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防災省は必要か? -防災行政の現状と今後への期待-
自民党総裁選2024が話題だ。実質的に次の総理大臣を決める戦いであり、誰になるかで数年間の政策が変わるため、自民党員でなくても関心は高くなる。
総裁選候補の1人の石破茂さんが、防災省設置案を提示しており、総裁選の論点として時々メディアに取り上げられている。
筆者は10年程度防災に関する仕事に従事しており、「防災省」ができた暁には母体となるであろう「内閣府防災」にも数年間出向していた。
先に筆者の見解を述べると、内閣府防災に勤務およびその後も関わった経験から、防災省は必要(=防災プロパーが必要)と考えている。
「外人部隊」の内閣府防災
筆者が一番問題に思っていることは、内閣府防災にはプロパー職員(=採用から定年まで在籍する職員)がゼロであることだ。ここは出向者のみで構成されており、防災界隈では「外人部隊」などと呼ばれていたりもする。
岸田政権の最後に「防災監」なるポストが新設されたので、現在は状況が少し異なるが、内閣府防災の役人トップであった政策統括官(=局長級)は、国土交通省からの出向者、ナンバー2の審議官は国土交通省および総務省からの出向者で、防災行政の経験が必ずしもあるわけではない。親元の省庁で、防災に関わる経験は積まれていても、内閣府防災という組織で叩き上げで役職者になるというルートは存在しない。
内閣府防災は役職者を筆頭に、国交省、総務省をはじめとした各省庁からの出向者、自治体、民間企業等からの出向者及び政府の防災行政研修を目的とした行政実務研修員で構成されている。どの立場の皆さんも基本的に2年で親元に戻る。
なお内閣府の採用案内を見ると内閣府防災の入職者の記事もあるが、これは内閣府防災のプロパー職員のキャリア紹介ではない。彼らは、経済施策、迎賓館、地方創生、科学技術・イノベーション、宇宙開発、北方領土、沖縄、孤独・孤立など省庁の横串を刺して進めるべき幅広い政策を所管する内閣府のプロパー職員である。(内閣府特命担当大臣の数、所管業務があるというのが分かりやすいか?)そのため、内閣府防災での内閣府職員も基本的に他省庁からの出向者と同様の2年交替であり再任も基本的にはない。
2年で知見がリセット
先述の通り、内閣府防災の職員は基本的に2年で交代となる。引き継ぎにかけられる日数はせいぜい1、2日である。後任は前任者がそれぞれのフォーマットで作る引継書をベースに試行錯誤して職務に当たることとなる。それでも各省庁の出向の方々が動けているのがすごいが、それは各担当の政策はともかく、国会対応など基本的な仕事の仕方が変わらないからかと思われる。民間からなどの出向者は、霞ヶ関の文化に慣れるのにまずは時間がかかる。
そのような引継体制なので、基本的に腰を据えた長期の政策を検討するのは難しいし、引継によって当初の出発点とされた課題が分からなくなり、当初の思惑からはだいぶズレた結果になってしまうこともあるようだ。
防災省設置のような組織体制の検討、法改正を伴うような大きな施策を行うのは役人としてはとても負荷がかかる仕事でもあるため、国会などでも防災省の必要性について論議されたことがあるが、役人が作成する基本的な答弁方針は「現状維持」になってしまう。
能登半島地震の被災地を見て、東日本大震災の知見が生かされていない旨を立憲民主党の枝野さんがおっしゃったそうだが、東日本大震災の内閣府防災の対応の知見を持っている現内閣府防災の職員など皆無なので、組織構造から考えるとなるべくしてなったとしか言えない。
人的ネットワークの毀損
筆者は行政実務研修員という立場で内閣府防災に在籍したが、出向終了からすでに2年以上経過している。当時一緒に働いたメンバーが誰も内閣府防災に残っていないことは、大変に寂しいことである。研修の本来の位置付けとしては、国と関係機関のパイプ役となることを双方から期待されていると思われる。しかし肝心の国側にその体制が整っておらず、せっかくの人的ネットワークを、研修制度を整えている国側が毎年捨ててしまっている状況であり、大変に勿体無い。出向していた私自身も、内閣府防災に相談したいことがあっても、元同僚がいないことには出向していたメリットを生かしきることができない。
通常業務でも災害対応業務でも人間関係が構築できている場合とそうでない場合で、業務の円滑さが大きく異なるのは、多くの人が認めてくれることではないだろうか。
「省庁新設」ブームとその効果
話は変わるが、最近ちょっとした「省庁新設」ブームのようである。
