手ぬぐいに描かれた「銭函金助」の世界~「鰊」の絵柄に込めた小樽の栄華~
南小樽駅から続くなだらかな坂道は “職人坂”と呼ばれ、昔から多くの職人たちが工房を構えていたそうです。この坂道の途中、少し奥まった住宅地にテキスタイルブランド「Aobato(アオバト)」の工房があります。
札幌千秋庵の板状かりんとう「銭函金助」の発売を記念したオリジナル手ぬぐいは、この「Aobato」の工房で誕生しました。
「一日千秋 編集室」は工房を訪ね、プリンターの小菅和成さんとデザイナーの岩本奈々さんにデザインから染色までのストーリーをおうかがいしました。
テキスタイルブランド「Aobato(アオバト)」について
― Aobatoさんの活動やコンセプトについておうかがいします
奈々さん:2017年に主人(和成さん)が独立し、「milvus(ミルバス)」という屋号の染物工房を立ち上げたことをきっかけに、2人で「染めの道」を歩み始めました。
和成さん:「milvus」というのはトンビの学名(Milvus migrans)からとった屋号で、「トンビの染屋」という昔話が由来になっています。
『ずっと昔、すべての鳥たちは真っ白で、トンビが染屋となり、鳥たちの要望に応えて様々な色に染めた』
そんなお話のように、「milvus」は作家さんからの要望(注文)を受けて染色をする工房として活動をしています。
奈々さん:そして「Aobato(アオバト)」というのは主人が営む染物工房「milvus」のオリジナルブランドという位置づけです。
「Aobato」は、小樽に住む鳥「あおばと」の視点になぞらえて、日々の中で通り過ぎるような何気ない北海道の景色を絵柄としてデザインしています。その絵柄の世界にはどこか“ゆとり”があるように…使ってくださる方の暮らしの中でデザインが完成していくことを意識して、手ぬぐいなどの布作品を制作しています。
染物の道を歩まれたきっかけ
― 奈々さんが染物のお仕事をはじめるまでの歩みをお伺いします。
奈々さん:私は子供の頃、よくチラシの裏に絵を描いて遊んでいて「将来は絵を描く仕事をするかもしれない」と思っていました。その他にも、布の端切れを集めるのが好きでしたね。今思い返すと子供の頃の遊びが今の仕事につながっていますね。
大学では広告のデザインを専攻し、その後、別の大学で科目履修生として版画を学んでいたときに主人(和成さん)と出会いました。大学卒業後はすぐに染物のお仕事に就いたわけではなく、映像制作会社のデザイナーとしてテロップを作ったり、15秒CMを作るお仕事をしていました。
そして結婚後、主人とともに小樽で染物工房を開いたことがきっかけで本格的に染物のお仕事をはじめました。基本的には「デザイン」と「染め」のどちらもやりますが、主に私がデザインをして主人が染めるというスタイルで役割分担をすることが多いです。
― 広告のお仕事をしていた時と大きく違うと感じていることはありますか?
奈々さん: 一番大きな違いだと感じるのは「お客様の反応を直接感じられること」ですね。
私たちの商品(染物)は手ぬぐいが中心ですが、お客様によってその用途は様々です。着物の半襟にしたり、手土産を包んだり、掛け軸として飾ったりと、私たちの想像を超えた使い方で楽しんでいただいています。このように、お客様のお話を直接聞けることが、すごく励みになっています。広告のお仕事をしていた時は、「広告を掲出するまで」をひとつのゴールとして捉えることが多く、お客様の反応を直接聞く機会はあまりありませんでしたね。
デザインを考える際には、いつも「これでいいのかな…」と自問自答しながら、自分で道を作って一歩ずつ進んで行く感じです。
私がデザインする手ぬぐいは、お客様の生活に入り込んで暮らしに寄り添うものです。私のイメージとしては80%くらいの完成度でお客様にお渡しできたらいいなと思っています。残りの20%はいわば「余白」で、お客様が思い通りに使うことによって100%になっていくのが理想的だと考えています。
― では、和成さんがプリンター(染物師)を目指したきっかけは?
和成さん:私は学生の頃、テレビで染物の職人を紹介する番組を見て「こんな世界があるんだ」と感じたのがきっかけです。子供の頃、「なりたい職業」ってあったりしますよね。私は美術や図画工作が得意だったので、職人の仕事は自分に向いているかもしれないなと思っていました。
その思いから、大学ではシルクスクリーンの版画や染色技法を学びました。大学卒業後は染物に関わる仕事がしたいと考えていましたが、いざ仕事を探してみると身近に染物の仕事がなかったんです。それなら思い切って色々な仕事を経験してみようと考え、料理人、木工職人、カメラのアシスタントなど、やってみたい仕事を全部やってみました。
― 幅広く仕事をされていたんですね。そこからどのように染物の道に進まれたのでしょうか?
