やっぱりこの2人でなきゃと思わせる一冊
ポアロシリーズ6作目『邪悪の家』。
この作品もタイトルは知らなかった。ただ、家(館)というタイトルからは何となくミステリーの定番である館ものを想像させるなという印象。
ところが蓋をあけてみると、館の要素はそれほど感じられず、タイトルになるほどの存在感はない。それでも今回は読後の満足感が強かった。これはひとえに、私の大好きなあのコンビが復活していることにあるだろう。
※ネタバレは極力控えているので核心に触れるような内容はありません。
未読の方も気にせず読んでいただければと思います。
ポアロとヘイスティングズのコンビ自体は4作目の『ビッグ4』にも登場するが、あれはなんというか別枠扱いなので久々に2人が揃った、という印象だ。
冒頭から2人のやりとりに引き込まれる。少し強気なヘイスティングズに、尊大ながらもチャーミングさの隠しきれないポアロ。2人ともとにかく可愛い。本気でこのおじさんたちのやりとりを永遠に見ていたいと思う。ホームズとワトスンのようなスマートさはないが、どこかコメディーチックで愛嬌たっぷりの2人が愛おしくて仕方ない。
どうやらヘイスティングズは、アクロイド殺しと青列車の秘密の事件に自分が携われなかったことを後悔しているらしい。そうですよ、あなたがいなくて私も寂しかったんだからと思わずツッコミを入れたくなる。
それくらいポアロの相棒としてヘイスティングズの存在は大切なのだ。
ストーリーは比較的シンプルで、派手さはない。けれど、プロットが作り込まれているので要所要所でしっかり騙されるし、どんでん返しにはあっと言わされる。犯人がわかった瞬間、声を上げたのは久しぶりかもしれない。それくらい意外性があった。
クリスティーは鍵をストーリーの中に隠し込むのがとにかく上手い。さながらマジシャンのようだ。鍵自体はしっかり提示しているのに、ダミーに意識を向けさせておいてしれっと混ぜ込んでいる。後から考えてみればたしかに提示されていたし、違和感を持ってもおかしくないはずなのにその時は気づけない。悔しさと共に、上手いなぁと感心せざるを得ないのだ。今回もまんまと騙された。
しかも今作品の特徴として、読者に「ほれ、あなたも考えてごらんなさい」と言わんばかりに犯人候補リストが載せられている。これによって傍観者的な一読者だったはずが、いつのまにか新米探偵として犯人の目星をつけていくことになってしまうのだ。しかし、このリストに乗っ取って犯人を自分なりに考えるという試みが、結果的にこの作品を何倍も面白く感じさせたのではないかと思う。
そもそもどんでん返すためには、予定調和を大きくひっくり返す必要がある。これは言わずもがなだが、そのためにはまず読者もこの人が犯人かもしれないという目星をつけて、当事者意識を持って読み進めておく必要がある。遠いところから、傍観者としてみているだけでは最後にどうひっくり返ろうとふーん、なるほど。とちょっとすまして見てしまうだろう。それが、曲がりなりにも犯人を推理していたら、え!?そっちなの!?と大きく覆される瞬間になんとも言い難い悔しさと面白さが押し寄せてくるのだ。もしかすると、正解を当てにいくより思いっきり外した方が面白いのかもしれない、とさえ思う。
これこそがミステリーを読む醍醐味なのではないか。
ポアロシリーズを8作品読んでみてようやく気づいた。随分遅い気づきかもしれないが、このお陰で次回作以降私はもっとミステリーを楽しむことができると確信している。
作品を重ねるごとに、ポアロとヘイスティングズのお家芸的な掛け合いとストーリーそのものの面白さもどんどん増しているので、7作目も楽しみだ。
最後に自戒も込めてポアロのこの言葉を。
ヘイスティングズ、きみにはもっとも“らしくない”人物を選ぶ傾向があるな。探偵小説の読みすぎだぞ。現実では、十中八、九、いちばん怪しくていちばんそれらしい者が犯罪を行なうんだよ。p.161