ここ数年だと、2023年秋に岸田総理が公約にしていた「内閣感染症危機管理統括庁」、2023年4月1日に「こども家庭庁」、2021年9月には菅前総理が打ち出した「デジタル庁」、2019年には「出入国在留管理庁」ができている。
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・内閣感染症危機管理統括庁:(前身)内閣官房新型コロナウイルス等感染症対策推進室
・こども家庭庁:(前身)内閣府 子ども・子育て本部
・デジタル庁:(前身)内閣官房 IT総合戦略室
・出入国在留管理庁:(前身)法務省入国管理局
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「省庁新設」と聞くと、ガラガラポンで新しい組織として組み直して、政策を強力に推し進めるというイメージを持ちがちだが、実際は前身の部局を踏まえた組織のマイナーアップデートという認識の方が正しい。
そのため官僚側から「部局」を「庁」に格上げしようという機運がもたらされることはまずない。また格上げをするには法改正が必要なため、役人側に膨大な作業量が発生するため、できれば行いたくないというのが正直なところだ。「省庁新設」レベルになると、政治家による外圧により動くことが多い。
では「庁新設」が実務上全くメリットがないかといえば、そういうわけでもない。一番大きなメリットは、プロパー職員を確保できることだ。
例えば、内閣府や内閣官房の部局の場合、事務方トップの統括官を含め、ほぼ他省庁や地方自治体、民間からの出向者で占められている割合が多い。異動のは基本的に2年に1回であり、その後同じ部局に戻ることはまずないため、スペシャリストが育ちにくい。またその分野に精通した様々な専門家や組織などとのネットワークも担当者人事の度にリセットされてしまうため、長期的な視点での政策に厚みが出にくい構造になっている。
これが「庁新設」により「庁プロパー職員」が採用されることになり、庁内で異動はあるものの「こども政策」であったり「デジタル政策」に精通した職員を育成することができ、過去の経験なども生かしやすくなる。実際、デジタル庁では、国家公務員総合職試験に「デジタル区分」を新設するなど、内閣官房IT室時代では考えられなかった動きも見せている。もちろん、本省や他省庁からの出向者であるジェネラリスト型の役人や民間等の出向者も配置されることで、組織全体が専門バカにはならないといった相乗効果も生むことができる。
他にも、看板を変えることの機運の醸成や多少の権限の強化などが挙げられるが、大きなメリットかと言えば、そうでもないだろう。
防災は、専門性が必要な分野
筆者は前述した「プロパー職員」の必要性を第一に挙げたい。「防災」という分野は、専門性が必要な分野だと筆者は考えている。
学術分野で考えると、「防災」は1つの学問領域になっているといっても過言ではない。京都大学は古くから防災研究所があるし、東京大学でも総合防災情報研究センターなどが設置されている。防災研究を主眼においた学会は、日本自然災害学会、地域安全学会、日本災害情報学会、地区防災計画学会など複数存在し、関連する学会を繋ぐ防災学術連携体といった組織も存在する。
これだけでも防災分野の政策立案にスペシャリストが必要かの証左になるのではないだろうか。
地方自治体の組織体制は国の体制を模倣する
内閣府防災が防災職プロパー採用をしていない弊害は、地方自治体にも現れている。地方自治体の組織体制は総じて国の体制を模倣して作られているものだが、その結果一部例外はあるものの基本的には、地方自治体でも防災職は2年異動のジェネラリスト型の運用となっている。そのため、地方自治体でも防災行政の経験知は蓄積されづらい構造となっている。数年にわたり防災を担う方々も稀にいるが、「防災、長いね。」という話題に必ずなる。
地方から芽生えはじめている防災スペシャリスト採用
しかしながら、地方自治体では災害対応のプロが必要という観点で、2024年度に、広島県が都道府県として初めて、また大阪府吹田市が市町村としてが初めて「防災職」採用に踏み切るなど、防災スペシャリスト採用の動きが芽生えつつある。「防災職」を志願して入ってきている方々のため、防災に対するモチベーションが高いことが大変なアドバンテージである。また、こういった流れが横展開されると、防災行政の知見が蓄積されていくので、国・地方にとって有益であると考える。
防災スペシャリストを養成しつつ、防災スペシャリストがいない内閣府防災
