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フラれた日のこと

バカみたい。バカみたいだ。
22時04分の都営新宿線の電車の中。
さっきの光景が頭にこびりついて、離れない。

朝ごはんに食べたご飯茶碗を昼に洗おうとした時に、なかなか落ちない米粒のように。
スポンジで擦っても、爪でこそぎ落とそうとしても落ちない。
爪の間に入ってきて、痛い。


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「これ言うの迷ってたんだけど、言うね」


渋谷駅。
JR改札の前。
私の心拍数が上がる。

"俺たちやり直さない?"

恥ずかしそうに言う彼の、その言葉で私はほっとして、嬉しくなる。
私の想像の中では。

「俺彼女できたんだよね」
その言葉はあまりに残酷で、自分に深く深く突き刺さった。

別れて5ヶ月、久しぶりにあっちから誘ってきて、さっきまで一緒に居酒屋でお酒飲んでたのに。
酔いが回った熱っぽい視線でお互い見つめあって目を逸らしたのに。
私のことをかわいいって言ってたのに。
ゲームセンターで取れるはずのないピカチュウの特大クッションを2人で笑いながら取ろうとしたのに。
カラオケでバックナンバーのクリスマスソング歌ったのに。

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電車のドアが閉まる音でふと我に帰る。
乗ってる車両は人が少なくて、私の前には誰も座っていない。
目の前の、真っ黒な電車の窓に、かわいい服を着て、普段は巻きもしない髪をアイロンで巻いた私が映っている。
待ち合わせの前のトイレの中ではあんなに可愛く見えたのに、よく見るとボサボサだ。
綺麗に巻いたつもりで、結局上手く巻けてなかったんだ。

ケータイを内カメにして自分の顔を見てみる。
グラデーションにしたはずの瞼の周りにはラメが散らばっているだけだ。
滲まないはずのアイラインは跡形もなくなってるし、頬には汗が零れ落ちている。

変だな、冷房効いてるのに汗が止まらない。
視界がぼやけてくる。
ジュワッと熱い何かが右目から溢れる。
他の人に見えっこないのに、私はそれを思わず隠す。

"大丈夫"
"なんてことない"
"気にしてない"

そんなふうに思うのに、手のひらにそんな言葉を埋め込んで、必死に目から流れるものを押し戻したいのに、

溢れるそれは、
「惨めだ」
「悔しい」
「寂しい」
「後悔」
「辛い」
「喪失感」
「嫉妬」
が凝縮されて、流れて、流れて、止まらない。

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"私も、別れてからあなたのことが忘れられない"

喉まで出た言葉を押し戻して、

「彼女がいるなら女と2人でサシ飲みなんてダメだよ!ほら、帰った帰った〜」

息を吐くように嘘を吐いて、彼の背中を改札の中へと押し込む。
私の押し込む手を、まだこちらに名残があるように押し戻す彼の身体を感じた。地面を見ている私の目は彼と見つめ合えないけど、振り帰ってこちらを見る彼の視線を感じた。

一瞬の期待。
一瞬泣きたい。

振り切るように、もっと強い力で、歯を食いしばって彼を押し込む。
お願いだからあっち行って。
もうこっち来ないで。

彼の視線があっち側になる。
私に背を向けて歩き始める。

やっとだ。
私も背を向けて、自分のホームへ向かう。
今振り返ったら何か変わるかな、目が合うかな。
さっきのは嘘だって、やっぱり好きだって、私が欲しい言葉をくれるかな。


5歩くらい歩いて、そっと振り返ったら、彼の姿は雑踏に消えていて、もうそこにはさっき2人がいたはずの改札しかなかった。




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