ジレンマ
「貴方にとって個性とはなんですか」
就職活動。似たようなスーツを着た大学生がずらりと並ぶ。
髪は顔に掛からないようにピンで留めること。
髪が長い場合は、なるべく低い位置でひとつに結ぶこと。
それまで後頭部の半分以を上刈り上げ、赤髪、青髪、銀髪…
いわゆる「派手髪」と言われる髪型しかしてこなかった私は、就職活動に相応しい髪型の正解がわからなかった。
刈り上げていたショートヘアをなんとか肩まで伸ばしたものの、
どう処理して良いかわからずに、コメカミの位置でまとめてハーフアップにした。
どんなヘアゴムが良いのかすらわからず、選んだのはサテン生地のリボンがついたヘアゴム。
なんとなく清楚っぽさが出るのではないかという淡い期待を、そのリボンに託すことにしたのだ。
「これまで派手な髪型と髪色で、人と違う服を着て、
それが自分の個性だと思っていました。
でも、こうして就職活動をする中で、皆と同じスーツを着て、
当たり障りのない髪型をして、
私の思う『個性』は奪われることになりました。
それでも、私は私以外の何者でもありません。
個性とは、衣類を脱ぎ捨て、すべての髪を刈り、
例えばこの皮膚を剥いだとしても、残るもののことだと思います」
全く似合わないサテン生地のリボンでハーフアップをした女が、めちゃめちゃ“ぽい”ことを言ったからか、面接官は少し驚いた顔をしていた。
「個性とは外見的要素をすべて剥ぎ取ってなお残るもの」。
そうだ。個性というのは内面に由来するものであり、外見なんていうのは取るに足らない。
その日のうちに、採用担当者から電話があった。
広告系のベンチャー企業だった。
最終面接まで工程を飛ばして、内定を出すという内容だった。
10月1日。内定式を終えた私は、すぐに髪を金色に染めた。
前髪に紫を、後頭部にピンクを、コメカミに緑をポイントカラーで入れた。襟足はもちろん刈り上げ。
実は、グループ面接で“ぽい”ことを言っていたあの瞬間も、
私の髪色は正確には黒ではなくアッシュグレーだった。
皆が就職活動に向けて黒染めをする中、
最後の悪あがきで「ギリギリ黒に見えるアッシュグレーにしてください」とオーダーしたのだ。
クソダサい。
それならいっそ金髪で面接を受けるくらいの尖り方をしてほしい。
そもそも私はバンドで売れたかった。
でも「バンドで食べていくから」というほどの度胸はなかった。
ダサすぎる。
ちなみにベンチャー企業の内定は辞退して、安定した代理店に就職した。
福利厚生が充実していたからである。
最初から最後までクソダサい。
ダサいの権化と言っていいだろう。
この世に馴染みたい。
でも、馴染めない。
馴染みたくない。
特別でいたい。
普通になりたい。
そんなジレンマをずっと抱えて生きている。