内閣府防災も防災分野におけるスペシャリストの必要性を認識していないわけではない。内閣府防災は、国や地方自治体の公務員を主な対象とした「防災スペシャリスト養成研修」という研修プログラムを構築している。
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内閣府(防災)では、「危機事態に迅速・的確に対応できる人」、「国・地方のネットワークを形成できる人」を「防災スペシャリスト」に求める人材像と定め、国や地方公共団体等の職員を対象とした「防災スペシャリスト養成研修」に取り組んでいます。
内閣府|防災スペシャリスト養成研修|研修のご案内 より抜粋
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本研修は、災害対応実務に特化したテーマで丸2日間の対面研修が計11テーマ用意されている。これらを受講し、更に本省課長補佐級(県では課長級、市町村は部長級、退役自衛官は2佐以上)の経験があり、災害対応実務を5年以上経験した人に対して、「地域防災マネージャー」の資格が内閣府から授与される。「地域防災マネージャー」は、都道府県や市区町村において、「防災監」や「危機管理監」として採用されることが期待され、本資格を持っている者が地方自治体で実際に配置された場合には、採用経費の半分を国庫負担とできることが定められている。
「地域防災マネージャー」の実態は退役自衛官の再就職支援となっている状況(自衛隊と自治体のパイプ役という意味で非常に重要なポジション)ではあるが、いずれにしても防災のスペシャリストが必要という認識は、内閣府防災にもあると言える。
しかしながら、内閣府防災で働いている職員は2年間しか在籍しないし、自ら開催している研修を受講する余裕もない。そもそも国家公務員として防災を専門に仕事をする将来像も特に描けないため、研修を受講する動機も生まれない。防災スペシャリスト養成の旗振りをしている内閣府防災自体に、防災スペシャリストがいないという何とも皮肉な状況なのである。
防災省議論に期待すること
ここまででくどいほど何度も述べているが、防災は専門性のある分野でありスペシャリストの養成が必要なのに、行政機構に養成するための仕組みがないことが問題であると筆者は考えている。 現行の内閣府防災の枠組みを強化し、国家公務員の防災専門職採用の制度を構築できるなら筆者はそれでも良いと思うが、政治家(内閣総理大臣)からの外圧で防災省設置という花火をあげないと、実現は難しいのではないか。
ほかにも、防災省設置の必要性と唱える提言や専門家の様々な意見をかいつまむと、現行の内閣府防災は「120人程度の職員で大規模災害時に対応しきれるとは思えない(よく比較される米国FEMAは臨時職員含め1万人以上の職員)」「地方支分部局がなく機動性が乏しい」などが挙げられている。
これらもその通りではあるのだが、防災行政は内閣府防災のみで行っているものではなく、インフラを守る国土交通省、消防・警察・自衛隊を司る各省庁、地方自治、通信インフラ等を所管する総務省、医療・保健・福祉等を司る厚生労働省、エネルギー、物資調整等を行う経産省、食糧、農水系インフラ等を司る農水省など多岐に渡っている。また一義的には、国ではなく地方自治体が市民に対して災害時の対応を行う事となっている。これらの組織を有機的につなげられれば、必ずしも米国FEMAのような組織にしなくてもよいとも考えられる。(とはいえ、災害時に自治体派遣となると母体の人が足りなさすぎて、シフトが組めず行ったら2週間は交代が来ないなどザラだったし、例えば南海トラフの計画など重要な政策を2人の担当だけで回すなど衝撃を感じたことは多々あったので、もう少し各担当を増やして政策の質をあげることも必要だとは思っている)
各省庁等を有機的につなげ、より実効性のある災害対応を行う体制を腰を据えて検討するのが、まずは第1歩であると筆者は考える。そのためには内閣府防災ないし防災省の背番号を背負った上で、さまざまな防災行政省庁・地方自治体の防災部局への出向を通じて、国家公務員としての防災スペシャリストを養成することが大事なのではないだろうか。
今回の自民党総裁選で防災省の必要性が論点にあがっていること自体がありがたい。防災界隈の人間としては、デジタル庁やこども家庭庁、内閣感染症危機管理統括庁が政治主導で設立されるのを横目に、なぜ災害大国である我が国に防災庁(省でなくてもいい)ができないのかと悔しい思いをしていたからだ。
総裁選では、防災省設置という論点に関して賛否両論あるようだが、最低限各候補者には、国家公務員の防災プロバー職員の必要性については認識してもらい、議論を深めていただくことを期待したい。