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吃音改善と認知行動療法③~暴露療法(エクスポージャー)~
はじめに
以前の記事で認知行動療法の基本とコラム表まとめました。
認知行動療法は、不適切な思考や信念を特定し、それらをより現実的かつ機能的なものへと再構築することを目的としています。吃音においては、発話に対する恐怖や不安を和らげ、自己受容を促進するために特に有効です。この記事では、認知行動療法の実践的なワークの1つである暴露療法(エクスポージャー)についてまとめていきます。
暴露療法(エクスポージャー)とは
暴露療法は、不安にさらされていると次第に慣れていくことを利用した治療法です。詳細は下記引用文参照。
何かの刺激によって不安が生じた場合、その刺激を回避することによってかえって不安が慢性化したり、悪化したりすることがあります。不安の発生要因は「刺激」ですが、慢性化や悪化の要因は「回避」なのです。このような場合には回避を中止すること、すなわち刺激に自然に触れることが有効です。この逆説的な治療がエクスポージャー療法で、多くの不安症において極めて高い効果が報告されています。負担を軽減するために、治療者が同伴して、安全、安心を保証しながら、段階的に現実の事物や過去の記憶といった刺激に触れます。そして、触れても大丈夫だったということを話し合って確認します。こうして、刺激に触れても過剰な反応を生じることがなくなり、日常生活での予期不安や過剰な回避による行動の制約が減少していきます。不安症やPTSD、強迫症に用いられます。
たとえば、犬に対して極度の恐怖を持っている人の場合、犬との安全な接触を段階的に増やすことで、「すべての犬が危険」という認知が現実とは合わないものであると認識することができるようになります。
大勢の前で話すことに対する不安がある人に対しては、小さなグループでのプレゼンテーションから始めて、徐々に大きなグループへと段階を踏んでいくことで、恐怖が和らいでいき、望む行動が取れるようになっていきます。
暴露療法(エクスポージャー)の仕組み
不安障害や恐怖症の多くは、過去の経験によって無意識のうちに「恐怖がインプットされている」結果として発生します。
暴露療法では、患者を安全な方法で恐怖の対象や状況に暴露し、その経験を通じて恐怖反応が徐々に減少するように「新たなインプットを定着」させていきます。
治療を効果的に行うためには、不安を感じる状況を恐怖の度合いに応じて階層化することが一般的です。この「不安階層表」(次の記事にてまとめます)を作成した後、最も不安が少ない状況から始めて徐々に不安が強い状況に向き合っていきます。
暴露療法を通じて、恐怖の対象や状況に関する認知を再評価し、より現実的で合理的な理解へと認知を修正していきます。この認知の変化は、恐怖の感情だけでなく、その対象に対する思考や態度にもポジティブな変化をもたらします。
暴露療法(エクスポージャー)のやり方
1. やりたいことリストを作る
実際に達成したいが恐怖や不安のために避けている活動を明確にします。
これにより、治療の具体的な目標が設定されます。
やり方
リラックスした状態で、やりたいことや達成したいことのリストをじっくり作成します。
例
・大勢の前でスピーチをすること
・飛行機に乗ること
・特定の社交の場に参加すること
2. リストがなぜできないのか、どんな偏った認知があるか考える
自身の認知の歪みや不安を引き起こす根本的な思考を理解し、それに挑戦するための準備をしていきます。
やり方
リストアップされた各活動に対する恐怖や誤った認知を特定します。どのようにしてこれらの活動を避けてきたか、どのような思考がそれに影響を及ぼしているかも考えます。
例
「大勢の前で話すことができない」という思考は、「話すときに周りの人は私を笑うだろう」という恐怖に基づいているかもしれない。
3. ブレインストーミングを行う
恐怖を克服するための可能な解決策や戦略を考えます。
やり方
恐怖に対処するためのさまざまなアイデアを考えます。
例
人前で話す恐怖を克服するためには、まずはビデオ録画を見ながら一人で練習する、次に信頼できる友人の前で話す。
4. アクションプランを考え、実践する
具体的な行動計画を立てることで、実際に恐怖と向き合い、それを克服していきます。
やり方
ブレインストーミングで出たアイデアから、具体的で実行可能な行動計画を作成します。小さな成功体験を積み重ねることで自信を付けていきます。
例
最初に家族の前で話し、次に友人グループ、そして小規模な会議と段階を踏んでいく。
5. 行動後にアクションプランを検証する
行動計画の効果を評価し、必要に応じて調整します。
やり方
計画に従って行動した後、その経験を振り返り、何がうまくいったのか、何がうまくいかなかったのかを詳細に分析します。
例
会議で話した後に、その時の感情や反応を記録し、どの点が自信を持って行えたのか、どこがまだ改善が必要かを評価します。
6. 不安階層表を使う
不安が強い場面に挑戦することが難しい場合、不安階層表を用いて徐々に恐怖に慣れていきます。
やり方
不安を感じる状況をランク付けし、この表に従って治療を進めます。各ステップで感じる不安のレベルを記録し、進捗を確認します。
例
飛行機への恐怖がある場合、まずは空港を訪れる、次に実際の飛行機を見る、その後短い国内線に乗るなど、段階を踏んで治療を進めます。
吃音当事者での暴露療法の適用例
次に吃音当事者での適用例も考えていきます。
1. リストがなぜできないのか、どんな偏った認知があるか考える
大勢の前で話すことに対して持つ不安や恐怖についての認知を考えていきます。
例
「私が話すとき、みんな私の吃音に注目し、何を言っているのか理解しないだろう」という認知。
「失敗すれば、周りの人たちに笑われるかもしれない」という恐怖。
2. ブレインストーミングを行う
可能な解決策や戦略を探り、具体的な方法を考案します。
例
吃音に対する理解してもらうための情報を提供する。
話す前にリラクゼーション技術を用いる。
最初は小さなグループで練習する。
3. アクションプランを考える
例
まずは信頼できる小さなグループでの発表を行う。
フィードバックを得ながら、次第に聴衆を増やしていく。
ビデオカメラを使用して自己評価を行う。
4. 行動後にアクションプランを検証する
例
周りの人の反応を確認し、事前に想像していた問題が発生したか評価する。
吃りやすい部分について、対策を考える。
5. 不安階層表を使う
目的
不安や恐怖を具体的に管理し、徐々に大きな課題にチャレンジするためのものです。
例
1段階目:ビデオ録画の前でのみ話す。
2段階目:信頼できる友人5人の前で話す。
3段階目:職場の会議で話す。
4段階目:イベントでの発表。
以上のように段階的に不安を管理しながら、最終的には「大勢の人前で堂々と発表できるようになる」という目標に近づいていきます。
まとめ
暴露療法は、吃音を含む多くの不安障害の治療に有効なアプローチです。この方法は、恐怖と直接向き合うことによって、恐怖を乗り越え、より自由な社交生活を送ることを可能にします。
暴露療法の利点
恐怖の克服: 暴露療法は、不安を引き起こす状況に段階的に慣れることで、恐怖を徐々に減少させます。
自己効力感の向上: 小さな成功を重ねることで、自己効力感が向上し、自信を持って新たな挑戦に取り組むことができるようになります。
認知の再構成: 暴露療法を通じて、誤った認知や恐怖に基づく思考を修正し、より現実的な視点を得ることが可能です。
参考
1)e-ヘルスネット エクスポージャー療法
2)厚生労働省 うつ病の認知療法・認知行動療法 治療者用マニュアル