和成さん:いろんな仕事していく中で、周りから「お前は染物をやった方がいい」と言われることが多くて、自分でも「確かにそうだな…」って。
気がついたら染物の職人になっていました。
― 自然な流れで、当たり前のようにこの仕事に行き着いたという…?
和成さん:そうですね。すごく自然に導かれて、気がついたらやっていたという感じです(笑)。
「職人は自分の手のように道具を使える」と言いますが、その人が道具を持っている姿が自然にその人に溶け込んでいて、その仕事をすることが当たり前のような感じなんです。
日本の「モノづくり」が世界で評価されているのは、技術だけでなく作り手の想いや感性に人々が魅了されているからだと思っています。
「呼吸のように自然で、当たり前に作る」というところにまでたどり着いた人が「職人」だと思いますね。
「銭函金助」とコラボをした経緯
― 札幌千秋庵とコラボをすることになったきっかけは?
奈々さん:札幌千秋庵さんが小樽の「中野のかりんとう」とコラボをした新商品を発売するというお話をうかがいました。商品名にも「銭函」という小樽の地名がついているということで、「小樽に縁がある作家さんにグッズの制作をお願いしたい」という内容でした。
和成さん: 札幌千秋庵の中西社長が小樽で活動する私たちを見つけてくださり、私たちの作品にインスピレーションを感じていただいたようです。
奈々さん:新商品「銭函金助」の世界観を広げていきたいということで、コラボ手ぬぐいを作らせていただきました。
オリジナル手ぬぐい制作のポイント
― 「銭函金助」の手ぬぐいのデザインは、どのように着想されましたか?
奈々さん:札幌千秋庵さんの店舗責任者の方から、「銭函金助」が誕生した背景をお聞きしました。
そこで私もデザインを考案するにあたって、当時の歴史を紐とくことから始めました。
「銭函が鰊漁で栄え、漁家の前には銭箱が置かれていた」…その光景をイメージして、「豊かさを表現するにはどうしたらいいのか…」と、あれこれ思案しながら『銭が舞う図案』を何パターンも描きだしました。
奈々さん:「銭が舞っているけど、銭の主張が強すぎるといやらしくなる。欲深い感じにならないように気をつけながら、豊かさを描きたい…」と、考えを巡らせているうちに、「やっぱり小樽と鰊は切っても切り離せない。豊かさを鰊で描けたら…」と閃いたんです。
和成さん:「銭」が降り注いでると、一般的にはあまり良い印象にならないことが多いですよね。悪いイメージにならないように…そこを工夫しています。
奈々さん:最終的に、鰊を前面に表現した図案をいくつか提出して、札幌千秋庵さんに選んでいただきました。それがこの手ぬぐいなんです。
― 制作の過程で一番苦労したところはどこでしたか?
奈々さん:実は、染色の時に「銭函金助」のロゴをきれいに出すことに苦労したんです…。染める時の力加減というものがあって、この文字を布地に刷ることが難しいんです。刷り込んだ後に染料がだんだん滲んでいくと、もともとのデザインの印象が変わってしまいます。
白地にロゴを刷り込むのは比較的きれいに仕上りますが、今回は浅葱色(あさぎいろ)を刷り込みロゴの部分は地色の白で表現しています。
銭函金助のロゴは細かい「かすれ」や「はね」があるので、上手に布地に浮かび上がらせるところに苦労しました。
和成さん:ここは一番難しく、失敗しやすいところでしたね。
― データーでは絵柄がきれいに見えても、布地にするときれいに出ないということですか?
奈々さん:そうなんです。紙に印刷する場合はデータ上できれいに見えた絵柄がある程度そのまま表現されます。一方、布地の場合はデータ上の絵柄がそのまま出るわけではありません。布地に刷り込んだところを想像してデザインを考えていくところが、紙への印刷とは全く違う部分です。
― 生地へのこだわりはありますか?
奈々さん:生地は「特岡晒(とくおかさらし)」を使用しています。特岡晒は細い糸で結われているのが特長です。さらに染色時の発色が良く、洗いを重ねることで優しい手触りになっていきます。
和成さん:この特岡晒は価格面では少し高額ですが、染めの仕上がりが一番いいと感じています。色がきれいに出ますし、色落ちしないことが大きな特長ですね。
「銭函金助」の手ぬぐいは、記念品として配るというより、長く使ってもらうことを意図していると考えて、この生地を選びました。
人の手から離れなかった染色技術
― このデザインを染色するときは、色ごとに版を作るのですか?
