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ビッグバンを待つアナゴ

登場人物
プ:プロトンさん
ア:アナゴさん

プ: さあ、今宇宙ももうすぐ終わりを迎えようとしています。私、当番組『ゆく宇宙くる宇宙』の司会を務めておりますプロトンと申します。よろしくお願いいたします。それでは、早速、ゲストをお迎えいたしましょう。ビッグバン待機委員会、会長のアナゴさんです。アナゴさん、どうぞよろしくお願いいたします。

ア: はい、ビッグバン待機委員会、会長のアナゴです。よろしくお願いいたします。

プ: さ、UHK(宇宙放送協会)紅白歌合戦も無事終わりました。というわけで、あと15分でビッグバンが起こって、今宇宙が終わり、来宇宙を迎えるわけですが、アナゴさん、今の率直なお気持ちをお聞かせください!

ア: そうですね、ワクワクしております!でも、こういっちゃうと元も子もないんですが、時間というものは、ビッグバンが起きてから流れ始めるわけですよ。だから、プロトンさんがさっきおっしゃったような「15分」とか「今」とか、そういう時間にかかわるような概念は<まだ>存在していないんですね。私も<今しがた><まだ>という時間にかかわる言葉を使ってしまいましたが、その<時点>で<もう>破綻しちゃっているわけですよ。ああ、困ったもんだ。

プ: そうなんですね。失礼いたしました。あの、確認させていただきたいんですが、00年00時00分00秒って、イエス=キリストが生まれた日と違うんですか?

ア: プロトンさん、それは全然違います。だって、それって、人間が勝手に決めた「西暦」っていう時間計測装置じゃないですか。時間計測装置と時間は違います。イエス=キリストが生まれるとっくの昔から、地球はできていましたし、マンモスも住んでいました。もちろん、ローマ帝国も存在していました。だからこそ、イエスも磔にされたわけです。時間はちゃんと流れていたわけです。あっ、すみません。ついつい、調子に乗っちゃって。ネタバレしちゃいました。そもそも、ビッグバンはまだ起きていないわけで、過去形を使うこと自体NGなんですが…

プ: いえいえ、いろいろ教えてくださりまして、ありがとうございます。ちなみに、アナゴさんは、もうすぐ?起きるはずのビッグバンに向けて、どんなお仕事をされているのでしょうか?

ア: ずばり、<待つ>仕事をしています。

プ: はあ。<待つ>ですかあ。でも、時間が流れていないんだから、<待つ>もへったくれもないような…

ア: おっしゃるとおりです。だから、ただの待つではないんです。カッコつきの<待つ>なんです。

プ: といいますと??

ア: はい、時間がない中でも<待って>いるんですよ。もうカッコつけるの面倒くさいんで、外してもいいですか?

プ: どうぞどうぞ。

ア: ふう、肩の荷がとれました。では早速ですが、時間がない中で待つ、とはどういうことか、お話ししますね。さきほども申し上げましたが、まず前提条件として、ビックバンが起こる前だから、まだ時間自体は流れていないわけですよね。でも、待つためには、時間に流れてもらわなくちゃならない。つまり、これは、あんのないあんパンを食うような離れ業なんです。

プ: なんか、禅みたいですね(笑)

ア: 禅なのかなあ。たしかに、禅といえば禅ですね。もう少し詳しく説明しますと、「あんがない」というあんが詰まったあんパンを食べるわけですよ。
♪ ジャンガジャンガジャンガジャンガジャンガジャンガジャンガジャンガジャンガジャンガジャンガジャンガ~
 アンガールズじゃないですよ。「あんがない」というあんが詰まったあんパンです。

プ: あのお、そのギャグ、はっきり言っておもしろくないです(苦笑)

ア: ごめんなさい、またつい調子乗っちゃいました。つまり、「時間がない」時間の中で待つわけですよ。

プ: 意味不明です、アナゴさん。「時間がない」時間ってなんですか?

ア: 実は私にもよく分かっていません。でも、そういうイデアというかテオーリアというか、そういうものは、あってもいいんじゃないかな、と思います。少なくとも、このふざけた会話では。ただ、「時間がない」時間というものを、言葉を使ってうまく説明するのは非常に難しいんです。

プ: 例えば、無我夢中になっているときって、「時間がない」時間なんですか?ほら、「時間を忘れて」没頭した、って言うじゃないですか?

ア: プロトンさんは、無我夢中で何かを待ったことはありますか?

プ: 無我夢中で待つ、ですかあ。はあ、なんだか、ちょっとおかしいですね。

ア: でしょ。私は、無我夢中で待っているわけじゃないんです。むしろ、無之宇宙で待っているわけです。ビックバンはいつ起こるのやら。ああ、私、もう待ちくたびれました。

プ: え?!この番組が始まる前なんですけど、ディレクターに「ビックバンは15分後に起こるよ」って教えてもらったんですが、あれはドッキリなんですか?

ア: はい、ドッキリです。だましちゃって、すみません。プロトンさん、気長に待ちましょう。

プ: それ聞いて、なんか、急にがっくりきました。さっきまで、北島三郎の『まつり』を聞きながら年越し、いや、宇宙越しソバをすすっていましたので。てっきり、ビックバンはすぐそこまで来ているものだと…

ア: たしかに、たしかに。紅白で北島三郎の『まつり』が流れた後って、なんだか切なくなりますよね。ああ、今年も、いや違うな、今宇宙も、いつか終わっちゃうんだなあって。でも、まだ終わっていませんよ。だって、そもそもの始まりであるビックバンすら、まだ起きていないんですから。

プ: はあ、それはそうですね。で、私たちはあと一体どれくらい待たなきゃならないんでしょう?

