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あの子と漂流




あの子が手作りのアメリカンドッグを食べたいと言ったので僕は今台所に立って人生で初めてアメリカンドッグ作りに挑戦している。

ソーセージに竹串を刺してバッドに並べる。
「料理得意なの?」
とあの子に聞かれ、まあ普通に、と返したのはいつだったっけと考えながら、僕は串に刺さったソーセージを卵で溶いたホットケーキミックスの中に従順に漬け込む。

「アメリカンドッグ食べてる時って、無人島に自分一人だけが住んでるって気分にならない?最強!みたいな」
あの子は楽しそうに僕にそう言った。
それで僕は今、ホットケーキミックスを被ったソーセージを180度の油に投入している。

友達を交えて初めてあの子と遊んだ日、待ち合わせ場所で目が合ってすぐ顔を逸らされた瞬間は少し苦手かもと思った。
夕方にじゃあねと皆んなで別れる時には、目が離せなくなってた。

鍋の中のアメリカンドッグがこんがり色付きぷっくり膨れてきた。油のめちゃくちゃいい匂い。

あの子は僕をどう思ってるんだろう。
掛け値なしに好きとかなんとなく気になる、なんていう事より、もうちょっとこう、ポイント制というか、トーナメント式というか、要するにスコアがあるのだ。あの子独自の。僕には見せてもらえないスコアが、多分。

こんがり揚がったアメリカンドッグを網で静かに掬い出す。
彼氏はいないと、言っていた。
確かいないと、言っていた気がする。
アメリカンドッグがいなくなった鍋の中で、濁った油がグツグツゆれる。



ずいぶん前にラジオで
ローリングストーンズの曲が好きなんじゃない
ローリングストーンズの曲だから好きなんだと
音楽ジャーナリストなる物が熱く語っていた。
そうなったらもう完全に自分は
ローリングストーンズの餌食だと
あいつらの勝ちだと
嬉しそうに語っていた。

当時は全然分からん、ちゃんと仕事しろと思ったけど、今ならめちゃくちゃ共感する。
思考放棄スレスレの癒着。
ジャッジより前にある降参。
ようするに最悪あの子じゃなくても、
あの子ならばいいのだ。
ああ余計分からない説明になってしまった。
ジャーナリストも俺の名言に余計な事をと思うだろう。
でも余計なこと、それが恋。
あのジャーナリストなら分かってくれるはずだ。

あの子は僕に
手作りのアメリカンドッグが食べたい
と言っただけで、
アメリカンドッグを作って持って来て
とは言ってない。
絶対に言わない。
絶対にそんな言い方はしない。
その時点ですでに僕はあの子の奴隷だ。
ローリングストーンズが放つ音の前では、理屈まみれのプライドなんて邪魔でしかないのだ。



今回もあの広くて気持ちのいい公園で待ち合わせしている。今日の2時、噴水前のベンチ。
先週は「ホワイトチョコのブラウニー」だった。
その前は「サーモン多めのちらし寿司」。
前日から下準備したそれらをあの子はおいしいね天才だねと言いながらぱくぱくたいらげ、ごちそうさまと笑顔で(バカ可愛い)言って次に食べたい物とその理由を述べてすたすた去って行く。
今回は食べた後公園一周くらいは、してみたい。

ケチャップをミニボトルに入れて蓋を締める。
今回はなんか、手応えがある。
今回はなんか、手応えがある気がする。

今日の2時、噴水前のベンチをボートに、アメリカンドッグを食べると無人島に飛んでしまうあの子に引っ付いて、僕も一緒に漂流したい。













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