天国も市場になるエンタメ業界
2023年11月に話題となったビートルズの『Now and Then』は、ジョン・レノンが1978年に自宅でピアノ演奏をしながらデモ音源として残していたものを、最新のAI技術を使ってジョンの歌声をノイズから分離し、ポールマッカートニーを中心に制作され、ビートルズ「最後の新曲」としてリリースされたものです。
リリースから1日が経たないうちに再生回数は1000万再生を突破したようです。僕もこの間に何度も繰り返し聞いていたので、世界中のファンが同じように聴いていたのでしょう。
ジョンは1980年に急死してしまいましたが、この様に現代のテクノロジーを駆使して約40年の時を経て市場にリリースされ話題を呼ぶなんて、スターというのは時代を跨いでも人々の心に影響を与え続けるのだと、あらためて実感した出来事でした。
今回は最新のAI技術を駆使したこともあって話題になりましたが、実は同じような作品はビートルズ以外にもたくさんあります。
代表的な作品で言えば、クイーンの『 I Was Born To Love You』もボーカルのフレディが死去した後に、フレディのソロ作品としてリリースされていたものをフレディの死去後、メンバーがクイーンとして再編曲してリリースされたものです。
リリースされたアルバムのタイトルは『Made in Heaven』。まさにフレディの歌声が天国から聞こえてくるような名盤です。
この様に、レコーディング技術が発展した20世紀以降は、アーティストが亡くなってしまってからも、残されたメンバーを含めた関係者の尽力により、まるで蘇ったかのように作品がリリースされることがあります。
これを死者を利用した商売だと批判する声もあるようですが、『Now and Then』も『 I Was Born To Love You』も、その演奏のクオリティの高さからそんな安っぽい商売ではないことがすぐにわかります。これはむしろ天国と地上の合作とも言えるほどの傑作だと個人的に思っているほどです。
どちらにせよ、いずれの曲も高いクオリティと話題性を持って、凄まじい再生回数を誇り、現代の音楽市場に君臨し続けていることは間違いありません。
ということは、現代のエンタメ業界の市場というのは、こういった亡くなってしまったレジェンドの様なミュージシャンの作品も競合になるというわけです。
私たち音楽の聞き手は、わざわざ地元のライブハウスまで通って演奏をリクエストしなくても、今やほとんどお金を払わずにYoutubeやSpotifyを通じて、ビートルズやクイーンの音楽をいつでも聴くことができるようになりました。
地元のミュージシャンの演奏をお金を払って聞きに行かなくとも、死せる音楽界のレジェンド達の音楽を無料で聞ける時代なのです。
リスナーとしてはいい時代になったと思いますが、「これから音楽で食ってくぞ」というミュージシャンにとっては、天国の偉人も含まれた競争が激しい既存市場に立ち向かわなければならない、厳しい時代なのかもしれません。
その様なことを考え、若い頃に熱中していたバンド活動はとっくの昔に辞めてしまっています。今は時々、暇つぶし程度に楽器を弾く程度です。
しかし、僕とは違って現代においても音楽活動を続けている人はもちろんたくさんいます。つまり彼らは、天国も含めた競争が激しい市場で戦っていることとなります。こんな厳しい市場で戦うなんて、なんていうメンタリティーだと感心していたこともあります。
ただ、音楽の業界の人たちと話していて思うことは、本当に音楽を好きな人は市場で勝てなくとも活動を続けているということです。
もちろん「売れたい」と思っているとは思いますが、その根底に好きな音楽を「続けたい」という気持ちがあるのだと思います。続けるためには何とか売れなければいけないのです。
10年以上前と今では、音楽のジャンルも質もガラッと変わっているように思います。あまり馴染みのないジャンルの音楽にもアクセスがしやすくなりました。
これからはレジェンドにはなれなくとも、多様な時代にあわせた幅広い個性的な音楽が生まれていくと思います。そんな業界になるよう、ミュージシャン達には諦めずにいろいろな可能性のある音楽を生み出し続けてほしいと応援しています。