程良いクリエイティビティの追求
ソフトバンクの孫正義が実践して命名したとされる、タイムマシン経営という言葉があります。
これは、海外で成功したビジネスモデルやサービスを日本でいち早く展開する経営手法のことで、インターネットはもちろんのこと、コンビニエンスストアももともとはアメリカで展開されていたもので、それらが日本に現れた時には、まるでタイムマシンに乗って未来からやってきたかのようにビジネスが展開される様子を指す言葉です。
今や当たり前になった多くのビジネスモデルが実は既に海外で成功を遂げていたものだったので、創業者が0→1で新しいものをクリエイトしたわけではないケースが多いのだとわかります。
これを知っているだけで、無理に自分の頭で考えたり、理論武装もなしに闇雲にビジネスを考えて失敗したりせずに済みます。まずはマネすることから始めればよいからです。
そして、これは何もビジネスだけの話ではありません。小説や音楽の様な芸術についてもタイムマシン現象は起こっています。
村上春樹がベストセラー作家となるきっかけにもなった『羊をめぐる冒険』は、執筆当時に本人が意識していたわけではなくとも、レイモンド・チャンドラーの『ロング・グッドバイ』が下敷きになっている側面が見られます。
『ロング・グッドバイ』のフィリップ・マーロウとテリー・レノックスの関係は『羊をめぐる冒険』の僕と鼠の関係を思い起こさせます。
そして、村上春樹本人が訳した『ロング・グッドバイ』のあとがきに、実は『ロング・グッドバイ』にも下敷きとなる作品があると書いています。それがスコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』です。
この3作品は時代は違えども奔流しているテーマは類似しており、そこには少年期と訣別する憂愁感が描かれています。1925年に『グレート・ギャツビー』1953年に『ロング・グッドバイ』1982年に『羊をめぐる冒険』が出版され、こうして脈々と人類にとって重要なテーマが文学として受け継がれていきます。
音楽についても同じことが言えます。日本を代表するロックミュージシャンを例に出してみましょう。
RCサクセションの忌野清志郎は、デビュー当時こそフォークを歌っていましたが、その後はソウルやR&Bへと新しいスタイルへと次々と変えながら活動していきます。
しかし、いずれのジャンルを演奏している時も、フォークの時はピーター・ポール&マリーの影響が感じられれ、ソウルの時はオーティス・レディングの影響が、ロックの時はローリング・ストーンズの影響が強く感じられます。
覆面バンドとして活躍したタイマーズの時は、アメリカのスタンダードナンバーに過激な日本語を載せたアルバムを出し、RCサクセションでも『COVERS』というこちらも洋楽に過激な日本語を載せたアルバムを出しています。
これらは全て0→1で創作したわけではなく、既存の芸術を下敷きにして、当時の日本社会に向けた日本語の歌詞と演奏で披露していたのです。とある噂では、マスコミに「RCサクセションってストーンズのパクリですよね?」と質問され「今更気づいたの?」と回答したと聞いたことがあります。聞き手の方がアーティストに多くを求めすぎているのかもしれません。
ビジネスにおいてはタイムマシン経営をヒントに、小説や音楽においても先行した作品を踏襲した時代があることを意識すれば、何かアイディアを出そうと悩んでいる時に謙虚な気持ちで物事を考えられるようになります。
何も自分が新しいものを生み出さなくてはいけないわけではなく、既に存在する素晴らしいものをまずは理解し、そこに少しずつ自分のクリエイティビティを加えていけばいいのではないかと思います。
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