シェア
どうして分からないの どうしてこんな思いしなくちゃいけないの と 嘆く母はそのたび くるりと背中を向けた 早く大人になりたい 大人になればきっとそんな思いさせずにすむ と 幼い自分を責めては 指折り歳を数えた 何色がいいと尋ねられて 蒼い海の色 と答えていられたのは まだ片手でおさまるほどの 歳の頃 いつのまにか身につけた 母の好きな色を答えれば 背中を見ずにすむ、と そんな小細工は 結局何の役にも立たず すれ違うばかりで 私の歳はもう 両手を使っても数え切れない お
いつも右の踵の 内側が一番 磨り減ってた パパの靴 砂埃もいつだって 右の先についてた いっぱいいっぱい 最初に乾いた布で拭いて それから靴墨をつけたブラシで磨くのよ あの日まで 毎朝続いた習慣は パパの中に今も残ってる? 小石ほどでも 一番じゃなくちゃダメ 国語も算数も理科も みんなみんな うちはよそとは違うんだ 日曜でも月曜でも それが パパの口グセ ブラシでしっかり磨いたら 最後にもう一度乾いた布で磨くのよ あの日まで 毎朝続いた習
乾いた砂利道は 橙に染まる頃 蜘蛛の子を散らすように みなが駆けてゆく 家路に変わる ひらくすすきの穂の匂いに膝を抱いて 手も振らず見送った じきに消えてゆく 豆粒の背中 覚えたての子守唄は いくら唄ってみても 途切れ途切れ 冷えてく指先をあたためるほど やさしくはない 帰れない家路は 輪郭もにじんでゆく 誰も探しには来ない すすきの根元 ひとりぼっち 刃のような葉を 握り締めては 傷つける手のひらは やがて赤く染まり もう誰もいない 覚えたての子守唄は
あのね あのね 誰にも言わないって約束してくれる? そう言って広げた少女の掌には 汗ばんだ御影石 ひとつ これ ね あと三つ見つけたら お墓を作ってあげるの 友達だったの 一緒にいつも一緒にいたの 私より小さかったのに 先に死んじゃったの 仔猫の お墓を作るの それだけ言うと 茜色に染まった坂道を 一気に駆け下りていった また逢うことはあるのだろうか 最後の一言が どうしても気に懸かる 私 ひとりぼっちになっちゃった