庭が多いことを知る。
洗濯物は、干して乾かすもの。
ガラガラと私の先入観が崩れていくのがわかった。
干してもいいし、干さなくてもいい。環境により乾かし方は自分で選択できるのだ。
私は店員さんに、「10キロ前後で、ヒートポンプで、余計な機能はいらないのでお安いものはどれですか?」と尋ねてみた。
店員さんが「ああ、これがおすすめかもしれません」と紹介してくださった洗濯機の値札を、私は見る。なんと、縦型とあまり変わらないではないか!
私は即決で、ドラム式洗濯機の購入を決めた。
終わりよければ、すべてよし
そして私は、洗濯物を干さない生活を始めた。
なんと快適な生活なのだろうか。乾燥されたバスタオルはふわふわと柔らかく、洗濯物も縮むことなく同じサイズで柔らかく仕上がっている。夜中に洗濯機を回せば、洗濯物は朝には綺麗になって、洗濯機の中でぐるぐると回りながら私を待ってくれている。
私は眠い目を擦りながら洗濯機を回し、洗濯物を干す必要がなくなったのだ。
帰宅後、洗濯物を片付けようとして、乾いていない湿った大きなバスタオルに肩を落とすこともない。
まさか、こんな快適な生活が待っていようとは!
思い込みで縦型の洗濯機を買っていたら、私はきっとこの快適さを知ることなく、毎日洗濯物を干し、そしてどうやったらこの干すスペースを確保できるのだろうかと頭を悩ませていたことだろう。
思い込みを払拭するというのは、難しいことかもしれない。人は信じたいものを信じる生き物だから。
けれどもちゃんと話を聞き、柔軟に考え方を変えることができれば、自分が想像していた未来より素敵な未来が待っているかもしれない。
人生は洗濯選択の連続だ。
思い込みも先入観もしっかりと洗い流して、柔らかい頭で、自分の納得する選択洗濯をしていきたい。