「レモンから」#シロクマ文芸部
「恋する檸檬」【掌編小説】
レモンから弾むように飛ばされた雫は、迷うことなく一直線に弥生の左目を直撃した。
「イタッ」
「わ、ごめん」
大きな銀杏の木陰で、サッカーの練習の休憩時間に起きた出来事だった。サッカー部のマネージャーの弥生は、選手達一人一人に輪切りにしたレモンを入れたお手製のスポーツドリンクを配っていた。
「はい、翔太の分!」
「お、サンキュ」
翔太は白い紙のコップからレモンを一切れ取り出すとプシュと噛みついた。
「え?レモンも食べちゃ…」
プシュー
翔太が、勢いよく噛んだ弾みで、弥生はレモンの雫の犠牲になった。
「イタッ、痛ーい!!」
弥生の大きな左目からレモンのクエン酸に負けない雫が溢れ出した。
「あ、ごめん、ごめん。水道へ目を洗いに行こう!」
翔太は自分のタオルを弥生に手渡すと左目を押さえて痛がっている弥生の手を引いた。
「大丈夫、大丈夫」
ジリジリと照りつける真夏の太陽の下をグラウンドの隅の外水道まで二人が辿り着く様子をじっと見つめている者が居た。
「これだわ!!」
・
翌日、野球部のマネージャーの留美子が、弥生に教わったスポーツドリンクを持参した。
「健介、これ!」
「お、サンキュ」
健介は紙コップに口をつけてガブガブとスポーツドリンクを一気に飲み干してしまいそうになった。
「違う!健介、レモンも一緒に食べなきゃダメよ」
留美子は焦って、そう言った。
「レモンも?」
「そう、身体にいいんだから」
「そ、そうか?じゃあ、酸っぱいけど」
(そう、そうよ!)
留美子は弥生と違う細い目を精一杯に見開いた。
(さぁ、どうぞ!カモーン、クエン酸)
ガブリ!
ブシューー
迷わない雫は放物線を描かずに一直線に
「あ、イテ!!何すんだよ!!健介、てめぇ〜!!」
野球部のベンチの前を通ろうとした相撲部の太の左目を直撃した。
「太先輩!!す、すみません」
慌てて駆け寄る健介の背中が弾んでいるように留美子には見えた。
こうして、◯◯県立神田川高等学校では二日間にわたってビックカップルが誕生した。
弥生直伝のスポーツドリンクは「恋する檸檬」と命名され、今も体育部のマネージャー達の間で秘伝ドリンクとして受け繋がれている。
OLになった留美子が、現在も「恋する檸檬」を作り続けているかどうかは不明だが、
あの日、弥生が
「いい?留美子、このドリンクをあげる時は目薬をポケットに忍ばせておくのよ」
「どういうこと?」
「いいから、明日の私を見てて」
弥生は左目を瞑ってウィンクした。
目薬だけは常時携帯していると風の噂で聞いたとか聞かないとか…
了
小牧幸助さんの企画に参加させて頂きます。
よろしくお願いします。
コメディも苦手だわ、あはん♪