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『人生の秋に』ホイヴェルス

『森のない民は気品ある沈黙を忘れる』

以前Voicyを聴いていると
ホイヴェルスという方のエッセイを
紹介されていたので買って読んでみると、
これがおもしろい。
気骨があり、ドイツ人が書いた本とは
思えない文体に驚かされる。

ちなみにこの方は大正時代に
日本に来られ、上智大学で教鞭を取って
いた方で、カトリックの神父でもある。
日本の古典にも造詣が深く、最上のわざという
詩は好んで引用される方も多い。
なので今回は自分の読書メモを兼ねて
別の詩を書き残しておきます。

彼の同僚に哲学の教授がいました。
その先生が中国へ行く前に
祝いの席で送ったホイヴェルスの詩です。
日中戦争の最中、日本へ一時帰国
したその哲学の教授は郷愁にかられ
また中国へ行くことを決意します。
その時の送別会の壇上で皆んなの笑いを
誘うことを念頭に神父がこう詠みあげました。

支那の森 
p教授の送別にあたって(一九四二年)

君は日本に来て わずかに一年
はやくもまた 支那へ帰らんとするのか
ああ、支那の苦しみをふやさないように!
そして支那で成功できると思うな 

どうしても君が支那に帰りたいのなら
全く新しい方法でその国を掃き清めるがいい
あらゆる災難の根源を掘りさげよ
そのためなら 私も調べて君を助けよう

いったい 多くの支那の困難は
どこから来たのか?
おそらく そのある部分は儒教による
ものもあろう
孔子でさえ 彼の偉大な言葉をもってしても
かの不幸をくい止められなかった

だから君は まず言葉を放棄せよ
そこで強く運命の手綱を握れ
覚えよ 恩寵は自然にもとづくことを
被造物もまた たくましくあらねばならぬ

だから恩寵をより豊かに享受するために
被造物はまず栄えるべきものなのだ
世に恩寵の しばしば貧しく見えるのは
あわれな本性に縛られているためではないか

ゆえに君は 哲学を教える前に
民に もっと必要なものを教えねばらなぬ
支那にとって最も必要なもの それは森だ
森を持たぬ民は拠り所がない

森を滅ぼす民は
それだけでも神と世界の前に恥ずべきものだ
やさしい森の風が吹かないなら
神は どうしてそんな国を好んで散歩されようか

森のない民は 気品ある沈黙を忘れる
敬いも うるわしいお辞儀も忘れて
すべてはお喋りの むなしい鈴の響きになる
人は報酬なしに何事もしない

森のない民に おとぎ話の夢は凋(しぼ)み
その魂から故郷の地は消えうせる
人はもはや 大自然の深みを予感できず
自分が被造物であることを感じない

足下に郷土を失った国で
哲学研究とは いかに愚かなことか
まず これより五十年の君の活動は
中国の中の新しい森づくりだ

どうして君たちは教会法の研究などに
煩わされているのか!
まず その国の生命の泉を生かせ
信じることを欲するものには
空地にまず りんごの若樹を植えさせよ

こうしていずれ君は 支那人のモイゼとして
選ばれた弟子たちに囲まれ
はるかに山から支那の森を見おろすとき
神のパイプオルガンのいかに力強く響く
かを聞くだろう

その時君は 安らかに死ぬがいい
神は天国に よろこんで君を出迎え
君に感謝されるだろう
君のおかげで(かの歌は)支那にも響くのだ
-なつかしい神は森の中をお通りくださる

ホイヴェルス随想選集
人生の秋に 春秋社  
ヘルマン・ホイヴェルス


そのやわらかな物腰と気概ある精神で
多くの日本人の心を支えたのでしょう。
嘆きたいときに、よりそってくれる
そんな一冊でした。

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