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僕は君のシャンプーになった





君のシャンプーに、今夜なった。

君の手のひらでモコモコに泡立ちそのまま柔らかな髪にダイブした瞬間はテンションが上がった。

君の髪の毛とお湯とバスタブの匂いが一丸となって僕を包み込んで突き刺したら、穏やかで不自由な泡の完成。

意外に強い力でガシガシ頭皮を洗っていく君。
そんなに毎晩、残された力を振り絞るように髪の毛を洗ってたんだね。
君から振り落とされないように必死で張り付きながら僕は君から突き上げる力強い振動を始めて目の当たりにする。

初めて二人で遊んで駅前で別れたあの夜も
僕が君のベッドで爆睡してた真夜中も
細い十本の指先にその日一日分のやるせなさを託して、最後の力を頭皮に注いでたんだと思うと切なくて、なんか腹立たしい。

今夜くらいは僕が君の代わりに力一杯髪の毛を洗ってあげたいんだけど、
ごめんね
僕今、ただの泡なんだ。
君の髪の毛から浮き出た汚れを吸着するのが関の山で、そこには重い荷物を持って手を差し伸べるような確実な実行力は、もう授かってないんだよ。

柔らかな毛束が波打って
弾かれそうになったり潜り込んだり。
されるがままのようでいて
望むところだよ、よく泡立つし。


ストイックで夢見がちな建築家が設計したような君の緻密なキューティクルの隙間に入り込んで、静かにDNAを書き換えようか。
君の悲しみの根源すべてを螺旋階段のようにぐるぐる水に洗い落とせるように。

だけどそんな無責任なことはもう出来ないから
せめて今日一日分の汚れを吸着して、僕もろとも。




あの夜
僕が
もう二度と会わないでいようと言った
あの夜も君は
こんなふうに力を振り絞ってその日に決定された僕達の別れを、自分自身の頭皮に刷り込むように、ガシガシと細い指先で力一杯洗ってたの?

僕はあの夜、なんか疲れ果ててシャワーも浴びずに寝ちゃったんだけど、君が普段から見せてた髪に対する執着を考えるとそんなことは許さないだろうし。

情けないことに泡になって君の髪の毛に張り付いている方が、二人で裸になって抱き合ってた時よりもずっと、ずっと君の事を細かく労われてる気がする。


でももう本当に最後だね。
君がシャワーに手をかける。
僕はこれから、僕の大好きだった君の肩甲骨を滑って排水溝に流れる。

少なくとも別れたくて別れたはずなのに
毎日さみしくて。
でもそのさみしさを辿って行っても
もう君に辿り着かないんだよ。
もうずいぶん前から。
だから別れなきゃと、決めたんだよ。

じゃあね。
君から洗い流されるね。
存分に、洗い落として欲しい。



一つだけ後悔してるのは今夜のこと。
どうせなら、シャンプーじゃなくてボディソープになっとけば良かった。
ほら、別れてよかったでしょう。
僕なんてこんなもんなんだよ。










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