三浦半島釣り魚図鑑 番外編(3) アンドンクラゲと夜光虫
夜釣りに出かけた。
風も波もない静かな晩のこと。
まず最初に、ヘッドライトで海の中を照らして、魚がいないか様子を見るのだけれど、この日見えたのはクラゲばかり。まん丸のミズクラゲが数匹、そして湾内を埋め尽くすたくさんのアンドンクラゲ。
そう、この日の昼間にシュノーケルをしようと行ってみた場所では、海は褐色に濁っていて、四角柱に細ながーい足のアンドンクラゲが見えたので、早々に引き揚げて帰ってきてしまったのだった。
夏の夜は釣り人が多い。昼間見かけたクロダイやボラ、コノシロでも釣れないかなーと思っているのだけれど、その気配はない。
しばらく黒く淀んだ海の上を見ていると、なんだかちらちらと光が見えるような気がする。気のせいかと思って、ヘッドライトを消してみると、やはり、あちこちがチカッと光っているのだ。まるで、網膜に残った残像のような光なので、錯覚かなとも思ったのだけれど、暗がりに慣れるうちに光が本物だと知れる。そして、光は釣り糸が水面に入り込むあたりや、水滴が落ちたところで光っているよう。
あれ、これはもしや夜光虫なのでは、と思い、試しに水面に小石を投げてみる。すると、花火のように鮮やかに浮かび上がる青白い光の輪が見えた。次は砂。人差し指と親指の先でつまんだ砂をパッと水面に投げると、天の川のような蛍光色の光の帯がさざなみのように浮かんで、グラデーションを映し、消えた。
それは美しくもはかない光。面白くなってしばらく砂や小石を投げ入れたり、網で水をすくってはしずくを垂らして遊んでいると、急に光は目立たなくなる。光らせすぎて疲れてしまったのだろうか。少し場所を変えると、また鮮やかな光が現れるのが面白くて、飽きずに光と遊んだ。
初めて夜光虫を見たのは遠い昔、東京から沖縄に向かうフェリーに乗った時だ。夜の甲板で暗い海を眺めていると、船が立てる波が、白ではなく、青っぽく光っているように見えた。気のせいかと思っていたけれど、なんだかきれいで忘れらずにいたら、後でそれがプランクトンの一種が発光する夜光虫と呼ばれるものであったことを知った。
夜光虫というと聞こえはいいけれど、要するに赤潮の原因にもなるプランクトンであって、昼間見れば美しいものではない。それが、夜光るというだけで、なんだか素敵な現象に思えるから不思議だ。昼間見た海が濁っていたのは波が立っていたからではなくて、多分このプランクトンが大量に浮遊しているからだったんだろう。
思えば夜光虫を見たのはいつでも夏だった。夏休みは旅行に出かける機会も多くて、そんなちょっと遠出した海辺で見たものだったけれど、夜釣りで今まで気付いたことがなかったのは、いつでもヘッドライトをつけていて、暗い水面をあまり見ることがなかったからか、ここまで夏の暑い時期に夜釣りをしたことがなかったからだろうか。
後で知ったのだけれど、夜光虫の出る時はあまり魚が釣れないらしい。釣り糸やしかけが衝撃で光ってしまい、魚に気づかれやすいこと、そもそもプランクトンが大量にいることで海中が酸欠で、魚が少なかったり弱ってしまうそうだ。
結局この日釣れたのは、家族で20匹近いゴンズイのみ。きちんとさばけばおいしいゴンズイも、それだけでは夏の思い出としてはパッとしない。けれど、夜光虫とアンドンクラゲに彩られれば、それなりに美しい夏の夜の思い出。
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※扉絵はかなり前につくったメゾチント(銅版画)で、アンドンクラゲをモチーフにしています。