伏せ字の悦楽(短編小説)
西川伊織の仕事は成人向け動画のレビュー執筆である。正確にいうと、これは副業だ。本業も動画のレビュー執筆と同じく歩合制の仕事で、特に副業禁止の規則はなく、軽い気持ちでこの副業を始めた。実際、あまり頭を使わずに文章を書き、それに見合ったしょっぱい収入を得ている。
成人向け動画のレビューライターという肩書きはなかなかパンチのある響きだが、実際にアダルトビデオを見る必要はない。ライターを募集する怪しげな会社も、動画を見て書くのであれば動画配信サイトにて自費で動画をレンタルしろという指示でレビューを書かせている。レビューを書くたびに動画をいちいちレンタルしていたら体の一部が擦り切れてしまうだろう。それに、動画のあらすじ紹介の数文は申し訳程度ではあるが内容を伝えてくれているため、それを読めばたいていは事足りる。伊織がこの仕事を始めたのは、文章を書く上で普通は必要とされるものがなくても問題ないからだ。つまり、取材や専門知識がいらないので、気楽に始めたのだった。
ただ、伊織はライター募集の注意事項をテキトーに読み飛ばしていた。ある重要な一文をまったく認識していなかったのだ。レビューを投稿するのは一般にもよく知られている映画や動画の配信サイト「CMMビデオ」である。CMMビデオは成人向けコンテンツ以外も配信しており利用者の年齢層が幅広いため、使用禁止用語というものを設けている。明らかに明らかな、端的で直接的な用語はサイトの都合上、弾かれてしまうのだ。
初めての投稿で何度もエラーを出し、サイトへのログイン一時停止を食らってから、伊織は改めてライター募集要項を読み返し、なるほどと納得してやっと一つめの投稿を完了することができたのだった。
伊織が最近目をつけているのは、とあるジャンルのアダルトビデオである。簡単に言えば、かわいらしくもケモノくさい幻想的なアニマルとの禁断愛モノ……という一大ジャンルだ。これはレビュー投稿が集まりにくく、しかしマニアックな視聴者に一定の人気があるため、原稿単価がほんの少し高い。
本業であるアニメーション制作下請け会社で、担当の線画を仕上げているところ、向かいの席の同僚がこそこそと声をかけてきた。
「伊織、この前のレビュー見たよ。トップレビューに上がってたやつ」
トップレビューというのは、その動画に対し投稿されたレビューのうち、利用者に最も注目されたものが一番上に表示されるシステムのことである。伊織が先日投稿した「バイカラーの悪魔は夢の中? ブラックオアホワイト……もちろん濃厚にほとばしるホワイト! リアルに恍惚する丑三つ時」へのレビューのことを言っているらしい。
「どれ? ミノタウロスのやつ? それともクリムゾンドラゴンのやつ?」
伊織は涼しい顔で言った。
「クリムゾンドラゴンなんてあるの? それもトップレビューとったの? すごいな」
「柏木も書きなよ。小遣い稼ぎにはなるよ」
数ヶ月前、伊織は同僚の柏木に契約中の会社を紹介していた。
「向いてないと思うよ。読むのは面白いけどさあ。動画だってあんなマニアックなの観ないよ」
柏木はへらへらと笑い、またディスプレイの向こうに戻っていった。
「あ、本当にクリムゾンドラゴンの動画もトップレビューなんだ。がんばってんだね」
アダルトビデオのレビュー投稿への労いはなんだか変なものであったが、柏木は本心から伊織を労ったようだった。変なやつだ。伊織は適当に返事をして、作業に戻った。
副業開始直後、伊織が書いていたのはこんな文章であった。
