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ニョイトフニョイ 2

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外構えから推測されたる店内面積は10畳程度だったろうか。でも、実際の店内は想像より広かった。というか真夏の砂漠だった。

昼間なのか、しかし太陽はどこにもなく、でも明るい。渺茫たる砂の海がうねりいくつもの稜線を形成、空は雲ひとつなく油絵具で紺碧一色に塗りつぶしたかのよう。そんな空が気味悪くて、ぞわぞわと根源的な恐怖や不快感が私の内側に蟠り、時々にゅるりとうなぎのごとくに動き回った。気持ちわるい。

うしろを振り返ると引き戸だけがどこでもドアみたくぽつねんと佇立しており、戸の外は先ほど私が歩いていた尋常の夜の小路である。はてな。不思議。卦体が悪かった。

そうして周囲を睥睨していた私であったが、こんな奇天烈な空間からは早めに脱出するにしくはない、と引き戸に手をかけた瞬間、一瞬ぐらっと地面が揺れた。なんぞ?と思うまもなく揺れは大きく連続的になっていき、猛然ンゴゴゴと地鳴りまでが発生した。いわゆる大地震である。

おわわ、わわわ。と私は回転する駒の速度が弱まった時のような不安定さでよたよたして「これはあかん」と独り言を放ち、ついに四つん這いの姿勢でパニック状態に陥った。まぁ、そもそもこの砂漠に来た時からパニックなのだが。

地鳴りが始まってから私はよたよたしていたものだから、気がつくと少しばかり引き戸から離れた位置に蹲っていた。早く引き戸から出ないと。とは思うものの膝が意の如くには動かせず立ち上がって進むことができない。

仕方なくそのまま、じりじり這って進むが遅く、それに何やら先程から背後で砂が奇妙な音をたてているのが知れた。ジョリジョリジョリと、電動髭剃りが屈強な顎髭と闘っているような音。気になって振り返ると、背後の砂が、なんか、もっこりしていた。

砂がもっこりしていくのを見て私が動揺しているうちに、地震の最中それは段々とさらにもっこり膨らみ、丸く風船の形にまで膨張した。人ひとりを覆うくらい大きな砂風船。

もうわけがわからん。理解が追いつかない。と苦悩しつつも、今の私の体勢、四つん這いで尻を突き出しながら肩越しに背後を見遣っているこの姿勢が、若いねぇちゃんなら結構色っぽい感じなんだろうな、なんて不埒なことを考えてしまった。苦悩しているんじゃなかったのか私は。自己嫌悪していると、突然、空から一本の巨大な縫い針が降って落ち、砂風船の中心に鋭く突き刺さった。砂風船は縫い針の刺さった箇所から上空高くへ噴水の如くに砂をまき散らしはじめたかと思うと、それは素早く萎んで勢いは次第に落ち着き、砂塵のあとには全裸で長身の婆ァが1人、突っ立っていた。

ハリのない真っ白なざんばら髪から見え隠れする瞳は完全なる外斜視で鷲鼻。シミだらけの褐色の肌はカリカリに痩せこけており、酢飯に生卵をぶっかけて1週間縁側に放置しました、みたいな臭いがしてオエッ最悪じゃん。しかし不思議なことに乳だけは美乳、胸部のみが美白肌で艶があり、ぷるるんとしていた。それが私にはめちゃくちゃ怖かった。婆ァは爪が一枚もない指で額をゆっくり掻くと、

「エンタ無ィの運や」と言った。

訳がわからん、怖い。私は震える声で「何がですか」というのが精一杯で、それっきり喉が渇いて二の句が継げない。

すると婆ァはうりざね顔を痙攣らせ、「あァ?無ィの運やって火ィ通んのゃ」と不機嫌そうに声を大きくし、自らの乳を激しく揉んだ。乳首から墨のような黒い汁が滴れ、婆ァの矮躯を幾筋かに分岐しながらたれていく。

それを見た私は御免なさい間違えました意味が分からなくてですね全部。と泣きそうになって、とりあえず早くここから出ようと決心、後ろ、引き戸のほうに顔を向けるとすでにそこに戸は無く、ただ漫々たる砂漠が広がっているばかり、えぇ嘘やん…と心でひとりごちつつ膝から崩れ落ちた、心で泣いた。

なんてしてる間に背後の婆ァはいよいよ軍鶏の断末魔のような声で「浪漫を演ったら無い死ィ異端児ゃ」と完全にキレはじめたので堪らない。私はひぇっと怯えきってしまい、手で顔を隠しながら

「御免なさい殺さんとってくださいほんまに何言うてるのか全くわからんのです御免なさい殺さんとってください御免なさい」と尻餅をついて後退りしたが、婆ァはまだ「我が湾て兄が我が湾の邪ァァ」などと叫びながら私の方へ寄ってきたので、もうだめだ死ぬかも、と悟ったその時だった。

ぱァん。

チープな破裂音が周囲一帯に響くや否や、婆ァは目、鼻、耳、口から血を吹き出して砂の上にバタン仰臥した。婆ァはピクリとも動かず、ぷるるんとした乳だけが倒れた衝撃でずっとぷるるんとしていた。

ようやく乳がぷるるんとしなくなった時、乳首、乳頭が裂け、中からにょきにょきと黄緑の茎が伸び伸び、葉を生やし芽を出しついにはそこに二本の向日葵が咲いた。あんな汚い婆ァが土壌になっているとはいえ、そこから生まれる命まで汚いとはかぎらないのだなぁ、なんて思わざるを得ないほど立派な向日葵。しかし太陽のない砂漠の中で向日葵はどこを向けばよいのかがわからずに悩んでいる様子で、ずっとくねくね、あっちでもないこっちでもないと定まらず、身をひねり続けていた。結果的に太陽の恩恵を授かることの出来なかった向日葵はやにわにシワシワ枯れ始め、茶色っぽく濁った花びらは茎からぱらりと落ち、それは風に乗り乗り遠く遠くへ導かれて見えなくなった。

それにしてもなぜ婆ァは急に血を吹き出して倒れたのだろう。少しずつ冷静さを取り戻した私は逡巡したが、逡巡は逡巡なので答えは出ず、ますます頭は混乱をきたした。もう引き戸も消滅したし、砂漠だし、「どうしよう神さま」


「砂しかあらへん」

どこからともなく声が聞こえた。


つづく