見出し画像

世界を変えるため大統領を目指した男には、存在も名前も知られていない「影」として生きた選挙参謀がいた――『キングメーカー 大統領を作った男』スタッフブログ

1960年代の韓国。清廉を旨とし、理想家肌の政治家キム・ウンボムは与党側の公権力の露骨な加担や賄賂戦術などで苦戦を強いられていた。一時しのぎで薬剤師の仕事をしていたソ・チャンデはキムに手紙を送り、理想の実現のためにより効果的な方法で選挙に勝つための戦術を提案する。キム・ウンボムの選挙参謀となったソ・チャンデは驚くべき戦術を用いてキムを選挙に勝たせていく・・・

世界を変えるため大統領を目指した男には、存在も名前も知られていない「影」として生きた選挙参謀がいた――

劇中の登場人物は例によって別の名前に置き換えられていますが基本的に主要な登場人物は全て実在の人物がモデルになっているようです。
キム・ウンボムは金大中、ソ・チャンデはその選挙参謀だった厳昌録(オム・チャンノク)。
大統領は下の名前こそ違うもののパク・キスであり、軍服を着た陣営の若手は全斗煥がモデル、また盧泰愚そっくりの人物も居れば、野党政治家には金泳三そっくりの人物がいる。
この時代の韓国政治史に詳しい人が見れば、それぞれの人物が誰に該当するのか大凡理解できるのだろうと思います。

映画『キング・メーカー』

冒頭に「この映画は事実をもとにしたフィクションです」とクレジットは出るものの、ソ・チャンデの戦術や歴史的経緯は概ね事実に即しているようです。
映画のタイトルからして大統領になるまでを描くのかと思いきや、物語は金大中がのちに暗殺未遂や拉致、死刑判決を受けるまでに至る最も過酷な時期を描かず、キム・ウンボムが大統領選の野党候補となりパク大統領の有力な対抗馬となる辺りまでがメイン。
なぜそこがメインなのかというのは本編を観ていただければ納得がいくかと思いますが、ソ・チャンデの戦術は、公正な選挙などクソ食らえ、なんでもありの仁義なき戦い。
敵陣営の名を騙り、イメージダウンを演出する小細工の手際の良さや、普通に考えれば明らかに不正選挙と思われる戦術のあれこれは、殆どマンガのような世界。
『KCIA 南山の部長たち』の原作本には厳昌録のこうした戦術が具体的に記述されているとのこと。政権側が金大中と厳昌録をいかに恐れていたかが窺われるのですが、日本語版は抄訳で、その部分は訳出されていないようです。

粛軍クーデターにより独裁政権を築いていく朴政権に対し、民主選挙など名ばかりの“なんちゃって民主主義”の当時の政治情勢下では、正々堂々と選挙を戦っていては野党が選挙で勝つなどということは夢物語であったのは確かでしょう。
そうしたソ・チャンデの戦術のしたたかさとキム・ウンボムの理想の実現という目標に対し、この路線でどこまで進めるのか、という経緯を楽しむのが本作の醍醐味だと思います。
なので、形式的とはいえ、選挙が外形的にはそれなりの体をなしていた1970年代初頭までと、暗殺や投獄、拷問や死刑判決などメチャクチャが横行するそれ以降では韓国の国内政治のパラダイムは根本から変わってしまう、という点からも、物語のメインがこの時代に焦点を当てているのは納得のいくところです。
もちろん、そればかりでなく、物語的にそうならざるを得ない登場人物たちの事情があるからでもあるのですが、それはまたネタバレの領域。

(C)2021 MegaboxJoongAng PLUS M & SEE AT FILM CO.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

物語として歴史的事実に即しているとはいえ、決してハッピーエンドとはいえない収め方、その後数十年を経て、ようやく民主主義的システムが確立され、こうしたなんでもありの選挙戦術や金大中の舐めた辛酸が過去のものとして描かれている(現実にはこうした汚い手法は継続しているとの話もあるようですが、規模の大小はともかく、そうした事例はこの国に限った話ではなく、どこの国でも陰で行われている可能性はあるでしょう)点は、まだ救いがあるといえるのかもしれません。

物語の終わりにソ・チャンデの胸の奥に去来するものはなんだったのか?
なんともいえないビターな余韻が尾を引く良作だったと思います。

『キングメーカー』上映情報

2022/9/16(金)~9/29(木)まで上映
9/16(金)~9/22(木)まで
①12:35~14:40
※9/19(月)のみ①の回休映
②16:50~18:55
9/23(金)~9/29(木)まで
①12:45~14:50
②17:35~19:40


静岡シネ・ギャラリー 公式HP


この記事が参加している募集