雨の日にこいだ道
サキコは朝学校に出かける。
その日は雨が降っていた。
雨かぁ…
カッパを着る。
朝から30分自転車をこぐ。
冬の朝。
しかも今日は雨が降っている。
お天気では仕方がない。
自分の都合ではないのだ。
これから悴むであろう小さな手でハンドルを握る。
出だしは順調だったがカッパが大きすぎて時折フードで前が見えない。結構な雨で視界は悪い。
縁石の内側を自転車で走る。縁石の外側には白線はあったが命の危険にさらされる幅である。
※現在の交通ルールでは自転車で歩道は走れない
半分くらい来た頃だっただろうか?
前から傘をさした自転車が来るのがわかる。
サキコの頭に〝すれ違うの嫌だな〟がよぎる。
どんどんどんどんその自転車は近づいてくる。
〝ちょっと停まろうかな?〟も頭をよぎる。
一旦停まることを考えると停まりたくない。
前カゴには重たい鞄、晴れた日だって一度停まって自転車をこぎだすのは大変なのだ。
そんなことを考えているうちにその自転車はもう目の前に来ていた。
傘がぶつかる!危ない!
と思ってブレーキをかけ縁石に左足をついた。
すると思いがけないことが起こる。
雨で濡れた縁石には晴れの日ではあまり存在が確認できない苔が生えていたのだ。
足をついた…
ではなくて状態は足をついたはずだったに変化する。
左足は不意打ちを食らって縁石の上をスライドしていく。
進行方向には大きな黒いダンプが見える。
左足は綺麗にスライドした後、縁石の外側の白線に飛び出す。命の危険にさらされる幅の白線の内側へ吸い込まれる。
自転車はバランスを失い車道側に倒れてくる。
向かいから傘をさして来た自転車の人はもうすれ違っていた。
私が倒れることには気がつかない。
一瞬車道に着地した左足を踏ん張って自転車を思いっきり押した。
自転車は歩道へサキコは車道へ
何かの標語みたいだが(笑
車道に飛び出したサキコ…ダンプは目前。
咄嗟に身体を薄く縮める!
左肘を引き寄せ出来るだけ薄く!
息を止める!
4トンの積載用のダンプが自分の身体の真横左側スレスレを走り抜ける。
水しぶきがかかる。
後続車は来ない。
息を止めたまま後ろを振り返る。
ダンプは止まる気配はない。
轢かれていないのだから止まらなくてもいいのだが、轢かれていたらこういうのが轢き逃げになるのだと思った。
ぷはッ!!息を吐く。
這って縁石の内側へ入る。
時間にすれば息を吐き出すまでに5秒ぐらいだろうか?
サキコの目からは熱い涙が出てきた。
冷たい雨とは対照的だった。
怖さで体が震えている。
早くて浅い呼吸をしていた。
横倒しになった自転車からは前かごに入っていた鞄が飛び出している。さいわい鞄は濡れないようにカバーをしてあったので中身の散乱は免れた。
ほんの数秒の出来事なのに、サキコにはとんでもない時間が経っているように感じられた。
しかも周りはとても静かだった…ように感じていた。
水溜まっている歩道でペタンコに座っていたら後ろから声をかけられた。
〔大丈夫ですか⁉︎〕
びっくりして振り向くとやはりカッパを着た女の人が自転車から降りて立っていた。
それはそうだ。
みんなが行き交う歩道を横倒しになった自転車とサキコが占領している。
〔すみません!〕
サキコは慌てて立ち上がって自転車を退かす。
その女の人は降りていた自転車を停めてサキコの鞄を拾ってくれた。
〔怪我はない?危なかったねー!〕
サキコの後ろから来ていたその人はどうやら一部始終を見ていたらしい。
〔自転車乗れる⁉︎〕〔▲○×◇?◽️!▽〕
なんだか色々心配してくれた。
コケた恥ずかしさが込み上げてくる。
〔気をつけてね!〕
サキコにそう言い残すと足早に行ってしまった。
サキコもやっと自転車をこぎ出す。
どこをどうぶつけたのかペダルを漕ぐたびにどこだかよくわからない痛みが足を走る。
サキコは自転車をこぎながら
〝生きてる〟
と思った。