ソノココロ
ことばというものはとても頼りなくて、それだけが単独でぽつんと存在しても、ハッキリとその人が発した意図を完全にくみ取ることは難しい。ましてや、初めて会う人だったりすると特に。だからこそ、そのことば単独で判断してしまわずに、そのこころは?を相手に問うていくことが大切だ。コンテクスト、背景を慮る。わかりあえないことが前提で、だからこそ少しでもわかりあえたときに暖かい気持ちになる。
私が働いている産科クリニックは、フリースタイル分娩というものをしている。かつての助産院のように、お産をする時に分娩台ではなく好きな体勢でお産して良いというもの。フローリングの床に布団が敷いてあって、その上で横向いたり上向いたり四つん這いになったり、好きな体勢で産める。この体勢でなければいけない、と縛られるものがないので、自分の思うまま自由に動けるのが特徴だ。
しかしこのフリースタイル分娩、イメージがしにくいのが難点だ。実際にやってみれば、なあんだ、と皆さん納得するのだけど、自由にドウゾだなんて野原に放り出されるような気分になるのか、フリースタイルって一体何?という質問はとても多い。
仕事中に、外来担当の後輩から不安そうな声で助けを求められた。「フリースタイル分娩のデメリットを知りたいと言われた。なんて答えたらいいかわからないので対応してもらえないか。」
妊婦さんの背景としては、一人目のお産を他院の分娩台で経験された方。おそらく、経産婦さんによくある、「分娩台じゃないといきみづらいのでは?」という質問かしら。背筋を伸ばし、先輩風を吹かせてキリリと臨む。年次が進むと、少し丁寧な対応が必要な方だったり、ことばに特に気をつけないといけない場面への対応が増えてくる。一年目の時に比べて、苦手な患者さんは最近めっきり減ってきたなあと感じる。何を聞かれても、じっくり話しを聞けば大体のことは応えられる。自分でわからないことは誰かに繋げば良い。とはいえ、実際に患者さんに会って話し始めるまでの瞬間は、緊張する。このピリッとした緊張感は、いつまでも慣れない。小難しい方なのかな。どういう話し方が良いかな。とりあえず、笑顔を口元に携えて。
実際にお産をする部屋に案内し、お話を伺う。強ばった表情。緊張を解くために、少し陽気な感じで話しながら、実際にお産の際の体勢をとって説明をしていく。よくよく話を聞いてみると、「フリースタイル分娩をすることで、赤ちゃんに苦しい思いをさせるのではないか。自然なお産を、との思いだけで赤ちゃんへ負担をかけるのは避けたい」という思いだということがわかった。フリースタイルでも、赤ちゃんが苦しいサインが出たら、即座に上向きに向き直って急速遂娩という早く赤ちゃんを出す処置をすること。早いうちからしんどいサインが出る場合は、フリースタイルではなくオペ室の分娩台でお産に臨むこと、いざとなれば緊急帝王切開もできることを伝えると、「安心しました」とホッとされ笑顔で帰っていかれた。ふうと、こちらも胸をなで下ろす。
「フリースタイルのデメリットは」ということばだけだと、どうも冷たくて、問いただされているような気になったが、きちんと紐解いていけば、小さなハテナの集合体にたどりつく。ことばの意味を読み取って翻訳して、解釈しないと相手の意図はわからないなあと改めて思った。