冒険のはじまり -憧れのワンバーナーは、冬眠夫の目覚めとともに-
「新しい趣味を発表します」
夕飯どき、夫がひょんなことを口にした。
「景色のいい場所にドライブして、コーヒーでも淹れてみようかと……」「いいねぇ! バーナーでお湯沸かしてさ。子どもはココアとホットミルク。ついでにカレー温めてごはんも食べちゃおうっ」
言い終わらないうちに、私は前のめりで提案に乗っかった。“ワンバーナーで淹れるコーヒー”というものに、ひそかに憧れていたのだ。
ワンバーナーは夫が長年愛用しているが、普段ファミリーキャンプで使うのはツーバーナー。私自身、ワンバーナーを持って登山やソロキャンプをするタイプでもなく、なかなか縁のないアイテムだった。
カレーやココアと聞いて、子どもたちも俄然乗り気になる。夫のほうは「見た目がカッコいい」という理由で買ったものの、いまだ日の目を見ていない、スタンレーのランチボックスを持ち出したくてうずうずしていた。
私が賛成したのは、もう一つ理由がある。
育ち盛りの、夫のおなかだ。
夏休みは毎日がキャンプという、アウトドア三昧の環境で育った夫。火が付けばとことんやる性格は今も変わらず、夏はカエル調査に夜な夜な山へ繰り出し、雨の週末には、雨音を楽しむためにいそいそと庭にテントを設営するような男だ。
反対に、気分が乗らないという最近は完全に冬眠モード。それでいて、食事やおやつは好きなだけ食べる。とうとう中性脂肪で健康診断に引っ掛かり、私まで栄養指導を受ける事態になった。
「ちょっとは体を動かしたら?」という私の忠告に対し、“新しい趣味”は、夫なりの意志表示でもあった。
自然の中で過ごすのは健康的だし、お金をかけずに家族で楽しめる。億劫になりがちな休日のごはん作りも、外で食べればレトルト食品だってごちそうだ。冬の間、物置で眠っているキャンプ道具も活用できる。
さまざまな思惑が、おもしろいほどピタリと一致した。
「よおし、次の休みに行ってみようか!」
そこには、まだ知らないワクワクが待っている予感がした。
ワンバーナー(シングルバーナー)
調理用の燃焼器具。コンパクト&軽量なため、登山やソロキャンプでよく使われる。本体のバーナーにガスカートリッジ(缶)をセットするだけの、究極なまでのミニマムさがカッコいい! 写真のアウトドア(ОD)缶・一体型のほかに、縦長のカセットボンベ(CB)缶や、分離型(本体とガスカートリッジをホースでつなぐ)タイプもあり。
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