誰かと暮らすなんて絶対できないと思ってた
2023年を振り返ったとき、僕にとってもっとも大きな出来事だったのが、「同棲を始めたこと」だった。
言っちゃなんだけど、これには本人もびっくりしている。
「俺が? 誰かと暮らしてるって?」
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18歳で家を出て、それから23年にわたって一人暮らしをしてきた。
正確には2年間だけシェアハウスで共同生活をした経験あるけれど、共用部分を通らずに個室の部屋に直行できる造りだったこともあり、最初の半年以降は料理するとき以外はほぼ自分の部屋で過ごしていた。
要するに居心地が悪かったのだ。
シェアハウスを出て、久しぶりに一人暮らしに戻ったときのあまりの心地よさにやっぱり誰かと暮らすのは無理だと思った。家に帰った時に明かりが点いていて「他人」がお茶なんかすすってるなんて、怖くない?
そんな僕も人並みに恋愛はしていたけれど、「一緒に暮らす」ことはどうしてもリアリティのある選択とは思えなかった。
なんでこんなふうになったのだろうと思いをめぐらせると、どうしたって家族のことが浮かんでくる。
うちの両親は離婚をしていて、それも裁判で何年も争うような壮絶なものだった。そんな経験を思春期まっただなかに経験したころもあり、
「他人が一緒に暮らすととても怖いことが起きる」
そんなネガティブなイメージが胸の奥に刻み込まれたのだった。
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そして2024年1月現在。僕は彼女と同棲している。
きっかけは色々あるのだけど、去年1月に倒れて夜中に救急車で運ばれたときに、ずっと付き添ってくれたことが最大のきっかけだと思う。
単純に「この人がそばにいてくれなかったら死んでたかもしれない」という思いが、固まっていた心を動かしたような気がする。
そのあとはトントン拍子で3月ごろから部屋を探し、ゴールデンウィークに2人で物件を見学して、6月にめでたく新居で同棲生活をスタートした。さらに11月には僕の田舎に2人で行って、父親に彼女を紹介した。
こうして書いていても信じられない。多くの人にとってはありふれたプロセスだけど、僕の人生にはこういうことは起きないだろうとほんとに思っていたから。
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僕と彼女との関係を思うとき、頭に浮かぶ歌は、THE HIGH-LOWSの「愛はいらない」という曲だ。
僕と彼女は、お互い負けず劣らずなかなかに傷だらけの人生を送っていて、自分のせいもあれば運が悪かったこともあって、簡単にいえばあまりカッコいい人生は送っていない。こうなりたかったと思う人生とは、ほど遠い人生を送っていると思う。互いの生き方の下手さはもはや滑稽でさえあって、まさにアザラシとアシカのおかしなショーだ。
でもどんなに笑われても、僕はこれからも彼女と一緒に暮らしていきたいと思う。先のことは誰にもわからないけれど。
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