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もうちょっとあっち側




駅前でバイバイと手を振ったあの日が
君とさよならをした日だったのだと、
その日から3日経って気付いた。

最後のあの日のデートは君の行きたがっていた植物園で、ケニアから届いたばかりと言うドーム型の多肉植物を、座り込んでじっと見ている君のポニーテールを作った後頭部を見下ろしていると、それはまるでどこか別の星から届いた未知の植物のように見えた。

もうちょっと寒い時期に来てたらちょうど良かったのにねと温室で汗ばんだ額にハンカチを当て、僕の目を見ず、じゃあサボテンコーナーに進もうかと言って君は次のドアをそっと開き、開いた先に広がる無数のサボテンの中をずんずん一人で進んで歩いた。

恋人同士として一緒にいた頃
僕は君が
どこまでならいいのか
どこからが駄目なのか
皮膚よりも1ミリ外側にある君を常に包む薄い膜を、破れないよう守るべきか、引きちぎって抱きしめるべきか、いつも一人で悩んでた。


サボテンに恐る恐る指を触れ、やっぱり痛いねと言いながら、その日初めて僕の目を見て君が笑った。


さよならと言わずにさよならをしたけど、さよならと言いながら手を繋いだりキスをしたり笑い合ったりしていた事は二人の間で筒抜けで、一人一人でしらばっくれた。



植物園の最後のコーナーにあったバオバブの木を二人で見上げて、星の王子様のやつだよとか、絶対夜に動いてるよねとか呟きながら、君を包む膜が消えて行くのが分かった。
君を包む膜は、僕の言い訳で成り立っていて、僕自身を正当化する為に自ら作り上げたものだった。
君とは今日が最後かもしれないと、地球に降り立った巨大宇宙人ようにそびえ立つバオバブを見上げながら、はじっこで覚悟した。


君とあれ以来会ってないし
もう約束をして待ち合わせすることも
決してない。

たとえどこかでばったり会ったとしても、
二度と君には会えない。
君に会えたことなんて、
本当は一度もない。

でももし仮にどこか別の、バオバブが沢山生える乾いた赤土の星とかでまた出会えたら、地球では重くて投げ捨てれなかった装備を脱ぎ捨てて、君を知った僕のまま、迷わず抱きしめたい。
怖がらず抱きしめたい。
一人はずっと怖かったよと
泣きじゃくって抱きしめたい。


夜に見上げる星座の、
その星はいつも
もうちょっとあっち側に、永遠に存在する。







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