まるお食文化エッセイ『私の中の三大ワイン』
ワイン講座をしていると、受講者の方に必ず訊かれる事がある。「先生の好きなワインの銘柄は何ですか?」とか、「一番美味しいワインは何ですか?」というものである。世界的ワイン評論家アンドレ・L・シモンが、「世界一美味しいワインは何か?」という記者からの質問に、「それは思い出のワインである」と応えた。もう一つ踏み込んで言えば、何が美味しかったかというより、誰と呑んだかがワインにとって最も重要なのではないだろうかと思う。
しかしながら、誰と呑もうが厳然として美味いワインというのは存在する。私にとって過去に最も感動したワインは次の3本である。(価格は現在手に入るVTのもの)
①シャトーヌフ・ド・パプ・シャトー・ラヤ(ラヤス)199*(20万円)
②ミュジニー・ドメーヌ・コント・ジョルジュ・ド・ヴォギュエ 1966(15万円)
③モンラッシェ・ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ198*(100万円)
①シャトーヌフ・ド・パプ・シャトー・ラヤ(ラヤス)199*
シャトーヌフ・ド・パプとは『教皇の新しい城』という意味である。かつてローマ教皇ヨハネス22世がアヴィニョンに住み要塞を建設した。その際、教皇のためにアヴィニョンの銀行家とカオールのワイン醸造業者が来て、フィリップ4世がテンプル騎士団を追放した後の土地を開墾しブドウ畑をつくった。シャトーヌフ・デュ・パプは、南部ローヌでは最も歴史があり、最も優れたワインといわれている。わずかに白ワインも作られているが、大半は赤ワインである。シャトーヌフ・デュ・パプに使用できるブドウ品種は、グルナッシュ、シラー、ムールヴェードル、サンソー、クレレット、ヴァカレーズ、ブールブーラン、ルーサンヌ、クノワーズ、ミュスカルダン、ピクプール、ピカルダン、テレ・ノワールの13種もあり、フランスのAOCでの使用ブドウ品種数の中では最多を誇る。古典的な造り手は、大抵数種類をブレンドして造る。シャトー・ラヤ(ラヤス)は、シャトーヌフ・デュ・パプで最も偉大な造り手といわれている。その名声はオーナーのジャック・レイノーの時代で、1978年から1997年に亡くなるまでであった。その後は品質を落としてしまうので、私は一番素晴らしい時に呑んでいることになる。このワインの特徴はシャトーヌフ・ド・パプであるのに、グルナッシュ100%で造られていることである。外観は美しい赤色。ブラックチェリーの深い香り、ラズベリーのようなエレガントな赤い果物の風味、コショウのようなスパイシーさ、甘美な甘草。ローヌワインの特徴であるハーブやなめし革。グルナッシュ100%なのに骨格のしっかりした味わい、締まった甘み、十分なタンニン。グルナッシュのみでこれだけの複雑さが引き出されるものであろうかと驚愕する。
②ミュジニー・ドメーヌ・コント・ジョルジュ・ド・ヴォギュエ 1966
ドメーヌ・コント・ジョルジュ・ド・ヴォギュエ(単にヴォギュエといわれる)は、その名前を知らぬ者はいない程のシャンボール・ミュジニー最高の造り手である。シャンボール・ミュジニーは、ブルゴーニュで最もエレガントで洗練されたワインを生み出すと言われる地域である。ヴォギュエの歴史はジョルジュ・ド・ヴォギュエ伯爵が畑を継承した1925年から始まる。特級畑ミュジニーの70%に相当する7.2haを所有している。ヴォギュエのワインは華やかな香りと凝縮感がありながら、神経質と言われる程に繊細なのが特徴である。特級畑のミュジニーは、上質な果実を実らせる古木(ヴィエイユ・ヴィーニュ)のブドウだけを使用している。かつてワイン会で、カレラ・ジェンセン1990との対決をしたとき、このワインがグラスに注がれた時点でカレラは負けたと私は思った。ワインの輝きが全く違うのである。外観は美しい宝石のルビーのように、光の屈折でキラキラ赤く輝いていた。注がれただけで恐ろしいほどの芳香がする。真紅のバラの花、チェリーやラズベリー、カシスの果実香。ほのかな樽香、キノコ、腐葉土、なめし革、土、スパイスなど様々な熟成香。完熟果実やドライフルーツ。シルキーな舌触り、タンニンや洗練された酸味、凝縮された果実味。完璧なピノ・ノワールであった。
③モンラッシェ・ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ 198*
造り手のドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ(一般にDRCと呼ばれる)は、ブルゴーニュワイン最高峰のロマネ・コンティを造る生産者で、かつ世界でもっとも高価なワインを生み出す生産者である。特級畑はロマネ・コンティのほかに、ラ・ターシュ、リシュブール、ロマネ・サン・ヴィヴァン、グラン・エシェゾー、エシェゾー(以上、赤ワイン)と、白のモンラッシェを造っている。モンラッシェは、ブルゴーニュ地方が誇る最上級の白ワインである。ピュリニー・モンラッシェと、サシャーニュ・モンラッシェの2つの地域にまたがって存在している。モンラッシェの畑はこの地区にある5つの特級畑の中で2番目に広いが、DRCが所有するのは僅か0.68haほどで、しかも平均樹齢が62年と古いため、生産量はごく僅かである(年産約3000本)。かつて、フランスの小説家アレキサンドル・デュマがこのワインに対して『脱帽し、跪いて味わうべし』と言ったのは有名な話である。
外観は、輝く黄金がかったレモン色。ミネラル感、白い花の華やかさ、レモンやグレープフルーツなどの柑橘系の爽やかさ、樽からくるバニラ香、熟成からくる杏やナッツ類、熟成した果実やハチミツ。モンラッシェ特有のバターのような香り。凝縮した柑橘系の果実味に強靭なミネラルと柔らかくなめらかな酸味と蜂蜜の甘味。いつまでも続く余韻。機会があれば死ぬまでに一度は呑んでほしいワインである。
その他に感動したワインもたくさんある。大好きなシャンパーニュでは、アラン・ロベール、サロン、ジャック・セロスなど。貴腐ワインのシャトー・ディケム1929や、父親の還暦のためにロンドンから調達した1940も素晴らしかった。