一番お金がなかった時に
一番お金がなかった時に、君と出会った。
君が行きたがったレストランやテーマパークはあの頃の僕には到底、割り勘でさえ叶えてあげることは難しかった。
広くてたくさん木の生えてる公園とか図書館の中庭とか、だからそういう場所に毎回君を連れて、スーパーで買ったショートケーキを二人で分けて食べた(ケーキはコンビニよりスーパーの方が安い)。
図書館の中庭のベンチに座って食べてたら、スタッフの人からここで食べ物を食べてはいけないと怒られて、慌てて片付けて逃げるように出て行った先の駐車場の片隅で二人、大笑いして見つめ合ってなぜか泣きそうになって涙を塞ぐように急いでした苦しいキス。
バイトの給料日に風呂好きな君を喜ばせようと仮眠室の付いてるスーパー銭湯に連れて行って男女別々の場所に引きちぎられる時間の多さに自分のツメの甘さを呪ったサウナの熱気。
僕が裸になって一緒にいたいのは妙に肌ツヤの良いおじさん達じゃなくって君なんだよと、煮えたぎった体で飛び込んだ冷や水。
ふてくされてしまった湯上がり。
そんな僕に困りながら、しょうがないでしょと言ってすぐ、堪えきれずに笑い出した君の浴衣姿。
思い返したら全てのデートは隙間風だらけで、やぶれかぶれだった。
やぶれかぶれのなか二人、つくろう事もせず、入り込む隙間風は都合のいい接着剤だった。
一つの駅に降り立ってどこに行けばいいか分からないまま、いくつもの橋を手を繋いで渡ったかつてのあの場所を、少しは生活に余裕の出来た現在の僕が車で素早く通り過ぎる。
どこに行けばいいか分からずさまよっている揺るぎない二人を、確固とした目的地に向かう虚ろな僕が一人で追い越す。
お金がなかったから駄目になったんじゃないと、それは分かってるけど、でも少しはお金があったらどうなってたんだろうと、長い信号を待ってる間にハンドルを握り締めながらたまに考えてしまう。
君の為だけに振り切れることが出来ていれば。
とっとと就職してれば
さっさと見切りを付けてれば
自分自身の可能性に夢見ていなければ、
だったら僕と君は今ごろあの橋を、追い抜く若い二人を、車の中から懐かしいねと笑いながら、柔らかく走り抜けてたのだろうか、分からない。
目の前の信号はまだずっと赤いまま。
一番お金がなかった時に君に出会った。
君が寒いと言うからジャケットの中に君を入れて橋の上で二人はしゃいでたら、自転車に乗ったお爺さんに邪魔だとめちゃくちゃ怒鳴られた。
あの頃二人そろって
よく怒られたり怒鳴られたりしてたのに、
怒られたり怒鳴られたりすればする程、
二人の世界は無敵に思えた。
誰にも譲れない奪えない世界の、
たった二人の住人。
世間から排除されればされる程
行き場をなくせばなくす程、
二人の世界。
信号は青になってしまった。
アクセルを踏んで進行方向に進まなければ、交通網に支障をきたしてしまう。
安全にスムーズに、周りに合わせて走り出さなければ。迷惑かけず、譲り合いながらも見下されないように。
断じて言うけど、あの頃の僕自身には絶対に戻りたくない。
今の僕の生活に不満なんてない。
行きつけのレストランでゆっくりワインを楽しむ事も出来るし、行きたいとは思わないけどテーマパークだってチケット代くらいは気軽に払える。あの頃夢見ていた職業にもなんとか就けている。
でもふと
あの頃の二人を道端で追い越すたびにふと、
車から降りて行き先を捨てて立場を捨てて
僕さえ捨てて、
困りながらも幸せそうに笑ってる君のもとへ
走り出したくなる。
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