「余計な言葉は必要ない。もともと言葉の通じない相手なら尚更だ。たくさんの桃色の乳房から白い乳汁がほとばしるとき、自慰する自分を初めて鏡の向こうに認めたときのような興奮が背中を走る。この生き物と比べたら、人間の乳頭のなんとつまらなく頼りないことだろう。あれにしゃぶりつきよだれを垂らしていた過去の自分はもうどこにもいない。豊かな七つの乳房は両手で抱えることはできない。両手で抱え得るオッパイなどに意味はないのだ! 乳房と腹には太い血管が走り、人間とは違う種族の荒々しさを感じる。そもそも、ヒッポグリフの雌を探し出してきた制作陣に敬意を表するべきであろう」
……うんぬん。などという珍妙なレビューが人々の関心を集めると信じている人間は、聖職者か、初めてのアダルトサイトで高額請求を食らって親に泣きつく中学生くらいだろう。あとは、伊織のようなアホ。最初のレビュー数本は、使用ワードの制限がある中どんなふうに書いたらいいのかわからず、伊織はこういう調子の妙ちきりんなレビューを綴っていた。
加えて信じられないことに、CMMビデオでは自慰も、オッパイですら使用禁止用語として制限されるのだ。オッパイのどこがエロだというのか。とんだ言論統制である。
結局人間は、明示されないがなんとも湿度が高く突き抜けた表現をしているっぽい記号に隠された真実を勝手に妄想するとき、大興奮するのだ。伊織はそれに思い至り、CMMビデオの制限をうまく利用することにした。
伊織の最新レビューは、「誰も見たことのない伝説の×××! 処女(オトメ)しか受け入れないユニコーンはセクシー女優を目の前に淫欲の虜となるのか!?」という動画をまったく見ずに投稿した次のようなものである。これは、ノアの方舟にペアで乗せられなかった幻の動物、ユニコーンとの純愛物語のようだった。
「これまでに見たことのない、〇〇〇すぎる〇〇。たった百二十三分の動画なのに、〇〇まで〇〇〇となってしまった。そのくらいモノスゴイ〇〇なのだ。まず、〇〇の逞しい〇〇〇に圧倒されながら、同時に〇〇の美しさに感嘆しているうちに、〇〇が始まる。〇〇〇の〇〇でめちゃくちゃに〇〇〇するという企画モノだが、とにかく〇〇が〇〇〇〇! 濃密な〇〇を見せつけたのち、〇〇は〇〇の〇〇〇を〇〇する。〇〇で白濁した〇〇に溺れる大興奮の時間が待っている。人生で初めて見る〇〇が〇〇する瞬間、女優が自ら広げる〇〇の〇〇〇〇が最高潮に達したとき、私の〇〇も〇〇〇を迎え、かつてないほどの〇〇〇〇〇を感じた。〇がいくらあっても足りない。〇〇いっぱいに溢れた〇はまさに〇〇で、〇〇の様子がリアルに伝わってくる。〇まみれになった女優のだらしない〇〇〇にズームアップし、そこに追い打ちをかけるように〇〇が注ぎ込む〇〇〇〇! 〇〇〇! そして一気に〇〇! 〇〇〇が〇するときの〇チュ〇チュという音だけでも〇〇が〇しそうである。最初は戸惑っていた女優も、途中から〇〇したらしく〇から〇〇を垂らしながら〇〇〇を〇〇〇〇させ、最後には〇〇の〇〇を勢いよく〇ッと〇〇〇までしており、企画に対する〇と〇〇を感じた。全人類にお〇〇〇したい動画。特に〇〇の〇〇〇〇を求める人には、確実に〇〇〇が〇〇すると約束できる。〇〇〇でなくても、〇〇を〇したい! 〇〇〇〇を見たい! という人は、ぜひこれを〇〇してほしい。今年のベストスリーに挙げたい〇〇!」
ユニコーンが実在するのか、ただ馬の額に角をつけてユニコーンと主張しているのかは知らないし、動画を観ようとも思わなかった伊織は、すらすらとレビューを書き上げ、契約会社のチェックを受けたのち、CMMビデオに投稿した。このなんにもわからないレビューは、たちまちそういうのが好きな人間たちに注目され、トップレビューの座は伊織のものとなった。その結果を今さら確認することなく、伊織は次の動画を探し始めた。検索ボックスにオンディーヌかバハムート、それか〇〇〇〇とでも入れてみようか。伊織が〇〇すると、呆れたことに条件に〇〇する〇〇が見つかった。人間の果てしない〇〇がそこには〇〇しており、この〇〇ならしばらく伊織の〇〇は〇〇〇しそうであった。