ア: その質問はナンセンスですね。だって、時間が流れていないんですから。時間の量さえ計れない中で、予測なんてもってのほかです。

プ: アナゴさんは、つらくないんですか?そうやって、いつやって来るとも知れないビックバンを待つなんて。私だったら、心が折れそうです。

ア: 私、心なんて、もうとっくの昔に折れています(笑)。でも、背骨はまだ折れていませんよ。私、こう見えても、立派な脊椎動物ですから。

プ: えっ!アナゴさんって、背骨ついているんですね!うらやましいなあ。私って、一介の水素イオンにすぎませんから。背骨なんて、私にとっちゃ高嶺の花ですよ。

ア: でも、プロトンさんには、ポジティブなオーラがついているじゃないですか。背骨よりもずっと、そっちの方がうらやましいですよ。私、超絶、ネガティブですから。

プ: そんなことないでしょう。さっきだって、軽快に寒いギャグを飛ばしていたじゃないですか。てっきり根明な方だと思っていたんですが、違うんですね。

ア: 落ち込んでいるからこそ、たまにはギャグの一つや二つ、言いたくなるもんです。この前も、ポスト・フェストゥム・メンタルクリニックに行ってきたんですよ。そしたら、何て言われたと思います?

プ: はあ、分かりませんなあ。何ですか?

ア: 「うつ病」ですって。しかも、「エントロピー恐怖症(entropyphobia)によるうつ病」だそうです。お医者さんによると、私は、「エントロピーの増大を恐がりすぎ」ているようです。

プ: エントロピーの増大?

ア: はい、ビックバンが起きてからは、エントロピーが増大することになっているんです。宇宙はどんどん無秩序になっていき、生きとし生けるものはいつか死ぬことになるんです。私、それを想像しただけで、恐くて恐くて、夜も眠れなくなってしまったんですよ。

プ: お気持ちお察しいたします。アナゴさんも大変ですねえ。

ア: プロトンさん、お心遣いありがとうございます。でも、これって、ものすごいジレンマなんです。時間がない時間の中で永遠に生きるか、はたまた、時間がある時間の中で死んでいくか、っていう。だって、ビッグバンが起きたら、私、本当にアナゴに生まれ変わってしまうんですよ。ウナギ目アナゴ科に属するアナゴか、あるいは、『サザエさん』に出てくるアナゴさんか。それはまだ、神のみぞ知る領域ですが、そしたら、寿命というものが定められてしまうわけです。そして、寿命が来たら、ジ・エンド、はい、終わりです。『サザエさん』のアナゴさんのほうがまだ長生きできそうですが…

プ: 『サザエさん』のアナゴさんになれるといいですね。ところで、なんとかしてアナゴさんを元気づけようと、今日、こんなお土産をもってきたんですよ。これ、受け取ってください。

ア: あっ、ありがとうございます!何ですか、これ?開けてみてもいいですか?

プ: はい、どうぞ、どうぞ。

ア: えっ、これ、エントロピー饅頭じゃないですか!私の一番苦手な!プロトンさん、冗談はよしてくださいよお。

プ: ごめんなさい、ごめんなさい。ただただ、アナゴさんの喜ぶ顔が見たくて、伊勢丹で買ってきたんですが。お気に召さなかったでしょうか?

ア: お気に召すもなんのって。実は、私、エントロピー饅頭「恐く」ないんです。

プ: えっ。だって、さっきエントロピー恐怖症(entropyphobia)って言っていたじゃないですか?しかも、エントロピー饅頭も苦手だって。

ア: ええ、たしかに。でも、もういっか。根底から、ちゃぶ台返ししちゃいますね。

プ: はあ。

ア: つまりですね、時間がなければ言葉も存在しないわけですよ。あるいは、逆のほうが正しいかもしれません。言葉がないから、時間も存在しないんですよ。

プ: はあ。

ア: プロトンさん、我々は今、ビックバンが起こる前、つまり、宇宙ができる前にいます。そこに言葉はあったと思いますか?もちろん、言葉すらないんですよ。

プ: アナゴさん、それをいっちゃあ、おしまいですよ。それいったら、この会話すら、はなから成立しないじゃないですか。

ア: そして、「恐い」という言葉もないわけだから、私に「恐い」という感情が生まれることもないんですね。残念なことに。それはさておき、プロトンさん、エントロピー饅頭ありがとうございます。おいしくいただくことにします。もぐもぐ。もぐもぐ。

プ: なんだか、アナゴさんがエントロピー饅頭を食べているのを見ていると、私も食べたくなってきちゃいました。私もひとついただいていいですか。

ア: もちろんじゃないですか。だって、プロトンさんがもってきた菓子折りなんですから。どうぞどうそ。

プ: それでは、お言葉に甘えて。もぐもぐ。もぐもく。あっ、私、口がないのに食べていますね。一介の水素イオンなのに。失礼いたしました。

ア: まあまあ、そんなこと気になさらずに。お茶でもいかがです?

プ: はい、口ついていないですけど、ありがとうございます。ずずー。ずずー。ううん、H2OとCHAの味がして美味しいです。

ア: では、私も一杯。ずずー。ずずー。

 こうして、アナゴさんは、プロトンさんとともに待ったのであった。ビッグバンが起きたであろう、その日まで。今、私がこうして生きているということは、ビッグバンは無事に起きたのである。今、アナゴさんはどうしているのだろう?それは誰にも分からない。

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