和成さん:基本は「一色一版」で表現しますね。色ごとに版を変えながら染めていきます。
奈々さん:一色ずつ版を変えながら位置を調整して刷り込みますが、ズレはむしろアナログならではの味わいですね。
和成さん:あえて、ズラした雰囲気を出すこともありますね(笑)。
余談ですが…。インクジェットプリンターの登場で、私たちのようなアナログの染色職人は必要なくなると言われ、その流れに負けないように必死に仕事を続けてきました。デジタル印刷と同じように美しく仕上げるために、写真のようにきれいに鮮やかに染めることを目標に努力していたんです。そうして、染色職人たちの技術はますます向上してきました。
和成さん:最近では「アナログの味を出す方が雰囲気と価値がある」という意見が広まってきて、流れが変わってきたと感じますね。
紙の印刷でも活版印刷のようにインクを盛り上げたり、あえて凹凸をつけたりして味わいを出す。デジタルでは出せない風合いを出す感じがまた戻ってきました。きれいに出しすぎると「デジタルと変わらない」って言われてしまうんです(笑)。
奈々さん:デジタルは刷り上がった直後が一番キレイです。一方、手染めの物は使っていくうちに風合いが出てくるのが魅力で、「使ってみたらすごく良かった」と言われますね。
― 染色方法を具体的にうかがえますか?
和成さん:「手捺染(てなっせん)」という染め方です。日本の型紙をルーツにもつ「シルクスクリーン」という技法で型、版を作ります。染料を調合して色糊を作り、スキージというヘラを使い1枚1枚色ごとに版を変え、手仕事で染め上げています。
日本の伝統的な染物としては「友禅染(ゆうぜんぞめ)※注1」や「型染め ※注2」などが有名ですが、これらは時代の流れとともに庶民の手に届きにくくなっていきました。そこで工程の簡素化や資材の節約をして、庶民の手に届きやすいものにしたのが「手捺染」や、一度に数十枚多色で染めることができる「注染(ちゅうせん)」という技法なんですね。
もっと色を増やしたり、複雑な技を使った表現もできますが、手ぬぐいを作る上で過剰になると「粋」じゃない。「手捺染」の良さは版数を抑え、ぎりぎりまで工程を減らした制約の中で豊かな表現すること。だからこそ「粋」なんですね。
モノづくりの仕事で大切になこと
― 仕事で大切にしているところや、苦労されたことは?
和成さん:染物は、生地をつくるために綿花を栽培するところから始まっています。地球から命をいただいていて、この生地を編んだ人たちの人生が集約されています。失敗した瞬間はその命を奪ったことと同じなんです。
奈々さん:主人からは、「すべて命のあるものだ」と言い聞かされてきました。その考え方に立って仕事をすることが一番苦労した点です。
本当にいろんな失敗をしてきましたね…。とにかくいろいろなことを考え、気づきながら、一つ一つのステップを丁寧に進めなければなりませんでした…。
奈々さん:私は広告という畑違いの業界から染物の世界に入りました。広告はデジタルデータを作成します。デジタルデータは作り直しができるけど、染物の世界は作り直しができません。
和成さん:デジタルデータの場合は、何度も作り直しができるので、失敗してもあまり命を奪ったと感じません。「自分はダメだ…」と自分の能力に自信を失う前に、いろんなものを無駄にしたと考えてほしいです。「失敗したから次は頑張ろう」という考え方は甘いと私は考えています。
厳しい言い方ですが、失敗は「命を奪うこと」に相当すると思わなければなりません。職人たちは、その考え方を親方から徹底的に教わります。
最近は、多くの人がデジタルで仕事を始めているので、「作り方」はわかっているけども、精神的な意味が抜け落ちてしまっていることが多いと感じています。この「精神的な意味」が一番重要だと思いますね。
これからについて
和成さん:私としては「手捺染」の技術を次世代に継承していきたいと考えています。この技術が失われてしまうのを防ぐためにも、積極的に技術を公開していく必要性を感じています。
自分たちの技術を自分たちだけのものにするつもりはありません。これまでの職人たちがつなげてきた技術を学びたい人に対して、積極的に教えていきたいです。
奈々さん: 新札幌のサンピアザで、手捺染を使った染物の教室を開催しています。そこで、デザインを描くことから手捺染の工程まで一通りの作業をします。教室の皆さんがどんどんコツをつかんで、「今度こんなものを染めたいんです」と言ってきてくださって…。教えている私たちも楽しいんです。
和成さん:若い人もいれば、第二の人生をはじめようとする人、いろいろな人が学びにきています。人それぞれですが、技術を身に付けて何かをやりたい人や、趣味で楽しみたい人もいます。私たちの技術や仕事を体験して染物職人を目指してくれるなら、とても嬉しいですね。
ー 最後にひとこと…
奈々さん:布地は長い時間を経ても残っていくものだと思っています。例えば幼い頃は布への執着があって古くなったブランケットを手放せず、いつまでも使い続けていたりしますよね。私たちの商品も、ずっと使い続けてもらいながら誰かの記憶に残ることができたら嬉しいですね。
和成さん:心地よく使っていただける「道具」として愛着をもって使っていただける事。その姿が先の世代にもつながっていく事を願っています。