《狐狸狐狸ばなし》感想
壽新春大歌舞伎、昼の演目最後の《江戸みやげ 狐狸狐狸ばなし》が気色悪かったことについて。
そう感じるに至ったポイントは、整理してみた結果二つあって、一つは物語の中の人間性の否定であり、もう一つは、これはわたしの穿ち過ぎかと我ながら思うのだけど、興行側の非人情的客観性である。
一. 物語の中の人間性の否定
わたしは幼少期から《コレクター》みたいなサイコ・サスペンスに対して恐怖が強い自覚があり、また "自我を剥奪される" 行為や状況に忌避感や嫌悪感を覚える性質である。ので、そのへんがアウトになりやすい傾向の者であるという前提はご了承ください。
《狐狸狐狸ばなし》で "そのへん" が決定的だったのが大詰あたりで伊之助の言う「ええおもちゃが手に入ったわ」みたいなセリフである。自分の為すことに逆らわず、能動性がほぼゼロであるため他者と関わる恐れもなく、身の回りの世話も夜の相手も、唯々諾々と受け入れる、外見は美しく肉体的にも魅力を失わないお人形。ただしそのラブドールは生きていて、自分の女房で、つまり独自の人格と人生を持った固有の人間なのですよ。
それを ふまえて 聞かせていい セリフか??? それも正月の真昼間に?
決定打に行く前に最初にソワッとしたのは、おきわが気味の悪さと恐怖のあまり気を失った後だった。倒れたおきわの顔を見て、ほうっと溜息をつかんばかりにして「可愛らしなぁ」みたいなことを言うんですね伊之助が。愛しくて愛しくて堪らんわぁみたいな、ほわほわした幸福そうな雰囲気で。
おかしいでしょ。昏倒した(※自分が昏倒させた)連れ合いを介抱するでなく詫びるでなく、ただその外見を愛でている。
一応「風邪ひかんように」と上着をかけてってやるけども、それすらもままごとというか、ケアしてやるプレイの一環というふうな感じがした。
この物語は全編が色欲にまみれているので特に強調されず極くさらっと言われるだけなのだけど、「気がふれて」幼児のように何も出来なくなったおきわを、それでも抱いて寝てるんですよね伊之助は。毎晩。三ヶ月かそこら。云わば意識の無い相手を。もちろん性的同意も得られない女性を。自分の女房だからというだけで。
間男されるのが嫌だ、という、当たりまえの心痛に思える伊之助の発言も、彼のこういう人となりを見ていくと、単に夫婦関係を裏切られるのが辛いということよりも、「大事なフィギュアに他人の手が触れるのが嫌だ」みたいな感覚なんじゃないだろうかという気になる。おきわを自分だけのものにしたい、という意識の、「自分のモノ」の部分が物質的に寄り過ぎるのではないか、彼は。
こうしろさんが持ち前のキュートさ増しましでチャーミングに&非力に、フェミニンに演じてるから許されてる感じするけどヤバさはかなりのもんですよ、伊之助という男。(こういう、乱歩的異常性、変態性欲的なキャラクターや物語へのこうしろさんのご興味や歩み寄りからして本当にお好きなんだろうなぁヤバい人物というのが、と思われるのだけど、演劇人に対する誉め言葉として「こうしろさんもヤバい」と云う以上のことも以外のことも此処では申し上げないのでコメントもお控えください)
二. 興行側の非人情的客観性
で、そうしたヤバ of the ヤバみたいな伊之助に上記のヤバ台詞を平気で言わせたり、そもそも「淫乱」とか真昼間に放つにはふさわしからざる単語を盛り込んでたり、そういう発言がばんばん飛び交う脚本を【娯楽】として舞台にかけ、「初笑い」と銘打てるところからすると、
あ、これは、安全地帯から見る "見世物" なんだな、
と感じたわけです。
過激に戯画化された、カリカチュアとしてのキャラクターが浅ましく繰り広げる、欲望まみれのドタバタ劇。女のように立ち働く軟弱な亭主も、酒飲みで自堕落な女房も、もちろん女にだらしない破戒僧も、歌舞伎座にお越しになるお客様とは遠くかけ離れた存在でございましょ? まったくの他人事でございましょ? ああみっともないですねぇ、ほらバチが当たりましたよ、ほらまた騙された、愚かですねぇ、ああ可笑しい。
そういう、あっけらかんとして冷然たる線引きを、物語の世界と現実の客席のあいだに出来るから、こういう話を平気で出せるんだと思ったのです。
そこまで込みで【新春の】【歌舞伎座に】かけたとしたら、えぐいな、と思った。構造が。
考え過ぎだといいですね。
(ちょっとフォロー)
今回おきわ役の右近丈が、だいぶ地声に近いというか、男性っぽい低い声でなさっていて、最初は女性らしく高めの声でされている幸四郎丈の伊之助とバランスをとるためかしらと捉えたのだけど、話が進むにつれて、「あぁ "中身は男性" ってことが明確なほうが観る側の気がラクなんだな……」と思ってきました。あれが例えばよねきちさんみたいな、見目にも声にも女性らしい方だったらだ~~いぶしんどみが増してたと思う。グッジョブ。ナイス判断。
それでも気絶したおきわの心の臓の鼓動を確かめるため、手を差し入れた又市が「も少し下に……」って触ろうとしたときに、中身が右近丈と分かっててもゥワッと目を覆うような気になったので。全編それだとこっちの心臓がもたねえのよ。
役者さんは皆さんお達者でバリバリで凄かったです。芸は面白かった。
もっと気持ちのいい喜劇で観たかった。
(公演二日目 1月3日の回の感想)
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